第七話 経営方針
七話 経営方針
「お嬢様、お久しぶりです。数ヶ月ぶりですね。」
アリエスを出迎えたのは元使用人のジュリーである。ジュリーの家の店は一階部分が店と工房で、二階部分が居住スペースである。
奥にはジュリーの家族がアリエスを見て、ニコニコして出迎えてくれた。
「私はもう、貴族ではないのに、お嬢様と呼ばれるのはちょっと違和感かな。様はつけなくていいよ。」
前世の記憶を持つアリエスは、様付けされることに慣れていなかったので、この際、普通に呼んでくれればいいなと思った。だが、ジュリーはアリエスの考えとは裏腹に顔を横に振った。
「没落しても、私の主がお嬢様であることには変わりはありませんよ。そんなことより、ささ、お嬢様、汚いところですが、中にお入りください。」
(『アリエス』は随分と、信頼されているんだなあ。)
アリエスは、ジュリーの言葉を聞いて、嬉しく感じた。その言葉はかつての『アリエス』が使用人に対して徳を積んだからではあるが。アリエスは用意された椅子に腰をかけると、ジュリーの母らしき人がお茶を持ってきた。
「私はジュリーの母のセンリー、私の夫のシリル、そして、あそこで駆けている二人がジュリーの双子の妹のマーサとマッシュです。」
ジュリーの母のセンリーは家族の自己紹介をした。
「アリエス様、僻地ではさぞ苦労したことでしょう。」
と ジュリーの父、シリルが労うように言った。テーブル周りを二人の子どもが走り回っている。この二人がジュリーの弟と妹だ。センリーは走り回っている子どもを叱った。
「楽な生活とは言えないですね、領主は面倒くさい人だし。」
「そうですか、色々大変でしたね。」
アリエスはジュリーの家族達と没落後の生活について話した。
「お母さん、没落って何?」
素朴な子どもの質問である。
「こら、アリエス様の前でなんてこと言っているの!」
失礼な質問をした、ジュリーの弟、マッシュは母にこっぴどく叱られている。
「別に気にしてないので、お構いなく。」
アリエス笑顔を作った。人が人なら罰せられそうだが、アリエスはそんなに心が狭くはない。子どもだから許そう。
「お嬢様、本題に入りましょう。この店を立て直すことはできそうですか?」
ジュリーが場を仕切り直した。アリエスはこくりと頷いた。
「立て直すための資金はどのくらい用意できますか?」
アリエスは出されたお茶をすすりながらそう言うと、シリルはうーんと考え込んだ。
「今のところ、銀貨五枚くらいですね。」
銀貨五枚というと、前世での五十万円ほどに相当するようだ。この国の金銭感覚についてはよく分からないが、日本のどんな小さな会社でも五十万円で、会社を設立することにはかなり無理がある。
「そうですねー、わかりました。まず始めに、工房を見せてください。」
とアリエスが言うと、シリルが工房を案内してくれた。
(大分古そうだなー)
足踏みミシンや、機織り機など、この世界で、アリエスがこういうのを見たのは初めてだったが、見た目で、旧式のものであるとわかった。
「ここらにあるものは最新式とお見受けできないのですが・・・」
「アリエス様のおっしゃる通りでございます。ここらの道具は私の父の代から変えておりません。何しろ、経営がうまくいかないもので・・・」
シリルは少し後ろめたそうにしていた。
(建物からして、お金がないことは一目瞭然ではあったけど・・・)
「一千万、じゃなくて・・・金貨十枚。資本金としてはそのくらいほしいです。」
それを踏まえた上でアリエスは一つ提案をした。
「き、金貨だってー!? そんな大金用意できません!」
青い顔をするシリル、センリーとジュリーも唖然としている。基本的に庶民は庶民が金貨を触ることなど滅多にない。驚くのも当然だ。まあ、アリエスも無茶を言ったことは自覚していたので、心の中で反省する。
「私に考えがあります。とりあえず、座りましょう。」
アリエスと、ジュリーの家族達は先ほど座っていた所に戻った。ジュリーの弟と妹は母に上の部屋で遊んでろと言われて、上にいった。アリエスは座り直してから言った。
「どこかから、融資を受けることができる当てはありますか?」
「傾いた店のために融資する人なんていません。そして、商会からもお金は借りられないと思います。」
