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【完結】没落令嬢の爵位奪還計画  作者: 中条モンジ
第一章 庶民の服屋
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第八話 投資

八話 投資


 翌日、アリエスはジュリーの家族達を店の裏にある、アトリエに集めて、今後の経営についての話をした。

「まず、この店の経営方針の主軸は商品の差別化。そして、店を立て直すためにコスト削減をしつつ、商品開発をしていきたいと思います。どう思いますか?」

 まず、一番大事なのは、商品の差別化である。この店は商店街の中でも立地はあまりよくないので、そもそも客足が少ない。よって、集客するためには一番必要なことである。珍しい商品があれば、同業者よりもこちらを選んでくれる可能性は高くなる。

 そしてもう一つ大事なのはコストの削減だ。少ない資本金でどれだけ、この店を変えられるかがポイントである。両方を主軸にするとおそらく経営はうまくいかないので、できるかぎりコストを抑えつつ、唯一無二の商品を作ることを目指す。

「いいと思います。」

 ジュリーの家族達は満場一致で賛成した。

「わかりました。では、次に進みます。まず、コストの削減の件について、少し詳しく説明します。本来、工場などの生産機構に一括して、服の生産を依頼すれば、安価で大量に商品を仕入れることが可能になります。しかし、私は現状で、そのようなことはしたくありません。」

「それは、なぜですか? 安価で大量に生産できれば、それ以上にいいことはないと思いますが。」

 ジュリーが手を挙げてアリエスに質問した。

「その理由は、単純に商品を余らせないようにするため。今のこの店で商品を大量に仕入れても、需要がそれを上回らない。

 商品が売れなければ、長期にわたってその商品を売り続けることになるよね。そうなると、ジュリー、どうなると思う?」

 ジュリーは少し考えてから、アリエスの質問に答えた。

「ええっと、新規で客層が増えない限り、お客に飽きられますね。」

「つまりそういうこと。客が来ても、商品が売れなければ、結局のところ赤字。

 複数店舗を構えていると、店舗間で商品の交換とかできて効率的だけど、今は他の店舗を構える余裕もないので、需要が増えるまでは、自社生産ということにしたいと思います。」

「それがいいかと思います。」

 シリルはアリエスの考えに納得した。

「そして、同業者との商品の差別化を図るため、新商品を開発しようと思います。デザインはできるだけ、単純化し、種類は増やし過ぎないようにします。ちょっとした飾りや色や模様で、それぞれの服に個性を出していくのがいいかなと思います。」

 本来なら、種類やデザインを増やせば、客の目を引くことはできる。しかし、種類やデザインを凝ることで、生産費は上がるし、効率も下がる。

 この店に来る客層は裕福な貴族や商人ではなく、あくまで庶民である。お金のない庶民は凝ったデザインの服と安価なデザインの服を天秤にかけたら、ほとんどの人は安価な服を選ぶ。だが、きっと安価でデザインがよい商品があれば、多くの人はこっちを手に取る。そういう商品作りをしていきたい。

 そういうことを考えると、デザインのために生産コストを上げることはよくないということは容易にわかる。それに、この店にはそこまで大きくないので、そんなにたくさんの商品を置くことはできない。

「種類を減らしたり、デザインを単純化させたりする理由は生産効率を上げるためですね。」

 察しのいいセンリーはアリエスの狙いに気づいたようだった。

「その通りです。それでは、今後の経営についてはこのくらいにして、商品開発を始めましょうか。」

 アリエス達は、新商品の開発に向けて動き出した。


 ここは、庶民のための服屋である。よって、コストのかかる材料を使うことはできない。貴族向けであれば、そのようなコストの面は気にしなくてよいのだが。庶民の着る服の材質としては、基本は麻。その他の例としては、ウールやリネンという亜麻の植物から作られたものを使う。

 もちろん、合成繊維というものは存在しないし、大型機械などもないので、製作は全て初期の足踏みミシンか手作業なので、時間はかかる。

 そして、この世界では服は高価なものであるという印象が強く前世のときのように破れたら、新しいものを買ったり、デザインが飽きたから新しい服を買ったりする文化はない。  

 要するに、庶民には服の需要が現代ほどないのだ。着るものがあればいいという考えの者がほとんどだと考えられる。

 今までのように、需要のない服を作り続けると赤字になる。赤字を黒字に変えるためには、低いコストで、できるだけ人の目を引くようなデザインの服を作る必要がある。

 アリエスはそのことを踏まえた上で、数日間かけて、ジュリーの家族達と試作品を何枚か作ってみた。


「どうでしょう。」

アリエスは試作品を机の上に何着か並べる。地味な色やいかにも色落ちしやすそうな薄い色の服がいくつか並んだ。

(色落ちしやすそうなのはちょっとネックかな)

