表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第3話 目の前 の 憧れ


 朝早くから、小学校1つ分くらいは居そうな子供達が年齢別に修練場に並んでいた。

 今日からついに、教導たる訓練などが始まる。

 そして今日も台の上にはセッカ総合教導官が居た。


「新たに4軍となった47人を向かえて、総勢503人となった

 4軍の教導を開始する!

 ん?新人は47人だけだと思っていたのか??

 4軍は5歳から14歳までだから

 お前達の10倍くらい居るんだぞ?」


 思った以上の4軍の多さに、新たに入った47人の反応は様々だった。

 周囲を何かの仇のようににらみつける者から

 あまりの人の多さに(すく)む者。

 我関せずと、余裕を持っている者と様々だ。


 但しセッカの姿が全く見えていない。

 聞こえるのは声だけだが、誰も突っ込まなかった。


「よし、新人以外はいつものメニューで開始だ!

 教導官もそれぞれ散れ!

 新人はそのまま周囲を10分程見ていろ!」




「10分周囲を見ろって言われてもな…。」


 アーガスがそう言う中、周囲では訓練が始まった。

 自分達と身の丈の変わりない、歳の近そうな子供ですら

 素早く周囲を走ったり、飛び上がったりなど

 今の自分達との違いを見せ付けられる10分となった。


 特にかなり大きな方の子供達については

 近接格闘なども行なっていて、その動きを

 目で追う事も出来なかった。



「よし!10分だ!さて……。

 周囲を見て気が付いただろうが、今のお前達では

 あれについていく事は無理だろう。

 と、言う事でお前達が行なうのはこれだ!」


 そういってセッカが見せたのは、火属性魔法の初歩である

 【(ファイア)】の魔法だ。


 セッカはそもそも火属性魔法は不得手だった。

 しかし今では全属性すら使える程になっていた。

 しかもその理由が実は意外なところにあった。


 前作を知っている方は、セッカが異人。

 つまり異世界転生者である事を知っている筈だが

 その死亡理由が、放火によって寝たまま焼かれたと言う

 想像を絶する酷い死に方だった。


 それが聖王ことクルード八十五世。

 箭内富士夫(やない ふじお)亡き後、突然使えるようになった。


 セッカ本人は、それが引き金だと考えていて

 それ以降、順に属性魔法を試していった結果

 全ての属性魔法が使えるまでに至った。


 そして本来、【(ファイア)】と言う魔法は

 初歩魔法や基礎魔法と呼ばれていて、これをキチンと習得しなければ

 その上位にある【火球(ファイアボール)】などが出せない。


 そしてこの【(ファイア)】や【(ウォーター)】は

 まず身に纏うことしか出来ない。

 そして術者は燃えたりと、影響を受けないが

 それ以外の人物には影響がある。

 その為に、格闘タイプの冒険者などが拳に(まと)わせて

 殴る、蹴る、抱きつくなどの戦い方に使う事も多い。


 大抵は掌が燃えるくらいになるのが普通だ。

 しかしセッカが見せたのは掌を開いて

 指の先だけ、しかも5本全ての先の部分だけに【(ファイア)】を

 纏わせるというものだった。


「これが5歳から使用する事が可能となる、属性魔法の初歩。

 【(ファイア)】だ。

 今から全員、大きく離れてからこれを再現してもらう。

 出来たものから今日の教導は終了だ。」


 出来たものから終了。

 この言葉に、自信ありげな子供も居た。

 一応は5歳から、とされているから

 満5歳、と言えば最大で1年近い差がある。

 つまり、既に属性魔法を扱っている者が居てもおかしくない。


 しかしこれがセッカの【(ファイア)】を再現、となると

 一気にレベルが上がる事には誰も最初は気が付かなかった。



「全員広く離れたな?【(ファイア)】】の魔法は消費魔力は

 非常に小さいから、お前達が魔力欠乏症になる事は無い。

 だから存分に、この私が出している【(ファイア)】を再現するが良い!

