第11話 キング・オブ・ザ・ヒル
国営シード上級学校国軍科。
その6泊7日の長距離行軍が終わった時。
参加者は1割にまで減っていた。
しかし期限は7日目の23時59分59秒まで。
8日目になった時点で強制失格となる、非常にシビアなイベントだった。
到達出来なかった生徒としては、だが……。
『8日目になった。
現時点でゴールに辿り着いていない生徒は全員失格だ。』
全ての生徒に魔導通信によって告知された。
それもあと数メートルで到着しそうな生徒が居たとしてもだ。
「まっ………まって…くださ……い………。」
『待ってください?お前は時間に間に合わず
それによって悪い奴にもし国民が殺されたとしても
同じ事をほざくのか?
爆弾の解除に向かって、爆発した後に
そういうと、爆弾で死んだ人が生き返るのか?』
「……………。」
『そしてゴールした奴は全員理解しているだろう?
この長距離行軍の6日目の野営地から
ゴールまではたった1キロしか離れていない。
つまりは本来6日で踏破すべき所を
7日目の終了までわざわざ待ったのだ。
これ以上国軍科が譲歩する必要性がどこにある?』
あと僅か、届かなかった。
生徒としてみればそうだが、教員からすれば
あと僅かどころではない。
何しろほぼ6日目で踏破出来るのだから
実は丸1日近くの猶予を与えた。
そう言われてしまえばどうにもならない。
まさか7日目の行軍距離がたった1キロだとは
夢にも思っていなかったからだ。
ただ言い方を変えれば、本来7日掛けて踏破する筈の
行軍内容を6日に圧縮させてあるだけ、と言えばそれまでだ。
どちらが良いとも言える物では無いが
少なくともセッカイル上級学校国軍科の長距離行軍に
同じ内容の年が、実は存在しない。
毎年違う内容で行なっているが故
もしかしたら年度が違えば、と言う事もあるかもしれない。
だがこれも実は冗談のうちだ。
失格となった9割はそのまま普通国軍科と言う科に
入るかどうかをこれから問われる。
言わば特進科と普通科みたいな違いで
国軍科は卒業と共に、騎士となる。
つまり軍の中の2軍へ入る事が可能となるが
普通国軍科は3軍へ入る事になる。
つまり、国軍普通試験だけが免除される形になる。
卒業後は1年間、衛兵として過ごし
10年間、国軍騎士試験へチャレンジする事になる。
それでもこれは軍への道である事に違いは無いが
この長距離行軍を耐えられなければ、これから行なわれる
国軍科の授業には耐えられない、と言う篩いでもある。
そして本年殿国軍科の生徒数もこれで確定した。
新1年生が総勢403名。
新生シード王国の国軍科としては、これでも多い方だ。
むしろ世界的には1000年前に比べて
軍人の数は減らされている傾向にある。
世界的に見れば、新生シード王国ほど多くの軍人採用を勧めるのは
ディメンタール王国、ゲーテルエード王国、そしてグランハート王国くらいだ。
その理由は魔導銃と魔導凱の普及が根底にある。
多くの人員を費やさずとも、少数精鋭で攻められる、防衛が可能となる。
セッカ達はそんな未来を目指した訳でも無い。
しかし技術流出があり、今では世界の魔導凱は
まともな機体を有する国どころか、個人すら居る。
しかし世界の魔導凱は、単調な動きしか出来なかった。
1000年の時を経て、世界の魔導凱は鎧の延長線上へと進化した。
今では魔導凱を鎧の延長線上とし
過去、魔導凱と呼ばれたものは魔導機と呼ばれるようになった。
しかし魔導機を作り出す事は、殆どの国に出来なかった。
魔導凱はあくまで中の操縦者の動きを模倣する為
構造的には簡単であった事から、各国が作り出せた。
しかし魔導機は、そこに操縦桿操作やレバー操作などが加わる。
これが技術的に難しすぎた。
それでも魔導凱が広まった事で出来る事は大きく増えた。
人手が少なく済む事になった。
魔導銃の普及で、魔法の射程は飛躍的に伸びた。
ここは魔導凱の操作をさせる為の学校では無い。
数少ない魔導機乗りを育てるべく、学校であり科だ。
これから3年間掛けて、403名の生徒達は
まずは2軍入りの卒業、そして騎士で近衛たる
蔦大隊、一軍入りを目指す。
今、世界の戦いは生身で戦うより
魔導凱によっての戦いへと、大きく変わってきている。
だからこそ、3年間の教導はここから魔導凱を基本としてくる。
ここから基礎、肉体の強さなどを教導している余裕は
あまり残っていないからこその長距離行軍。
それを乗り越えた彼らは1日の休息を経て
正式な入学式を迎えていた。
前方の一部が競りあがり、朝礼台のようなものが出来上がった。
『それでは、名誉校長に入学式のご挨拶をお願い致します。』
もう国軍科でも有名となっていて
2年、3年、そして一部の1年は「またか…。」
と、心の中で思っていたとか居ないとか。
その台に登っていくのは非常に小さな若い女性だった。
いや、まだ幼子と言って良い体型だった。
髪は銀色、短いポニーテールを後ろに垂らし
正面を向けば………。
『ん?これでは届かないではないか!