予想通りの結果であった。どこかからお金を借りられれば、この話はすぐに片づくはずだが、現実はそんなに甘くはない。アリエスは少し考え込んでから、口を開いた。
「投資という方法があります。」
「それは『カンパ』ということですか?」
ジュリーが言った。やはりこの世界では投資という考えが存在しなかった。
「カンパとは違うかな。この店を『会社』と仮定して、まずは会社のためにお金を出してくれる人を増やす必要があります。
投資者は慈善活動(企業の社会的責任)や売り上げなどをみて、どれだけ、自分に利益が出るか判断して投資するかを決めます。
そして『会社』は利益が出たら、投資者の投資額に応じて配当金などを配る。
そして、投資額が多い人ほど、株主総会・・・じゃなくて、総会という、『会社』の経営指針を決める大事な会議で、自分の発言権が強くなります。といった、仕組みですね。」
まあ、これはいわゆる株式会社の仕組みではあるが、この世界に、証券取引所とかそういったシステムは存在しなさそうなので、完全なる株式会社を作るのは不可能だ。不可能だから、株式会社の考え方の一部を拝借したのだ。
ジュリー達は半分理解できていて、半分理解できないようであった。
「まあ、経営についてはアリエス様にお任せします。私たちは一度経営に失敗しているので。」
シリルは少し後ろめたそうに発言した。かといって、アリエスが完全に立て直しできるかどうかは微妙なところではあるが、ここはこくりとうなずいておいた。
「わかりました。それでは、私は今日から、この店のマネージャーということでいいですか? 店長はシリルさんにお任せします。」
「了解しました。」
「お店を評価してもらうために慈善活動を商店街の掃除、お店に投資してもらうために新商品の開発でどうですか。」
慈善活動をするのは、店の印象をよくし、少しでも多くの人に店について知ってもらうためだ。
家族達はその提案に大きくうなずいた。
「では、雇用契約の方はどうなさいますか。」
シリルは紙を取り出し、アリエスに尋ねた。アリエスは頭を悩ませた。冤罪を晴らし、爵位を取り戻すことがあくまでも目標である。貴族に戻るための準備資金だけ何とかなればいいのだ。
しかし、アリエスの前世で培ってきた技術でどこまで、この店を立て直せるかも危うい。正直、自信はあまりないのだ。
「私が、どこまでこの店を立て直せるかはわかりません。これは一種の賭けのようなものですから。
そうですね・・・、店を立て直せた場合、利益の二十%ほど爵位奪還のための積立金にしていただければ、十分です。
もし、立て直せなかったら、積立金は放棄いたします。ただ、左遷先に残してきた家族に少し、仕送りみたいなのができればいいなと思います。」
左遷先の監視は厳しいので、仕送りができるかどうかは微妙なところではあるが。
「わかりました。利益の二十%と言わず、三十%とかでも大丈夫ですよ。」
「お金はあって、悪いことはありません。残りのお金はこの店の今後の発展のために使ってください。私は居候させてもらう身でもあるので。」
「わかりました。店のことを一番に考えてくださって、ありがとうございます。」
シリルは頭を下げると、契約書にすらすらと契約内容を綴っていく。そして、契約内容をもう一度確認してから、署名と血判を押した。
「あと、私のことは外や店ではアリエスではなくアメリアとでもよんでください。アリエスは死んだ設定になっているので、偽名を使います。そして、外では、様やお嬢様などは禁句で。」
「偽名でも呼び捨てなんて恐れ多いです。」
ジュリーは横に視線をそらしながら言った。
「では、さん付けで、アメリアさんとでも呼んで?」
家族達は納得したような顔をしている。
「それではお店のリニューアル開店にむけて頑張りましょう。」
アリエスは新商品のデザインを作り始めた。こんなに楽しいと思うのは久しぶりだった。型紙を書く手がびっくりするほどすらすら進む。
「お嬢様、何か以前より頼もしくなられましたね。」
ニコニコしながら、ジュリーが近づいてきた。
「気のせいじゃない?」
アリエスはニヤニヤする顔を真顔に戻そうとしつつ思った。
好きなことで仕事ができてうれしいと思う一方で、うまくいくかどうか不安も大きかった。だが、ここで、怖じ気づいても状況は全くいい方向には向かない。それが現実だ。
(そうでしょう、先生。)