 それでははじめっ!!」


 セッカの合図に、他の教導官から【(ファイア)】の使い方を習う者。

 合図と共に【(ファイア)】を詠唱する者などと分かれたが

 全員が全員、【(ファイア)】を出せた時には

 掌全てが燃えていた。



「おおお、これが火属性魔法……。」

「アーガス、あまり見つめるな。火属性魔法は見つめすぎると

 どんどんと自分が吸い寄せられていく。

 魔性の火、とも言うんだ。だから出してもずっと見続けるな。

 1分に1回くらいはきっちり目を逸らせ。

 そうしないと顔から突っ込む事になるぞ?」


「はっ、はい!」

 ハイネ少佐に注意はされたものの、自らが魔法を使えた事に

 アーガスは喜んでいて、右から左へとその忠告が通り抜けていた。



 そして【(ファイア)】を成功させた子供達が

 終わりとばかりに帰っていこうとする。



「こら、誰も再現出来ていないだろうが。

 誰がただ【(ファイア)】を出せと言った?

 私は、『再現しろ』と言ったのだ。

 掌を燃やすだけなら魔力があれば誰でも出来る。

 そうではない。

 この指の先だけ。しかも5本同時に燃やせと言っているんだ。」


 セッカの5本指の先だけを同時に燃やす。

 実はこれも【(ファイア)】だ。

 しかもこれは【(ファイア)】が5つある訳では無い。

 1つの【(ファイア)】で5本指の先だけが燃えている。


 実際、これを再現させる方法はいくつかある上

 教導官なら誰でも出来る。


 実際、周囲に居る教導官全員が

 全く同じ事をしていた。



「ああ、やり方を教導官に聞くのは無しだ。

 自分でここまで至れ、そうすれば今日の教導は終わりなのだぞ?」


 そして皆、子供達はそれを再現しようとするが

 その難しさに悩んだ。



「良いか!

 ヒント1だ!これは【(ファイア)】は1つしか使っていない!

 複数の【(ファイア)】を使っている訳では無い!


 ヒント2!魔法と言うのは大気中にある魔素を呼吸や皮膚呼吸などで

 身体の中に取り入れ、魔力に変換してその魔力を燃料として魔法を出す!


 ヒント3!魔法は維持しているだけで魔素へと戻っていく!

 だから魔力は常に放出していかねばならない!


 ヒント4!魔素は決して魔法の燃料とはならない!

 魔素は魔素、体内に入れて魔力にしなければ【(ファイア)】とはならない!


 ヒント5!これは5という数字では無い!1という数字だ!

 5本指にそれぞれ【(ファイア)】があると思っている馬鹿は

 一生掛かっても出来ないぞ!」


 実際にセッカが言う通り、これはたった1つの【(ファイア)】だ。

 そして皆が少しづつ頭を使っていく。

 そして辿り着くものが、試行錯誤を繰り返していく。


 セッカの【(ファイア)】は5本の指が燃えてはいるが

 その【(ファイア)】の最底辺が同じ位置にある。

 それは指の先だけに魔力を出していて、手の甲や

 掌などに魔力を出していない、と言う事だった。

 しかしどう魔力を出す、出さないと分けるのかに至れなかった。



「ああ、そうだ。ちなみに去年これが初日に出来たのは53人中、たった3人だ!

 過去最高人数は11人だ!さて、今年は何人出来るかな?」


 この言葉に、捉え方の違いが出てきた。

 53人中、たった3人。過去最高で11人しか出来なかった。と捉えるのか。

 それとも、自分達と同じ5歳児が出来たのだ。

 なら自分が出来る可能性がある、と捉えるかだ。


 【(ファイア)】自体が使えるのは、日頃から

 薪が燃えるところなどを目にするから使える、と言うのもあって

 使える人は非常に多い。


 しかし使えない人の大半は、自分が出来ないと思っていると

 出来ないものだ。


 魔法は想像力が何より求められる。

 しかも人に言われて出来る様になるより

 自分で到達出来た方が、魔法の想像力を養うのには向いている。

 それが初日の教導内容だ。

 セッカが決して嫌がらせな問題を出している訳では無い。

 ここで既に子供達の命運も分かれる。


 言われて出来る様になるのは当たり前。

 理論を知って出来るのも当たり前。

 自らそこに辿り着けるか、柔軟性があるか。

 これらが全て見られていて、彼等の今後が決まっていく。


 つまり4軍に居るうちに2軍への切符となる赤紙が貰えるか。

 それともこのまま凡才の烙印を押されて3軍となるか。

 しかし3軍となっても、そこから2軍への道もある。



「と、言う事だ。君達はこれから毎日、2軍行きの切符である

 もう1枚の赤紙を賭けて、自分自身と戦うのだ!