何か乗るものは無いのか!?』
台には書記台のようなものもあり、彼女は
その台に隠れてしまっていた。
2年、3年、そして一部の1年は「やっぱりか…。」
と、心の中で全員が揃って思っていた。
『私の身長でこの台があったら顔が出ないと解るだろ!
さっさっと乗るものをもってこい!!』
1年の中にはクスクス笑っている者も居るが
2年に3年は誰一人笑っていない。
真面目な顔でそれを見ているのを見て
自分達も笑ってはいけないのだと察するものが多かった。。
『ん?いつものと台が違わないか?
まぁいい。』
そして台に乗り顔が普通に見えた。
2年、3年、そして一部の1年が「あれ?」と
思っていた次の瞬間だった。
一瞬にして名誉校長の足元が光出し、そのまま
激しい爆音と共に、朝礼台ごと全てが爆発し吹き飛んだ。
生徒達との間には、結界のようなものが張られていたのか
風1つ来なかったが、地面に真っ黒い焦げ跡だけが残っていて
その爆発の凄まじさだけは生徒に伝わったであろうタイミングで
横から新しい朝礼台が運び込まれ用意された。
『ありがとうございました。続きまして
校長に入学式のご挨拶をお願いします。』
司会が何事も無かったかのように、次へと進めていくのに
全員が呆気に取られていた。
そして長距離行軍の際に見た、校長が台へと登ると
キチンと踏み台があったのか、しっかりと顔が見えた。
『あー。皆、長距離行軍ご苦労だった!
その際にも挨拶をした筈だが、この国営シード王国上級学校。
別名セッカイル上級学校、国軍科校長のフーカだ。』
やはり校長も、何事もなかったかのように進めていく辺り
全員が「今のは何だったのか」とむしろ反応に困っていた。
しかも普通っぽい入学式が普通に終わり
全員が「あの爆発と名誉校長はどうなったのか」と言う話で持ち切りになったが
実際の所、事実を学校側が何も語らなかった事から
国軍科の七不思議の1つになったとか、ならなかったとか。
「ではこれよりアーマネントの教導を行なう!」
そしてついに新1年生の授業が開始されたが
その最初から、アーマネントを着た教導だった。
他国の魔導凱にはアーマネントを使うタイプと
使わないタイプが存在するが、新生シード王国の魔導凱は
アーマネントを着た状態で乗るタイプだ。
アーマネント、簡単に言ってしまえば鎧だが
ただの鎧では無い。
アーマネント自体は攻撃の為では無く、防具としての面が非常に高い。
アーマネントにはミスリルが表と裏面について、更にそれを繋ぐ為に
ミスリルを使っているが、実際は殆どがアルミ製だ。
これが3軍の仕様で、2軍以上は総ミスリルになる。
これを着込んで、さらに魔導凱に乗るが
基本的には対魔道銃用の防具になっている。
これでも相当軽く作られているのだが……。
「お…重い……」
アーガスに限らず、マリーネにリーヴァも
その重さに殆ど動けなかった。
これは教導用のアーマネントで、ミスリル部分は同じなのだが
中にはウォルフラムと言う金属が使われている。別名、タングステンとも呼ぶ。
密度が非常に高く、金に非常に近い重さがあり
これを新生シード王国では教導用として扱っている。
たった3.8センチの立方体で、重量が1キログラムもある代物で
このアーマネント1着で軽く100キロは超える。
しかしアーガス達が思っているのはそこではなかった。
アーマネント自体を着ていく段階では、それほど重いとは感じていなかった。
だが実際装着して起動させると、それこそ着る際に座り込んでいた
石の椅子から立ち上がる事が出来ないくらいに重かった事にある。
「これがアーマネントなのかよ…。
重いなんてもんじゃねぇだろ………。」
「話も聞かずに立ち上がろうとするからそうなるにゃすよ…。」
アーガス、マリーネ、リーヴァは3人共同じクラスに分けられ
1年14組に配属された。
そしてこう話すのが、1年14組の担任であるニャンゴー先生だ。
ケットシー族で、見た目は二足歩行の猫ではあるが獣人では無く
精霊に近い存在で、猫の獣人では無い。
「話を聞かない生徒のアーマネントには、Gをぶち込むにゃすよ?
