第十一話 草木染め
十一話 草木染め
アリエスはパウエル領から帰宅してから、数日後染色屋に行き、届いた植物を使いながら、染色品改良の実験を進めていくことになっている。
共同開発に協力してくれる染色屋の人たちが道具などを予め用意してもらっている。
「では、始めていきましょうか。」
目の前には先日仕入れた植物と染色のために必要な道具とまだ染色していない麻の布数枚が置かれている。
今回は仕入れた植物、全てを染色してみることはできないので、数種類選んで行うことになった。残りは後日だ。まだ、届いていない植物もある。
「まず、熱めのお湯で、石けんを使いながら、しっかり洗いましょう。それから、色むらができないようにぬるま湯で布に水分を吸収させます。」
あらかじめ、染色屋にわかしておいてもらったお湯の中で、染色屋の人たちと一緒に、布を洗い、ぬるま湯につけた。
「ここで、模様をつける実験をしてみたいので、布の何枚かに少し細工をしましょう。」
「細工ですか?」
従業員の一人が聞き返した。
「例えばこんな風に、布の端をひもで縛ったり、波縫いで円形に縫ったりとかすると、できあがった後に模様ができると思います。」
アリエスはお手本として、布の何枚かに細工したのを従業員たちに見せた。従業員たちはなるほどと言いながら、布に細工をした。
「次に濃染処理をしましょう。熱湯の中に豆乳をほんの少し入れて混ぜてから、しばらくひたしておきましょう。その間に、染料を煮出しましょうか。これらの材料を強火で煮出しましょう。植物の事前処理は忘れずに。」
濃染処理をお願いしている間、アリエスは他の従業員たちと花のおしべやめしべを取ったり、枝を細かく折ったりしていた。そして、熱湯に材料を入れて、煮て、染料を出す。
濃染処理が終わると、布を水洗いした。その後、できた染料をザルを使って、こした。そして、できた染液に少量のお湯を入れ、濃染処理が終わった布をその中に入れた。
従業員たちは染色液に入れた布がどのように染まるのかとそわそわしながら見ていた。アリエス自身も、やり方を知っているだけで、実際にやったことはなかったので、わくわくしていた。
色止めで使うために、染色屋に用意してもらっていた媒染液を使う。これは、酢の中に鉄を数日つけていたものだ。
本当は、色止め専用の媒染液を使えば、効果は確実だが、アリエスはその作り方を知らないし、知っていたところで作れるかどうかはわからない。
この作業をすることによって、色落ちは多少防げるが、元は植物で染めるので、多少の色落ちは仕方ない。
「布同士がくっつかないように動かしてくださいね。」
染色液から布を取り出してから、水洗いした。その後、媒染液に布をひたして水洗い。そして、再び染液に入れて、水洗いというのを繰り返してから、固く絞って脱水した。
「アメリアさん! 見てください、色がついてますね。すごいです!」
水洗いを終えた従業員が興奮しながら、アリエスに染色し終わった布を見せる。その布は淡い色で染色されていた。
多少むらがあり、貴族が着る鉱石などを使って染められたものとは違い、発色がいいわけではなかったが、植物から染められたものらしくきれいに染められていた。
材料によって、色も全然違うし、同じ材料でも条件を少し変えることで、全く同じものにはならない。
現代の工場の大量生産で作るものとはまた違って、一枚、一枚職人が丁寧に染めていくので、人の温かさを感じる。
「こっちも見てくださいよ。模様がきれいに入っていますね。これで庶民が模様の入った服を着られるようになるんですね。」
先ほど、刺繍を入れたり、端を絞ったりした布に、模様が刻まれていた。試作品なので、柄はいまいちであるが、工夫次第では、よりよいものになるのは間違えなしだ。
「皆さん、ありがとうございます。今までとは、違う感じでとてもいいですね。改良次第ではもっといいものが作れそうですね。」
アリエスは純粋に嬉しかった。従業員達も新しい発見ができて嬉しそうだった。改良に改良を重ね、製品化すれば、庶民でも模様がついた色とりどりの服を安価で買えるようになる。そうすれば、庶民にも笑顔が増えるのではないかと思った。
自分が前世で、新しい服を着たときに、違う自分になれた感じがしたように、子供のときに両親が買ってくれたことがいつか思い出になったように、服は人の心を少しだけ豊かにするのではないかと思った。
こういうことで、たくさんの人に貢献していきたい。アリエスはそう思った。
今回やった、草木染めは前世の受け売り知識で、アリエス自身がこういうことをやらなくても、いずれ文明は進み、草木染め以上にもっと質がよく、安価な染色方法も出るだろう。