 良いか!この国の軍に敵など居ない!

 誰かを蹴落として上がる道などない!

 1軍たる蔦大隊(アイビー・バタリオン)への道は全員分ある!

 だから自らと戦うのだ!考えろ!常識に囚われるな!

 試行錯誤せよ!何回もやってみて、失敗を重ねながらも

 段々と目的に迫って行くのだ!ここは何度失敗しても良い場所だ!

 失敗をせねば成功など解りはしない!

 周りを見ろ!教導官は全員行なっている!

 それだけではない!周囲にいる他の年齢の子供達の手を良く見ろ!!」


 それは周囲で他の教導をしている子供達の指だけが

 燃えていると言う状況だった。


「仕組が解ればここでは誰でも出来る!

 だがそこに自分の頭と力だけで至れるか!至れないか!

 そこには大きな差があると思え!」



 誰でも出来る。その言葉に、自分達と身の丈の変わらない子供達が

 全員、指の先だけ燃えている状況を見て

 嘘偽りは無いのだと感じた。



「解るか!諦めたらそこで試合は終了だ!

 私ならこの状態からさらに指すら外れるぞ!!」


 お遊びレベルの「親指が外れる手品」をして

 その空気を台無しにするのもセッカだった。


 あと何人かの子供は、真面目に驚いて試そうとして

 周りの教導官に止められていた。


 この日、この答えに辿り着いたのは47人中9人だった。

 全員、やり方に違いがあったがそれをセッカは良しとした。


 そしてアーガス、マリーネ、リーヴァ、リルネット、スバルの5人は

 この9人に入る事は出来なかった。





「くそっ!一体どうなってるんだ……。」


「私も解らないわよ…。魔力を止めればって思ったけど

 そうすると指先の【(ファイア)】も消えちゃうんだから…。」


「魔力を止める!?そんな事出来たのかよ!」

「アーガスは試さなかったの…?」

「俺はそういうチマチマしたのは向いてねぇよ!」


「指1本なら出来るんだよな……。」

「私もそれなら出来るわよ!」

「なんで出来るんだよ!?」

「アーガス、少しは自分で考えようよ…。」

「俺はそういうのが駄目なんだよ!」

「はぁ……。」



 5人は、教導が終わり風呂に案内され

 汗を流し、食事が済んだ自由時間を利用し

 自主練習に励んでいた。


 但し室内での練習は禁止されているので

 修練場に出てきていた。

 ちなみに教導が終わっても、答えは一切教えてもらえなかった為

 5人で話しながら、試行錯誤を繰り返していた。


「魔力を魔素に早く変える?」

「それだと指先の【(ファイア)】も消えるわよ?」

「魔素を素早く吸収する?」

「どうやって…。」

「しかも魔力は出し続けないと駄目だろ?」


 アーガスが半ば話に入れず、1人でやっていた時だった。


「あ、出来た。」

「「「「嘘っ!?」」」」


 アーガスのやり方は、かなり無謀なやり方だった。


「つかこう【(ファイア)】出すだろ?」

 アーガスの掌が丸々燃えている【(ファイア)】を4人に見せた。


「で、こう手首をギュッと!」

 もう片手で手首を絞める様にすると

 指先にだけ【(ファイア)】が灯った。


「…………………なにこれ…。」

「いや、ちゃんと再現出来てるだろうが!」

「これってどうなんだ?」

「もう片手で手首を握るってありなの??」

「うるせぇな、出来てはいるだろうが!」

「いや、確かに出来てはいるんだが……。

 なんで手首を握るとこうなるんだ?」

「そんなもの解んねぇよ!」

「つまりこれって……。」

「偶然??」





「ははははは、面白いな。あの5人は。

 そう思わないか?ハイネ教導官。」


「…………………。」

「どうした、やけに静かだな?」

「セッカ上級大将…、貴方は虫を食わされた相手と

 そういう談義に花を咲かせたくなりますか?」


「あれはキチンとした料理だぞ?

