第十二話 図書館へ
十二話 図書館へ
アリエスは早朝に新聞を買いに行った。なぜなら、ファレル侯爵の裁判の結果を知るためだ。ファレル侯爵家のことを聞いたのは染色屋に行った一週間ほど前で、今ではこの町でも少しずつ噂されてきている。今日が昨日判決の出た裁判のことが記事に載ると先日来たお客さんが言っていた。
(貴族時代より、貴族に関する情報が少ないから、毎日新聞買おうかなあ。あ、でも節約しないとだね。)
アリエスは新聞売りから、新聞を一部買うと、その場で読まずに、店へと戻った。静かな店のアトリエでアリエスはファレル侯爵のことが書いてあるページを広げて読んだ。新聞にはこう書いてあった。
ファレル侯爵家農民の暴動を止められず
ファレル侯爵家が原因引き起こされたとされる裁判の判決が昨日出された。判決は爵位剥奪という判決が出された。後任の領主は今後決定される。
ファレル侯爵領は農業が盛んな領だったので、この影響により、農作物の高騰化がしばらく続くと思われる。
(これは偶然か、必然か・・・)
そんなことを考えているうちにジュリーの母センリーが店へとやってきた。
「アリエス様、こんなところにいらっしゃったのですか? 朝ご飯ができましたよ。」
アリエスは開いた新聞記事を閉じてから、センリーに返事をした。
「ありがとうございます。それと・・・、今日、この近くにある、図書館に行ってきてもいいですか?」
図書館と言っても、無料で読めるわけではなく、入るだけでもお金がかかる。多少のお金を払ってでも、アリエスは今後のためにも、没落した貴族のことを調べる必要があった。
「わかったわ。店のことは任せて。」
センリーは気前よく返事をしてくれた。アリエスはありがとうございますといって、朝食が並んでいる食卓へ向かった。
* * *
朝食を済ませた後、アリエスは髪の長い黒髪のかつらをかぶり、センリーに書いてもらった、地図を頼りに近くにある図書館へと庶民用の乗合馬車を使って、向かった。
図書館と呼ばれる場所は国内に八カ所ある。その一カ所が日帰りで行ける距離にあるのは幸運であると言える。
図書館は意外に大きかった。前世で言う市民図書館よりも一回り大きい。外観のデザインも凝っていた。
庶民だけでなく、金持ちっぽい人もちらほらいた。それはそのはずである。貴族は字を読めるし、お金もある。
商人はわりかし字が読める人が多いが、農民だと字が読める人が少ないので、こういった所には基本来ない。
アリエスはそのような金持ちには見向きもせず、入館料を払い、過去の新聞記事の内容についてまとめてある本を読むため地下室へ向かった。
まず、クレヴィル家没落以前の貴族のことを一番に調べたいと思ったので、記事をいくつかあさった。アリエスはゲームで一番始めに没落したモールス家の記事が書いてあるページを見つけた。
モールス伯爵家、オーウェル公爵の殺害計画露見。事件はオーウェル公爵家で働く使用人が屋敷の周りをうろつく不審な人物を捉えたことがきっかけで、殺害計画が露見した。
殺害計画は刑法十三条、『貴族の殺害計画は未遂であっても、罪に問われる』より、モールス家に下された判決は爵位剥奪と遠島である。
と書いてあった。アリエスは持参したノートに簡単にメモをし、没落貴族二人目の記述を探す。
アルバーン伯爵家、王の許可なしに海外との密貿易。王の許可なしの海外との密貿易は貴族法十七条、『貴族の、王からの許可なしで海外との貿易は固く禁じる』より、アルバーン伯爵家は爵位剥奪という判決が下った。
また、アルバーン伯爵家は密貿易で稼いだ金を王に報告せず、着服していたことがわかった。
この国は絶対王政なので、海外との貿易などは全て王家の方で管理しており、王からの命令で、海の近くに領地を持つ貴族が貿易をしても、利益のほとんどは自分の懐に入れることはできないらしい。
そして、密貿易が禁止されている理由は、財力を蓄えた貴族が王家に逆らえないようにするためだと本にも書いてあった。
モールスの記事はいわば前世のゲームの答え合わせのようなものであった。Aコースではモールス伯爵は無罪だったので、おそらくモールスがCコースにおいてのダミーの没落貴族一家目と考えられる。
アルバーンの方はAコースの方には登場しないので、ダミーかどうかはわからない。今後の動向を見て、検討する必要がありそうだった。
アリエスは念のため、クレヴィル家の記述も見た。内容は裁判のとき言われたことと、たいして変わりないことが書かれていた。
クレヴィル家はダミーの没落貴族二家目だ。クレヴィル家に関しても一応ノートに簡潔にまとめた。
時刻は昼近くになっていた。アリエスは服のことも少し調べてから図書館を出た。
図書館を出たところに貴族らしき服装をした男が二人ほど立っていた。図書館に来たときにいた富豪たちとはまた別の人だった。
一人の顔は帽子を深くかぶっているのでよく見えない。もう一人は紺色の髪の真面目そうな人だった。アリエスは何やら視線を感じたような気がした。
(もしかして、貴族時代に会ったことがある人? それとも、私が没落令嬢アリエスだと気づいた?)
アリエスは男達の前を、足早に去ろうとした。しかし、帽子を深くかぶった男に手首をつかまれた。
「アリエス嬢。」
耳元で名前を呼ばれたので、アリエスは血の気がひいた。
「誰かとお間違えになっているのでは?」
あくまでも、しらばっくれるつもりだ。
「こんな所にいたら、ばれますよ。何を調べていたのですか? KAEDEのマネージャーさん?」
(この人、かまをかけているのか。というか、私のことどこまで知ってる?)
「何のことでしょう? おっしゃっている意味が全く分かりません。」
アリエスは目を合わせずに苦笑いをしながら答えた。
「貴女が興味深いことを教えてあげましょう。パウエル伯爵とダリモア子爵が何やら取引しているという噂があります。
何を取引しているかは分かりませんが。しかし、貴族間での私的な貿易は王家に許可を取らなければならない。それなのにこんなリスキーなことをしているのはなぜでしょうか。」
初耳のことだった。なぜ、この男がそこまで細かいことを知っているのか分からないがとりあえず、建前として、お礼を言うことにした。
「私とは関係ないことですが、興味深いお話でした。それでは失礼します。」
あまり、長い間話していると、何か弱みを握られそうなので、さっさとこの場から去ろうとした。
「KAEDEのさらなる発展を期待しています。アメリアさん。」
男は手首を離した。アリエスはこの言葉を聞いて固まってしまった。アリエスは後ろを振り返らずに男に言った。
「貴方は誰ですか。」
聞こうか悩んだが、やはり悪い芽であるならば、早めに潰しておかなければならないと思った。アリエスの声は震えていた。この男が自分のことを知りすぎていることが怖い。
「貴女の店の店に投資したとある貴族Kです。」
アリエスがはっと振り返ったときにはその男達は反対方向へ歩き始めていた。
(貴族の投資者ということは金貨を投資したあの大棚?)
彼らの馬車にアリエスは目をやった。馬車には家紋らしきものが描かれていた。二つの剣の紋様が目立つ。騎士の家の貴族なのだろうか。
呆然と立ち尽くしたアリエスは少しの間思考が停止した。さっきの貴族の目的が全くもってわからない。後々国に告発するつもりなのか、それとも他の目的があるのかもしれない。アリエスは我に返ると頬を軽くたたいてから歩き出した。
(次に会ったときに色々聞き出さねば!)
太陽は南の空高く上がっている。時刻は正午を少し過ぎていた。