 この世界でも生地に色をつけることはできるが、より鮮やかで濃い色をつけようとするとコストは上がるようだ。当たり前のことだが、安ければ、安いほど色落ちもしやすい。貴族の服とかはあまり色落ちしやすそうには見えないのはそのせいである。

 コストが上がらないように色落ちしないで、色をつける方法を考える必要があると、アリエスは感じていた。

「これはスカートと上着が分離している・・・、なおかつスカートが膝丈! 夏とかは涼しそうですね。」

ジュリーは目を丸くしながら眺めていた。この世界での女性、特に庶民はワンピースが主流なため、上下分かれた服を着ることが少ない。そして、スカートの丈は膝ぐらいである。上下が分かれていた方が着替えやすい。なおかつ、別々の服の上下を組み合わせることで、違った服の楽しみ方ができるという工夫である。だが、色はいずれも薄い。

「アリエス様、これは何でしょう。」

 センリーが、指さしながら言った。目を子どものようにキラキラさせていた。

「それはポンチョです。冬はこれがあれば、いくらか暖かいと思いますよ。一応男女兼用です。」

 ポンチョも本当は、毛皮などで、作った方が、暖かいのだろうが、毛皮を使うことで、コストが爆上がりする。よって、今回はウールで作った。コストはいくらか抑えられたように思える。センリーはポンチョを見て、感心した様子だった。

「こっちのズボンは何ですか? あまり見かけない形をしていますね。」

今度はシリルが聞いてきた。

「それは、モンペの下半身部分です。一応男性向けですが、女性でも着ることができると思います。農作業をする庶民のために動きやすさに重視しました。」

 モンペはヨーロッパ風のこの国にはあまり適さないかもしれないが、庶民にとって、重視されるのは、動きやすさである。

 基本的にこの国では男性は膝まで絞った感じの足ゲートルズボンを着るのが一般的のようだが、形は違えど、使いやすさはいいはずである。流行るかどうかは別として。

 シリルは顎に手をあてて、ふむふむとうなずいた。それからアリエスは他にもいくつか試作品を紹介した。

「色のバリエーションや生地が少ないのはとてもネックですが、デザイン的にこの世界に許容されるならば、売れるかもですね。」

 アリエスは意気揚々に言った。隣にいた、マーサやマッシュも興味津々だ。

「お嬢様、これらはあまり目にしない形の物なので、流行りますよ。絶対に!」

 ジュリーがアリエスの手を取り、キラキラとした目線を送ってくる。

「ありがとう、ジュリー。うまくいくことを願っているよ。」

 アリエスが、そう言って、机の上に置いていた服を手に取った。

「皆さん、サンプルの数が少ないので、この他にもできる限り多く作りましょう。その中から売れそうなものを選別して、売って、たくさんの人にお店に出資してもらいましょう。」

 そして数日後、アリエスが作った、サンプルの服何着かを店の前に展示した。


リニューアル開店のための皆様へのお願い

このたび、この店をリニューアルさせるために多額の資金が必要です。

皆様に投資していただくことで、多種多様な服を販売することができます。

出資額は一口硬貨十枚からで、利益が出次第、投資者の皆様には配当金としてお返しします。

 追記 ボランティアとして、商店街の清掃活動始めます。


 という貼り紙をした。道行く人がアリエスの作った服をチラチラと見ている。

(うまくいくといいな。)

「やることは山積みです。シリルさんとマーサとマッシュは、商店街を端から端まで掃除しながら、お店のことについて宣伝しましょう。私とセンリーさんは私と一緒に商品の製作を始めましょう。ジュリーは店番をお願い。」

 ジュリーの家族達は大きな声で返事をすると、自分の持ち場へ行った。


 その日から、者も次第に増えていった。珍しい商品に目を引かれたのだろう。効果はあったようだ。そんな中で、金貨を投資するKと名乗る者が現れた。どこかの貴族らしい。これで、お店をさらに発展させることができそうである。


              *    *     *


「なぜ、あのような庶民の店に金貨を出資したのですか。」

 と従者が聞く。道が悪いのか馬車の揺れが激しい。

「店の前に飾ってある服を見て、何かを感じた。あの店は必ず売り上げを伸ばす。儲かりそうな店に投資することは後々いいことがあるからな。」

 銀色の髪を持った主の男は窓の外を眺めている。人が賑わう商店街から、のどかな田園風景へと移動しつつある。

「本当にそれだけですか?」

「それだけだ。」

 従者は主を見てニヤニヤしている。

「何が言いたい?」

「いえ、ただ、店の奥にいたのがアリエス様に似ていた、或いは本人かもしれないと思ったからではないかと思っただけです。」

「・・・」

「図星ですね。わかりやすいですね、我が主は。」

 主の眉がぴくりと動いた。主は従者から目をそらすと、窓の外を見た。主は目的地に到着するまで、従者と目を合わせることはなかった。



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