 私の故郷では食べる者も多いぞ?

 まぁ小さいものが旨くて、足は食わないがな。

 サクサクして旨かっただろう?」


「砂糖と醤油の味しかしませんでしたが…?」

「まぁイナゴに味はほぼ無いからな…。

 食感と甘辛さを味わうものだからな。

 で、あの5人はどうだ?」

「まさかあれを正解とするおつもりで?」

「理論が解らず出来たという事が凄いと思わないか?」



「まぁ、理論的には解りますよ。

 魔力が血管に沿って走っている訳ですから。

 それをもう片手で阻害して、走る魔力量を抑えた事で

 腕の表面側を走ってきた魔力が細くなり

 掌や手の甲に【(ファイア)】が走らなくなった。

 指先だけに出ているのは、そこから魔力が噴き出すような

 イメージによるものでしょうが本人は気が付いていませんよ?

 本来なら魔力を細く繊細に操作して、手の表面には出さずに

 想像力を働かせて、指の先だけに出すと言うものなのですから。」



「誰も理論を語れとは言っていない。

 私は再現しろと言い、指の先だけ。

 しかも5本同時に燃やせと言ったのだ。

 あれを見て、その言葉に間違いは無いだろう?

 誰ももう片手で手首を押さえるな、とは言っていないのだからな。

 片手で出す属性魔法を倍化させる時に手首を押さえて

 もう片手から魔力を流すという方法すらあるんだ。

 あれを不正解とする必要性は無いだろう?

 むしろ理論すら気にせず出来たんだぞ?

 つまり1人で解決したのと同じでは無いのか?」



「まぁ、そう言われればなんとなくそんな気はしますけど…。」

「だが残念な事に教導時間内ではない訳だがな。

 惜しいと言う事でハイネ、加点しておけ。」

「宜しいのですか?」



「宜しいも何も出来たではないか。

 言われてやるより、自分自身で出来た事は素直に認めてやれよ。

 ただ教導時間内で無いと言うだけで

 あの4人のように、話し合いに参加している訳でも無い。

 微量な加点くらい、許容範囲内だろう?」


「まぁ、総合教導官たる上級大将がそう仰るなら…。」

「ハイネ。」

「なんでしょう。」

「何故、お前をわざわざ一軍から引っ張って来たか解るな?」

「嫌がらせですか?」

「はっはっは、それなら面白かったんだがな…。

 お前の後続となる、同じ孤児院の若い5人の子供だが…。

 ありゃ化けるぞ?」


「ほぉ、それは面白そうですが……。正直な感想を言っても?」

「無礼講で構わん。55年物を出そう。」

「私はビール派でしてね。」

「つれないな。で?」


「アーガス、マリーネ、リーヴァ、リルネット、スバル。

 可能性だけならゼロではありません。

 魔力の内包量だけなら、まぁ2軍くらいまでは

 いけるのではないでしょうか。」


「はっ、お前もかなりの上から目線になったものだな!」


「いえいえ、これも上級大将の鬼のような形相で私に課せてきた

 教導の賜物ですよ。」


「皮肉もここまで来るとご立派だな。」

「いえ、しかし感謝している事に変わりはありませんよ。

 だたの人だった私がここまでになれたのですから。」


「ハイネ、お前はやはりまだまだだな。」

「はい、私の目標は上級大将を超える事ですから。

 まだまだご指導いただかないと。」


「違う、お前はあの5人を育てるんだ。

 それがお前の修練だ。あとはマリアンヌもだぞ?

 両方出来て、お前はもう1つ上にいけるようになる。

 そもそも指導は終わっている。

 お前に足りないのは、人を育てる部分だ。」


「つまりあの5人に赤紙を取れるようにしろと?」


「違う、一軍入りさせるのがお前に対する任務だ。

 せめて小隊長規模までは育てろ。」


「それが可能だと?」

「そんなものは知らん。出来るか出来ないか?

