第九話 リニューアル開店
九話 リニューアル開店
何でもまずは見た目から。準備資金が集まったことにより、店の改装も着々と進んでいた。建物の改築も考えたが、改築をすると、資本金が吹っ飛ぶので、諦めた。
「改築は難しいので、DIYをしましょう!」
「DIY?」
ジュリーの家族達は頭の上に『?』を浮かべている。今日は店をDIYするために普通の営業はお休みしている。
「DIYというのはDo It Yourselfの略で、自分たちで、修繕し、何かを作ることを言います。今日は塗装と、建物の破損箇所を修繕しましょう。」
アリエスは目の前に朝一で仕入れてきた、ペンキや木材などを並べた。
アリエスは前世での大学時代はぼろやに住んでいたので、大雨が降ると、雨漏りした。アパートの経営側に修繕するように何度も頼んだが、修理資金がないと断られた。ぼろ屋にかける金がないことはわからないでもないが。
そこで、前世ではホームセンターで木材を購入して、自分で修繕していた。DIYの知識はそこそこあるとアリエスは自負している。
「リニューアルするということで、店の名前を変えたいと思うのですが、何がいいと思いますか?」
シリルは店の正面を見上げながら聞いてきた。アリエスは少し考えてからいった。
「そうですね。KAEDEでいかがでしょうか。」
家族達は恐らくその言葉の意味は分っていないとおもうが、口をそろえて賛成してくれた。新しくその名前の看板も作ってくれると言ってくれた。
由来は勿論、前世の名前からとっている。前世の自分のこと、前世での出来事、苦労を忘れないようにと心に銘じ、自分を戒めるためだ。
アリエスはジュリーの家族達に指示を出した。
「私とシリルさんは修繕工事、他の人たちは塗装をおねがいします。」
家族達は返事をした後、それぞれの持ち場に戻った。屋根を修繕し始めるためにアリエスは屋根へと登り、とても元令嬢がやることとは思えないような光景である。シリルも屋根の上に上った。
念のため、身バレしないように黒髪の長いカツラをかぶって顔の半分を髪で隠した。
屋根からは町全体が見渡せた。昼間なので、人の通りはそこそこあるが、やはり、この商店街の入口から中央辺りの店が繁盛してそうだった。この店は商店街の入口からは少し遠いので、客足もまばらである。
「アリエス様って、元令嬢なのに、庶民がやるようなことも何でもできるんですね。」
「シリルさん、屋外では、アメリアと呼んでくださいね。」
シリルはすみませんと小声でつぶやいた。アリエスは澄み切った空を眺めながら、答えた。
「本能ですかね、よくわからないけど。元から私の中に備わっている感じがするのです。私は前世では庶民だったのですかね・・・」
アリエスはあえて濁すようなことを言った。断言すれば、不気味がられるのはいうまでもない。
「前世、ですかー。前世の記憶があったならば、今世で有利なこともありそうですね。アメリアさんの元から備わっているかもしれないその能力は前世から引き継いだものかもしれませんね。」
「そうかもしれませんね。」
アリエスは目の前の作業に取り組み始めた。前世の記憶が無かった方が幸せだったかもしれない、と思ったことは何度かある。何事も知りすぎているのは良くないことだ。
何時間やっただろうか、屋根から降りると疲れがどっと、出てきた。
(さすがに、昨日も徹夜で服つくって、寝てないからさすがに疲れた。)
「あれー!?」
入り口からジュリーの声がした。誰か来たのだろうか。ジュリーが対応してくれているようだ。アリエスはふらふらしながら、入り口へ行くと、見慣れた顔があった。
「おひさしぶりです、アリエス様。」
『アリエス』の記憶を辿ってその人物の名前と特徴を特定した。声の主は元使用人のデュランだった。アリエスの三つ年上であり、使用人時代は警備などを主に行ってくれていた。以前のように元気そうだった。
「ひさしぶりだね、デュラ・・・」
ふっと意識がとび、アリエスはその場で倒れ込んだ。みんなが心配する声が聞こえたが、徐々に聞こえなくなっていった。
* * *
気がついたら、ベッドの上にいた。
(ここは・・・、ああ私、あのとき倒れたのか。)