だが、これでも、少しではあるが、この世界が少し変わったような気がした。
(私が前世でやりたかったことはこういうことだったんだ・・・。)
* * *
あれから、一週間ほど経ち、今日は染色屋にジュリーと完成品を見に行くことになっている。
「完成品を見るのが、楽しみです。お嬢様が染色屋に行ったとき、私は店の方が忙しくて行けなかったので。」
ジュリーはうきうきしている。アリエスはにっこり笑った。
「そうだね。あれから、他の植物もやってもらうように頼んだけど、それらの完成品を見るのも楽しみ。」
染色屋に着くと店主の中年の女性が店を案内してくれた。そして、店の奥にある試作品を見せてくれた。
「どうです? アメリアさん。」
色鮮やかな布がずらりと並んでいた。ジュリーは興味津々で、あちこちうろうろしている。
「染め終わった直後より多少、色が落ちたように感じなくもないですが、きれいに仕上がっていますね。柄もきれいに出ていますね。」
アリエスは布を一枚一枚見て品定めをし始めた。中年の女性はそんなアリエスをじっと見ていた。
「こちらは、後日届いた植物で染めたものですが、どうでしょうか。」
「そうですね。やはり、花びらで染めると色が鮮やかできれいですね。」
アリエスは、後日届いた植物で行ったものを見て回った。そして、今後も、使えそうな植物をチェックしていった。
「直接染色するのもいいですが、先に糸に染色してから、布を織るというやり方も試してみたいですね。後、媒染液の材料を変えてみるってこともやってみたいですね。」
媒染液の材料を変えることで、色の濃淡に多少違いが出る。濃く暗い色にしたいなら、鉄。薄く淡い色にしたければ、アルミなどを使う。
花びらを使えば、色鮮やかになるし、木の枝などを使うと地味な色になる。何かを少し変えることで全く違う色になるのは、この草木染めの魅力である。
アリエスは試作品を元に発色がよかったものを今後も生産してもらうことにした。そして、この布屋と専属の契約をすることにした。
契約内容はこの作り方を許可なく他言しない、KAEDEとの取引を今後も継続する、今後二年間、草木染めで作った布を他に売るときはKAEDEと取引するときよりも五%増しで少し高めに売り差額は発案者であるアリエスに還元する、の三点だ。
あえて、二年間他の店には高く売りつける理由は、同業者がなかなか手を出せないようにするためだ。こうすることで、珍しい商品を独占販売することができ、差額分を儲けることができる。
この国には特許という概念がなさそうなので、こうでもしないと、せっかく新商品を開発しても製造方法を乗っ取られるのがおちである。
アリエスは店主と専属契約を結び、契約金を払った。これも投資の一種。今後のためだから、仕方ない。
「交渉成立です。」
契約が終わり、アリエス達が帰ろうとすると店主の中年の女性が何かを思い出したかのように世間話を始めた。
「たいした話しじゃないんだけど、ファレル侯爵領で農民の反乱が起こって、農作物が高騰しているって話知ってます? 家庭に大打撃よ。うちなんて息子が四人もいるんだから、もう困っちゃうわ。」
(確かにそういえば、最近、野菜が高いとセンリーさんも言ってたなあ。)
アリエスははっとして、女性に尋ねた。
「それで、侯爵はどうなったのですか?」
女性は顎に手を当てながら答えた。
「確か、新聞には爵位剥奪されて、領主も変わるんじゃないかと予想されているわよね。暴動などを起こすと、その地を治めている領主のせいだから、責任取って、爵位剥奪されることは珍しいことではないわ。どうせ、領主が搾取でもしていたのだろうけどね。」
(搾取といったら、我が左遷先の領主も似たようなことやってるけどね。)
ジュリーはもしかしてと言うようにアリエスの顔を見ていた。アリエスはこくんと頷くと女性にお礼を言って、染色屋を後にした。
「貴族没落の連鎖はまだ続いているってことだね。」
アリエスは早歩きしながら、ジュリーにいった。
「これはクレヴィル家と同様に仕組まれているということですか?」
ジュリーは小走りになりながら、アリエスの後をついてくる。
「そうだね。偶然にしては続きすぎだし、何か法則性でも・・・?」
「おじょ・・・アメリアさんは法則性がわかるのですか?」
アリエスは足を止めると、ジュリーに向き合った。
「それが分かれば苦労なんてしないよ。そんなことより、服の生産を急がなくちゃだね。」
ジュリーはもどかしそうな顔をしたが、その後納得したように、はいと言った。
二人は店へと足早に帰って行った。