 違うだろう?」

「やるんですね」

「そうだ、出来るか出来ないかなんて事に頭を使うくらいなら

 どう可能とするかだけを考えろ。

 お前は小隊長で終わる器では無い。

 それに我々は少数精鋭だ。だが少数精鋭と言うのは

 精鋭を集めて作る物では無い。解っているだろう?」


「はい、少数が少数精鋭に課程を経てなると仰りたいのですね。」

「そうだ、元の精鋭を引き抜いて少数で組んでも

 碌な結果にはならない。蔦大隊(アイビー・バタリオン)

 山と言う山を乗り越えた果てになれるものなのだからな。

 そうでなければ、命を蔑ろにしやすい。

 だから、ハイネ。あれ(5人)を育てろ。

 そこにお前の成長も見込まれる。そして辿り着け。

 私はもう先で待っているのだからな?」


「中隊長、ですか?」

「馬鹿者、そんなものはあとから付いてくる。

 だがなるなら大隊長だろう?」

「上級大将の設定する目標は高いですね……。」

「あの5人は中隊長くらいまでなら上がれる。

 ならお前が大隊長で当然だろうが。」


 育てる事も教導、セッカの目標の高い無茶振りに

 ハイネ少佐は、笑うくらいしか出来なかった。

 顔を引き攣らせながら………。





 そしてついに3日目の朝がやってきた。


  『さぁ!今日はお待ちかねの400キロ走だ!

   解り易くしてやろう!この開始線から走りだし

   この開始線を100回越えれば無事終了だ!

   方法は一切問わないが、外周の壁から引いてある

   この白線!これより壁から離れるのは禁止だ!

   さらに他の参加者に対する妨害行為も禁止だ!

   それでは位置について!よ――――――――い!

   ドンってこれが鳴ったらスタートだからな?』



 子供達が全員スタートを切ってしまい

 更にスタートでは無いと思った子供が立ち止まり

 次々とぶつかったりと、相当酷い状況に陥った。





「アネスさん!?なんで私が正座をする羽目になるんですか!!」

「当然ですよね?」


 アネスさんにこめかみをグリグリされながら

 正座させられているのは、まぁ私の責任だが…。


「この厳しい教導修練の中に、一陣の笑いをだね!?」

「必要だと思いますか?」


 アネスさんが完全に笑っている。

 マリアさんに似てるなぁ…、こういう時は……。


「申し訳ございませんでした」

 素直に土下座して謝るのが一番早い…。





  『おほん。さて、気を取りなおして。

   位置について!よ――――――――い!』


 セッカが魔導銃の引き金をカシュっと引くと

 ドンではなくヒュ~~と言う音と共に

 何かが上に「撃ち」あがり、ド―――――ンと言う音と共に

 花火が綺麗に開いたが、朝既に日も昇っていて

 これといって花火自体は見えなかったが、音だけはしたので

 それと共に子供達は走り出した。



いひゃい(痛い)いひゃいれふ(痛いです)はへふはん(アネスさん)!!」

「何、花火打ち上げてるんですか…。

 今、王城から通信が来ていて

 何事だって問われているんですけど!?」


「わ…私の合図の空砲だと…。」

「花火は空砲ではありません!ともすれば緊急避難信号と

 間違われるのですよ!?」

「申し訳ございませんでした」

 やはり素直に土下座して謝るのが一番早い…。



 しかし今日の400キロ耐久走は3日目にあたる。

 昨日の2日目に、耐久走につかえそうな補助魔法などの

 座学が済んでいて「方法は一切問わない」と言うのは

 魔法を使う事を許可していると言う事。

 あとインチキもありだ。


 ちなみに最短はスタートの線を反復横飛びするとか

 グルグル回って交互に超えるのがインチキゴールだ。

 だが説明上は合っている。

 最初に気が付いた人だけはそれで終了させるという、私ルールが毎年存在する。

 まぁ、今まで誰もやってないんだけどさ…。


 だが今年は1人気が付いたのが居た。

 

「ふむ、リルネットか…。

 このインチキゴールに気が付くとは面白いな…。」



  『良いだろう、リルネット。その頭の柔軟性に免じて1位でゴールだ。』

 何か馬鹿な事をしている奴が居るとでも思って

 笑いつつも走っていた連中が、軒並み驚いていた。


  『但しこれ以降、真似した奴は駄目だ。

   最初の1人だから認めるだけだ!