「お嬢様―、大丈夫ですか。」
ベッドの横に座っていた、ジュリーが心配そうな顔でのぞき込んできた。
「ごめん、作業、途中のままで・・・」
「そんなこと心配しないでください。デュランが手伝ってくれたから。それより、自分の体を心配してください。」
ジュリーは泣きそうな顔をしている。本気で心配されているのが痛いほど伝わる。
「ごめんジュリー、これからは気をつけるね。」
アリエスは前世では、昼間は学校、夕方はバイト、夜は深夜まで勉強という生活リズムだったので、そのままの感覚できたら、このざまだ。
(さすがに徹夜続きはまずかったか・・・。)
「お嬢様、私はこれから水や食べやすい食べ物などを持ってくるので、寝て待っていてください。」
ジュリーはそう言い残すと部屋を出て行った。ジュリーが部屋を出て行ってまもなく廊下から足音が聞こえてきた。するとすぐに、ドアをノックしてきた。
「失礼します。」
アリエスはどうぞというと、男が部屋に入ってきた。元使用人デュランである。デュランは忠誠心が強く真面目な性格であると、『アリエス』の記憶に記憶されていた。確かにその通りであるとアリエスは思った。
「デュラン、さっきは挨拶が途中になっちゃってごめんね。」
アリエスが一言そう言うと、デュランは一礼した。
「大丈夫ですよ。ご気分はどうです?」
「今は大丈夫よ。心配かけてごめんね。」
デュランは顔を横に振った。それから、部屋は静寂に包まれていた。外からは虫の声がかすかに聞こえる。秋が近くなってきているのを肌で感じる。
「目の前で倒れたときはさすがに驚きましたよ。働き過ぎですか?」
「まあ、そんなところだね。」
アリエスは苦笑いした。正直少し反省している。
「まさかアリエス様がこんなところにいるなんて思いませんでしたよ。左遷先から逃げ出せたのですか?」
「まあ、死を偽装して何とか。このことは内密で。」
「わかってますよ。というか何か、すごいことやったんですね。」
デュランは感心しているのか驚いているだけなのかよくわからないが、そう言うと外の月を眺めた。月は半月なので、月光はあまり部屋に入ってこないので、部屋は少し暗い。
「それより、デュラン、何か用事があって、ここにきたのでは?」
デュランは「ああ」と思い出したように話し始めた。
「用事は特にないのですが、店の前を通ったら、死んだと言われていたアリエス様の姿をお見かけたので、もしかしてと思って、店の前で立ち止まっていたら、ジュリーに声をかけられました。」
「なるほど・・・。今はどうしてるの?」
「新しい奉公先を探しているのです。帰る家もないですし。家は僕の手伝いを必要としていないので。」
アリエスは、一連のことが運命にあらがえなかったことだったとしても、使用人まるごと解雇せざるをえなかったことを、申し訳なく思った。
「ごめんなさい。私が無力だったから・・・、クレヴィル家を没落という運命ニ抗うことができなかったからそのせいで・・・」
アリエスは心が痛かった。今の自分自身とはほとんど関わりのない使用人達ではあるが、それでも、彼らに対する罪悪感でいっぱいだった。あの場を切り抜ける策が何かあったのではないかと思うときがしばしばある。
「あまり気に病まないでください。クレヴィル家が没落したことはアリエス様が悪いわけではありませんし・・・。
僕はこうして生きて貴女と再び会えることができたことを嬉しく思いますよ。主従関係も何もなくてもいいじゃないですか。」
デュランは複雑な表情をしていた。何か思うところがあるのだろうか。その表情からデュランの気持ちを読み取ることは難しかった。
ガチャとドアが開く音がした。
「デュラン、あなたお嬢様に何したの!」
食事を持ってきたジュリーは目を三角にして、食事をベットの横にあるミニテーブルの上に置いてから、デュランの後ろ襟をひっぱって、デュランを座っていた椅子から立たせた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 表情が暗いですが・・・。もしかして、デュランに何かされたんですか?」