黒くて丸くてツルっとしていて、活きが良いにゃすよ?」
「「「「「「「「「「聞きます!」」」」」」」」」」
「国軍科の返事はそうじゃ無いにゃすよ?」
「「「「「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」」」」」
ちなみにこのニャンゴー、前作で蔦大隊に居たニャンゴーだ。
フーカと言い、ニャンゴーと言い
ここに居るのは当然、理由があるがそれはまた先のお話。
「はい、話をちゃんと聞くにゃすよー。
アーマネントは魔纏と魔幻肢と言う
2つの能力を使って動かさないと、重くて動かないにゃす。」
「魔纏?魔幻肢?」
「アーガス三等兵?話の聞かない生徒にはGをぶち込むと
言ったにゃすよ?ぶち込んで欲しいにゃす?」
「サーノーサー!」
「なら最後まで黙っているにゃす。
魔纏はそのまま、自らの身体に魔力を纏う事にゃす。
しかしアーマネントはその大きさが2メートルはあるにゃす。
この中の生徒によっては、サイズが合っていない筈にゃす。
その隙間を魔幻肢と言う能力で埋めるにゃす。
魔幻肢は魔力で作り出した手や足で
元々は欠損がまだ治せなかった頃、大魔法使いが編み出した
苦肉の策の1つで、両腕を亡くした魔法使いが
腕の形に身体から引き離した形で形成して、腕の変わりとしたのが
始まりにゃす。つまり、魔纏でまず身体に魔力を纏うにゃす。
そして纏った魔力を、そのまま手や足の延長させていく感じで伸ばすにゃす。
皆、重くて動かないのではなく隙間があるから動かないだけにゃす。
アーマネントは隙間があってはいけないにゃす。
そして魔導具でもあるにゃす。
魔力をしっかり巡らせないと、稼動しないと言う事にゃす。
しかし触れている場所から巡らせようとしても
今度はムラが出来るにゃす。それによって、可動速度の差が出来て
やはり動かし難いにゃす。」
「にゃすが多くて聞き取り難い…。」
アーガスのその言葉を聞いたと同時に、ニャンゴーは面体をカパっと開け
丸くて黒くてツルっとしたGを、アーガスのアーマネントにぶち込んだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「キチンと最後まで聞かないとこうなるにゃすよ?」
「「「「「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」」」」」
「で、動かすには中の隙間を全て埋めるようにまず魔力を纏うにゃす。
そこから纏っている魔力をアーマネントにピッタリ埋まるように
放出して、それを維持するにゃす。
完璧に出来れば、動きの阻害は一切無いにゃす。
と言う事で、そこの馬鹿を除いて全員始めるにゃす!」
「「「「「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」」」」」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!
Gとか俺苦手ってどこにあぐふぉむぐほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
アーガスはあれとしても、残りの生徒は
皆、魔纏と魔幻肢を試していく。
むしろ魔纏はそう珍しいものでは無いので
出来る者は多かったが、魔幻肢が難しかった。
魔纏は魔力をただ纏えば良いが
魔幻肢とは元々欠損した腕などを
魔力で補い、形作り、実体の変わりにするものだ。
「感覚を掴むのが、中々に難しいにゃす?