   残りの奴はキチンと走れよー!』


 まぁ所詮5歳児だ。

 2時間としないうちに、続々と倒れるものが出てくる。

 担当の教導官が、次々とヒントを与えていく。


 例えば足が痛い、癒しの魔法で回復させれば良いのでは?とか

 早く走れないなら、【身体強化(エンハンスドボディ)】などの

 身体強化の補助魔法を使えば良いのでは?と

 次々とやり方を教えていく。


 この400キロ耐久走は、身体を鍛えるものでは無い。

 どう魔法を使って、いかに自らは楽に走るか。

 それでいて自らの使える魔法をも模索していく事や

 魔力などとの向き合い方など、魔法に関する教導だ。


 当然自らで気が付いても良いのだが

 教わったとしても、この辺りは得手不得手があるので

 実際に自らが試し、より良い方法を自らが模索していき

 自分に合った方法を最終的に見つける事にある。


 実際、ここにいる子供達なら

 まぁ今日のうちに魔力欠乏症になるようなのは混ざっていない。

 使い方などを間違えるとありえるが

 そこは逐一、教導官の出番だ。


 そして拙いながらも、各々魔法を行使していく事で

 早い子供なら時速40キロくらいで走っているのすら出てくる。

 まぁ正直、重りも何も無しだから楽は楽だ。


 他の子供達や2軍以上は基本重りをつけて走るし

 制約を課して走るから、遅く感じるが

 何も無ければ、こんなものだ。


 しかし時速40キロで走ったところですら10時間掛かる。

 この教導修練に、制限時間は無い。

 終わった者から、自由時間になる上

 まだ下級学校も春休みだ。

 時間は腐るくらいあるっていうものだ。


 あとは魔力欠乏症だけ起こさないようにヤバい子供は

 教導官が止めて休ませる。

 5歳から魔法などの練習が出来ると言っても

 やはり幼子達だ。


 私は立場上、地獄だなんだのと言うが

 飴と鞭は両方無いと駄目なのだよ。




「さて、私も少々身体が鈍っているな。

 アネス教導官、少々付き合え。」


「はい。」

「「【身体強化(エンハンスドボディ)(10)】!」」




 私とアネスさんが、外周の壁に足を掛け

 そのまま壁を走っていく。

 そして子供達を煽っていく。



「なんだ、その程度の速度ではまだまだだぞ?