勘違い、早とちりはジュリーの悪い癖である。
「誤解だよ、ジュリー。デュランとはただ話をしていただけだよ。」
アリエスは笑顔を作ってから、ジュリーを正面から見た。ジュリーは安心した顔をして、先ほどまでデュランが座っていた椅子に座った。
「それならよかったです。ちなみにどんな話をしてたんですか?」
アリエスはジュリーにさっきまで話していたことを話した。ジュリーはアリエスの話を頷きながら聞いていた。話し終わると、アリエスは唐突に思いついたように話し始めた。
「そうだデュラン、もしよかったら、ここで一緒に働かない? 給料をそんなに高く払えるわけではないけど、行く当てがないならどうかな? ジュリー、この提案どう思う?」
「お嬢様が言うなら私は良いと思いますよ。まあ、デュランが役立つかどうかは別ですけど。」
ジュリーは横目でデュランを見た。デュランは愛想笑いしながら答えた。
「僕は別に下心があってここに来たわけではありませんので・・・。アリエス様、心配してくださりありがとうございます。」
デュランはぺこりと頭を下げる。アリエスは大きく深呼吸をしてから話し始めた。
「別に遠慮しなくてもいいよ。デュランがよければ、ここで働いてくれませんか? 近いうちに従業員を雇う予定でいたので。」
デュランはアリエスの意外な発言に目を見開いた。
「お嬢様がそう言うんだったら、遠慮なんかしなくていいんじゃない?」
ジュリーは穏やかな口調でデュランに助言した。
「そうですね。僕をここで働かせてください!」
デュランは返事に少しためらいがあったようだったが、嬉しそうに笑って返事をした。場の空気が少し軽くなった。
「話し変わるけど、髪型が少し変わっても、私だってすぐにわかっちゃった?」
「そうですね」
「なるほど。私が今までと少し雰囲気を変えても、わかる人にはわかるということだね。」
アリエスはうーんとうなった。外に出るときはもっと用心しなければならないと思った。人通りが多いこの商店街に貴族関係者が来たときに、身バレする可能性があることを改めて認識した。おそらくは庶民に顔が知られているということはないと思うが。
(私が、領地から脱走してきたことがばれると色々とまずいからなー。)
アリエスはとりあえず、考えていたことを払拭してから、場を仕切り直した。
「じゃあ、デュラン、これからもよろしくね。」
アリエスは右手を伸ばした。デュランはアリエスが差し出した右手を握った。
「ありがとうございます、アリエス様。貴女のため、このお店のために全力を尽くします。」
デュランは意気揚々としていた。デュランのさっきまでの複雑な表情はとうに消えていた。
「デュラン、あなた住み込みで働くんでしょう? うちは狭いから、あなたに個室を用意できないから、屋根裏部屋になるけどいいよね?」
ジュリーはデュランに念を押した。
「わかってるよ。奉公先が見つかったことだけでもありがたいと思っているよ。」
「お嬢様には感謝だね。ほら、デュラン、お父さんに相談しに行かないと。」
デュランはうなずくと、ジュリーと一緒にアリエスに挨拶をしてから、部屋を出て行った。先ほどまで賑やかだった部屋の中が急に静かになったので、少し違和感だった。アリエスはベッドの上から窓の外を見ながら、物思いにふけっていた。
(協力してくれる仲間がいるって、こんなにも嬉しいことなんだね、『アリエス』。)
前世では、自分を助けてくれる人なんて、ほとんどいなかった。そのせいで、側に誰かがいてくれるというありがたさに今まで気づかずにいた。
アリエスは胸に手を当てて、今の自分の中のどこかにいるであろう、もともとの『アリエス』に語りかけた。もちろん、返事はなかったが、『アリエス』が答えてくれているように感じた。
その後、アリエスはジュリーが運んできてくれた冷めたスープを、完食すると、そのまま、眠りについた。
翌朝には熱が下がっていた。アリエスは軽くなった体を少し動かしてから、大きく伸びをして、カーテンを開け、太陽の光を浴びた。
(働き過ぎには気をつけないとだね。)
「さあ、開店準備を始めるか。」
アリエスは着替えをしてから、大股で、自室を出て行った。