これが出来ないと、アーマネントを着ての教導に移れないにゃす。
今年の新1年生は403人、各クラスが最大30人なので
クラス数は14あるにゃす。
このクラス分けは、クラス全員の長距離行軍の成績で
平均的になるように分けられているにゃす。
そしてこれからの授業は、全員がクリアしない限り
次の教導に進む事は無いにゃす。
全員出来てから次に進むにゃす。
つまり、1人でも出来なければずっとこの教導にゃす。」
その言葉が、後々に響いていった。
最初は出来る生徒は少ないが、どんどんと増えてくるにつれて
出来ない生徒に対して、苛立ちを覚える者などが増えてくる。
その上で、長距離行軍の成績で平均的になるように分けられている。
それはつまりアーガス、マリーネ、リーヴァは
それこそ7日やらずとも終わっている訳なので
成績だけで言えば上位になる。
それと対になるように、下位の中でもギリギリ入れた生徒が
この14組には混ざっている事を意味する。
当然中間的な成績のものなども混ざっているだろうが
アーガス達は上位でもトップに近い位置に居る。
その分全体的には下位に位置する生徒が多いと言う事でもある。
アーガス達がそれに苛立ちを覚えたりはせずとも
下位に近い生徒ほど、教導の遅れを理由に
その生徒を攻め立て始める。
しかもそこにニャンゴー先生は一切の関与をしない。
ただ普段から何かを開いて書いているだけであり、咎めたりもしない。
そしてクラスの雰囲気自体は最悪になっていく。
「なんだかなぁ……。」
「そうは言っても……、私達も何か言えるようなものでもないし…。」
「ニャンゴー先生に言っても、何もしてくれないし…。」
アーガス、マリーネ、リーヴァは少し前にも
何度か注意はしたのだ。
だがそれに返ってくるのは「4軍が偉そうに」だの
「俺達より後に出来た奴は黙ってろ」だのと、言われるばかりで
現状、全員魔纏は出来ても
魔幻肢が出来ない生徒が、一部の生徒によって
虐めに近い状況が続いていた上、教導も全く進んでいなかった。
しかしそれは14組だけの問題ではなかった。
多くのクラスがそういう状況に陥っている事が耳に入った。
それが一転、次の教導に進んだクラスが出てきた。
それにより、さらに虐めが苛烈になっていく。
但し、手を出したりではない。
それをすれば退学になると解っていて、言葉による暴力が
常に付きまとうようになった。
「あれは駄目にゃす。」
「ふむ、あの3人は動かないか……。」
フーカとセッカが夜、校長室で話している中で
14組の話題が出てきた。
「まぁセッカの教導や4軍教導は競るような教導だからな。
それに実力的には近い者達が集められて行なわれている。
こう実力差が大きい者同士が集まってする教導など
それこそ初めてだろう。
だが確か、アーガスは長距離行軍中に
他者を心配したと言われ、そこで気が付いたと思っていたんだがな…。」
「トップを走っていた者の余裕か何かじゃないにゃすかね。
魔幻肢の順位だけで言えば平均レベルにゃす。」
「まぁ魔幻肢自体4軍では教えないからな。
アーマネントを着る為のものだから
国軍科に来るか、3軍にでも入らねば教わる事は無いものだ。
その順列が真ん中あたりだからと、突っぱねられてると?」
「まぁそういう感じにゃす。」
「馬鹿な奴らだ…、下級学校で何を学んできたのだ……。」
「ああ、あの魔導放送を使った件にゃすね。」
「それ以上の馬鹿揃いだ。
ここには敵は居ないと言うのにな。
そしてそんな事をしていれば、さらに教導は遅れる。
結果として自らが学ぶチャンスを自らがふいにしている訳だ。」
「まぁ12歳でそこまで達観していたら
それはそれで怖いにゃす。」
「ま、ガキンチョのやる事だ。放置しておけばいい。
困るのは自分達だと、自分達で気が付かなければ
こういうのは決して治らないものだよ。」
「言った方が早いにゃすよ?」
「駄目だ、上から目線で言った所でそれは心に響かない。
自ら気が付かねば、こういうものは一生無くならない。」
「それを僅か12歳の子供に、諭させると言う教育が
正しいのか甚だ疑問にゃす。」
「あいつの言い分ではむしろ子供である方が
酷いらしいぞ?
大人ほど悪どく考えなかったり、純粋な反応だったりが
そのまま行動に出る分、悪質だとな。
まぁすぐに気が付くだろう。
間もなく1ヵ月だろう?」
「明日で1ヵ月にゃす。」
「なら、明日から地獄を味わえば良いのさ………。」
そんな会話の折、突然校長室の扉が開いた。
「よぉ、下僕。よくも私の分身体を爆破してくれたな。」
「なんであんたがここに!?」
「あ?そりゃアストロン・ヒッペオスで『跳んで』来たに決まっているだろうが。」
「せ せ せ…戦場の方は……。」
「ああ、そりゃあんたの旦那の活躍でカタがついたよ。」
「そ そ そ そりゃよかった。」
「よくねぇよ!分身体が吹っ飛んでも私に痛みは無いけど
その記憶は私に残るんだよ!?もうちょっとで三平の頭吹き飛ばすところだったぞ!?
まぁあれは吹き飛んでもすぐに生えるから良いけど…。
で?何故私を吹き飛ばしたのか、小一時間問いたい所なのだが?」
「あ あ あ、あれはだね……。
あんたの話が長くて、毎回笑いを取る所から始まるから…」
「問答無用!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その日の夜、校長室に
女性の叫び声が響いたが、誰もやってくる事はなかった。
ちなみに、宿舎まで聞こえたらしく
先日の「消えた名誉校長」の噂と共に「夜な夜な叫ぶ女性」と言う
七不思議化したとか、しなかったとか。