 走ると言うのはこうするのだ!」


 時速40キロくらいで走れている子供に話しかけては

 一気に走り去っていく。

 これも教導の1つだ。

 これで無理に速度をあげようものなら、いくら魔法で

 強化していても、身体そのものへの負担が上がる。


 世の中、失敗は最初にしておいた方がいい。

 だからこそ煽る。

 冷静に、自分のペースを貫くのか。

 身の丈の近い私がサッサと走って行く姿を見て

 熱くなるのかは自由だ、いざとなれば教導官が止める。


 5歳から4軍と言うのがあるのはその為だ。

 多くの失敗をし、その経験を積ませる事にある。



「うんうん、決してこれは嫌がらせや自らの優位を

 示す行動では無いのだよ?」

「そう言いながらも、お顔はにやけてますけど?」

「気のせいだ」

「そうですか」



 結果としては一番早く終わったのは、リルネットを除くと

 12時間が経過していた、時間で言えば午後7時過ぎだ。


 主な理由としては【身体強化(エンハンスドボディ)】の魔法の切れ間に

 再詠唱し直す事を忘れがちだった事と

 勢いそのままに【身体強化(エンハンスドボディ)】が切れた事で

 身体に負担が一気に押し寄せ、それを癒す時間が掛かった事だ。


 教導官は、どうするかのヒントは与えても

 コツは一切教えない。

 コツと言うのは教えると、その教導官のコツそのものに偏る。

 複数の魔法で、同じ癖が付いてしまう事があるからだ。



 コツは自らの失敗などから模索していくものであって

 自らの経験そのものだ。

 走って息も切らしているから、詠唱も乱れやすい。

 短い詠唱文ながらも、それをどう扱うかすらも

 子供達が、自ら学ぶ事だ。


 今から830年前、これらをおざなりにして

 画一的な方法で教えた新生シード王国は

 蔦大隊(アイビー・バタリオン)の存続の危機を迎えた。



 画一的な教本による、誰も彼もがが右習え。

 軍隊としては正しくとも

 蔦大隊(アイビー・バタリオン)としては失格だ。



 そしてシード4世は私に軍部を一任してきた。

 但し私は教導や指揮を取る位で

 現場に出る事はまず無い。


 今の蔦大隊(アイビー・バタリオン)で出来なければ

 何の意味も無いからだ。









 早い者で12時間、終われば今日の教導は終了。

 だが全員が全員それで終わるなら苦労はしない。

 この教導は全員が400キロ走り終わらないと終わらない。



  『例え真夜中になろうと、明日になろうと

   この教導に途中棄権などと言うものは存在しない!』

 

 これから国軍になった時に助けてくれ!と泣き叫んでいる人達を

 辛い!疲れた!もう辞めた!と救助する事を投げ出すなどありえない。

 それを最初から叩き込むのがこの教導。



「こっ…こんなの5歳がやる事じゃないだろう!」


  『貴様は馬鹿か?それを決めるのは周囲だ。

   貴様自身が決める事では無いだろうが。

   それに既にゴールしている者が複数いるではないか。

   自分勝手な理由付けをして、仕方無い、出来ないと

   「妥協」をしているだけではないか!

   知っているか?上級学校の国軍科ともなれば

   入学時にこれを1週間続けるのだぞ?

   その時は皆12歳なのだぞ?さらに時間はもっと短く速度も早いのだ!

   そのたった7分の1が今、出来なくて12歳になったら出来ると思うか?

   国軍の騎士になりたいと願う者は、この程度の事位出来て当たり前だ!

   ここに居る教導官の大半も、5歳の時に同じ事をしているのだからな!』


 既にゴールした者も居れば、ここに居る大半は

 嘘偽り無く、5歳児で3日目に同じメニューをこなしている。


 厳しいかもしれないが、ここで妥協だけは決してさせてはいけない。

 ここを乗り越えて、自分には出来ると言う心構えを持てるかどうか。

 それが重要だからだ。


 精神論かもしれないが、そもそも魔法自体が精神論だ。

 出来る、やれる、と言う自信が欠けるだけで

 威力が落ちるのが魔法だ。


 地球なら5歳児にこんな事をさせれば、間違いなく児童虐待で捕まるだろう。

 しかし昔の日本の元服並に成人になるのが早い

 この異世界レヴ・アースでは5歳となれば、魔法の行使に鍛錬が出来る。

 だからこそここだ。



  『ちなみに私は3日目に1000キロ耐久走だったぞ?

   しかも10時間で走り切れと言われて

   朝まで掛かったものだ。

   それに比べれば、まだマシな方だぞ?

   そんな私からアドバイスをやろう。

   決して足を止めない事だ。

   足を止めないで、魔力を回復しろ。

   ほんの僅かでも前に進め。

   お前達に届いた赤紙は、あくまで目安でしかない。

   蔦大隊(アイビー・バタリオン)になれる近道ではあるが

   それを保証する物では無い。

   そして今まで見てきた中で、なれた者は

   決して足を止めなかった奴ばかりだ。』



 そして少しづつ、止まっていた子供達が僅かでもと動き出す。

 それと止まったままの子供に分かれ始める。



  『良いか?足を止めなければ、いつかゴールに着く。

   足を止めたら絶対に辿り着かない。

   その違いが解らない奴は、赤紙が届いた事で

   選民されたとでも勘違いしているに他ならない。

   国軍は何も1軍から4軍だけでは無いのだ。

   ここで走りきれない者は、明日から

   食堂で1日1万食以上の食事の皮剥きと言う選択肢もある。

   ああ、そうだ。ここの草むしりってのもあるな。

   あとは下水道のドブ攫いなどの仕事も

   新生シード王国では、国軍の仕事だぞ?

   もう後戻りをする選択肢は無い。

   これから10年、そういう生活をしたいか?』


 それが効いたのか、次々と歩き出す。


  『そうだ、それで良い。お前達に取れる選択肢は

   ただ1つだ。前を向いて進む事だけだ。

   最後の1人がゴールするまで私も含めて

   教導官は1人足りとも休む事は無い。

   そうだな……、もう少し餌を与えるか…。

   アネス教導官、始めろ。』


  『はい。』


 アネスが合図をすると、修練場の中へと

 次々と入ってきた。


 新生シード王国が誇る、蔦大隊(アイビー・バタリオン)達が。

 アーマネントを着た、軍人が次々と入ってくる。

 新生シード王国の王紋の入ったマントを翻すと

 一瞬にして、アーマネントから魔導凱(モビルアーマー)へと変わる。



  『これがお前達が目指すべく蔦大隊(アイビー・バタリオン)だ!

   アーマネントまでであれば2軍でも着られる。

   だが魔導凱(モビルアーマー)は1軍の証だ。

   だがどうせであれば目指すはこれであろう?』


 セッカのすぐ後ろに、魔導機(モビルウェポン)が出現する。

 全身真っ赤な躯体が輝く、新生シード王国の一軍でも

 ほんの僅かしか乗れない専用機である、魔導機(モビルウェポン)



  『これが一軍の中でも一握りしか操縦出来ない魔導機だ!

   その最高峰とされる、私専用の真・百式魔導機(モビルウェポン)

   「アストロン()()ヒッペオス(騎士)」だ!

   解るか?新生シード王国には一握りの者には

   専用の魔導凱(モビルアーマー)魔導機(モビルウェポン)が与えられる!

   これが欲しいか?乗りたいか?なら走れ!完走しろ!

   それ以外、お前達にこれに乗る道など無い!』


 そしてセッカが乗っていなくとも、アストロンは動き出した。

 外周をふらふらと歩いたり、僅かに駆けている子供達の近くを

 ゆっくりと飛んでいた。


  『今ここで途中棄権すれば、これに乗る事は無くなる!

   それだけ蔦大隊(アイビー・バタリオン)とは厳しい所だ!

   努力をし、この教導にキチンとついて来られた者!

   クリアした者にしか、この魔導機(モビルウェポン)に乗るチャンスは与えられない!

   今から10年後!その為に今走るのだ!

   やれば出来るだなどと、無責任な事は言わない!

   だが、やらなければ絶対に出来ない!

   今これに乗る夢を捨てるかどうかはお前ら次第だ!

   身体だけではない!頭も使え!フル回転させろ!』


 新生シード王国で、魔導凱(モビルアーマー)魔導機(モビルウェポン)に乗るのは

 子供達の夢でもある。


 それだけの振る舞いを蔦大隊(アイビー・バタリオン)はしている。

 子供にとってはヒーローだ。

 そのヒーローになれるチャンスを今、捨てるかどうかを問うている。


 そして憧れの蔦大隊(アイビー・バタリオン)が子供達の横に付く。

 そして一緒に歩き出す、止まれば一緒に止まる。


「ワクワクするだろう?心揺さぶられるだろう?」

「酷い方ですね…。」

「何か言ったか?アネス教導官」


「ほんの一握り、それがどのくらいの割合だと思っていらっしゃるのですか?」

「割合?そんなものはあってないようなものだ。

 私が専用機を作ってやるかどうかだけなのだからな。」


「実際は1パーセントに満たないではありませんか。」

「だが可能性そのものはあるだろう?

 今足を止め、この教導を放り出せばそれが失せる。

 それこそ国家騎士試験から、これに乗れるような奴など

 ここ最近、出ていないではないか。それに1つ良いか?」


「なんでしょうか。」

「君も魔導機(モビルウェポン)乗りだろう?そのほんの一握りを掴んだ事に

 代わりは無いだろうが。」

「……………そうですね…。」

「さて、君の夢はなんだったかな?」

「もう忘れてしまいました、叶ったからですかね…。」

「世の中そんなものだ。」


 子供達の胸中は知れない。

 しかしそれまで座り込んでいた子供達すら

 最低でも歩き出し、中には元のように走り出す子供も居た。


 最後の子供がゴールについたのは翌日の夕方。

 線を越えると同時に倒れこみ、そのまま寝てしまった。

 その光景に、セッカは満足していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