因縁の戦い
突如現れた月を覆う黒い霧。
嫌な気配を感じ取ったアクスは、目をつぶりなにやら考え込む。
「この気配…ラルトってやつか、それに他にもたくさんの気配を感じるな」
その時、町の方から警鐘が鳴り響く。どうやら町の人々も魔王軍の襲来に気がついたようだ。
「アクス、リーナ、ここにいたのね」
家から、リーナがヘルガンを引き連れ出てきた。
リーナは既に装備を身に着けている。
「二人とも気づいた?この気配…とうとう攻めてきたわね」
「あぁ…俺も気づいた、早速町に行くぞ」
ヘルガンは寝起きのようで、寝間着のままだった。
「さっきの警鐘って町の方からですよね…?なにがあったんですか!?」
「魔王軍の連中だ、俺たちも準備して行くぞ」
四人は準備を万全にし、ミルフィの町へと急いだ。
アクス一行が町に着くと、町の至る所がかがり火で明るく照らされている。
町の中は、兵士、冒険者、町民などで溢れ、人々がごった返していた。
「住民の皆様はこちらへ来てくださいー!」
冒険者ギルドの職員が、住民を地下のシェルターへ避難させている。
「いいか!我らは王よりこの町の警備を預かった兵士だ!魔物達を決して町に入れるでないぞ!」
兵士の隊長らしき人物が、兵士達に気合いを入れる。
周りの熱量と気迫に押され、ヘルガンはいつもよりも怯えている。
「しっかりしろヘルガン、怯えている場合じゃねぇぞ」
ヘルガンの身体が小さく震え、額から冷や汗を垂らす。
「わかってるんですけど…やっぱり怖くて。」
情けないヘルガンに、リーナが深くためいきをついた。
「全くだらしないわね、嫌なら家に残ればよかったのに…」
「今からでもそうしようかな…」
「それよりも、町の四方にいる魔王軍をどうするか…ラルトの奴は俺かリーナでなんとかなるとしても、魔物の数が多すぎて対処しきれねぇ」
珍しくアクスが頭を使い、事の状態を分析しだす。
そんな様子を見たリーナが、思わず口に出す。
「ねぇ…なんかあいつ様子おかしくない?なんかやばい物でも食べた?」
サリアの耳元にこっそりと話しかけた。
それを聞いたヘルガンも頷いた。
「やっぱりそうですよね、アクスさんがやけにかしこく見えます」
ずいぶんと失礼な物言いだが、口調や性格が大きく変わっており、周りの人から見たら様子がおかしいのだろう。
「サリア、何か知らないの?」
「それがわからないのよね、怒ってる訳でもないし、空腹でおかしくなってる訳でもないし」
三人がアクスに聞かれぬよう話していると。
「よお!お前たちも来たか」
武装したジンが、四人の元へやって来た。
「久しぶりだな、おっちゃん」
アクスが返事をすると、ジンはアクスの目をまじまじと見ていた。
「ずいぶんと気合いが入ってるようだな?」
ジンもアクスの変化に気づいたようだ。
アクスは不敵な笑みを浮かべた。
「まぁな…」
「お前たちに今回の防衛作戦を伝えにきた、しっかり覚えとけよ」
懐から地図を取り出し、そばにあった机の上に広げた。
「いいか?今回の敵は西、南、東の三方向から攻めて来ている。俺たちは戦力を四部隊にして、三部隊にそれぞれの方角を守らせ、残りの一部隊はいつでも動けるように待機だ」
そこでアクスが、ジンの話を遮り話し始めた。
「待ってくれ、北からも一体来ているはずだ。」
しかしジンは、きょとんとした顔で聞き返す。
「北?報告にはなかったはずだが?」
「いいや確かにいる、魔王軍の幹部ラルトだ」
その名前を聞き、ジンの顔色が変わった。
「ラルト…例の吸血鬼か、とすると作戦を大幅に変更しなくてはな…」
言葉を遮り、アクスが言い放った。
「無理に変える事はない、俺一人で充分だ」
自身満々の顔で答えたアクスにリーナが待ったをかける。
「待ちなさい、あいつと戦うのは私よ。あんたは下がってなさい」
「あいつとは決着がついてねぇんだ、俺がやる」
「一回戦っただけでもいいでしょ?私にやらせなさいよ」
二人は実にくだらない言い争いを始めた。アクスも変わったかと思ったが、根っこは前と変わらないようだ。
「はぁ…まったくこんな時にまで喧嘩するなんて」
サリアは呆れながらも、根は変わらないアクスに少しほっとしていた。
「で、でも!これだけ自身があるなら、今回の戦いも大丈夫ですよね!?」
喧嘩がピタリと収まり、アクスがヘルガンに向かって言った。
「どうだろうな、前にやり合った時はあいつ全然本気じゃなかっただろうし」
「えっ?」
意外な返事に戸惑うヘルガン。するとリーナが、やれやれと言わんばかりに、アクスを嘲笑うように言った。
「あらあら、ずいぶんと自信なさげじゃない?仕方ないから、私が代わってあげるわ」
「別に勝てないとは言ってないんだ、お前に譲る気はねぇぞ」
なんだかんだ言っても、勝つ気ではあるようだ。サリアが、ほっと胸を撫で下ろした。
「…まぁ、そういう事ならラルトはお前らに任すぜ」
「じゃあ早いものがちってことで」
一足先に、リーナが北へ向かって駆け出した。
「あいつ…!…まぁいい。サリアは町で待っていてくれ」
「ちょっと待ちなさいアクス、私だって戦うわよ」
サリアの発言に、アクスが顔をしかめる。
「でも、お前がもし怪我なんてしたら…」
「心配無用よ。私が強いのはアクスが一番知っているでしょ?それに、町の危険をただ見ているなんて嫌なのよ」
珍しくやる気なサリアに押され、アクスは迷いながらも決心したように口を開いた。
「わかった…でも無茶はしないでくれよ?いざとなったら助けを呼べよ?」
サリアは大げさに腕を組み、自信満々に言い放った。
「助けなんかなくても私達だけで充分よ!」
立派な戦力として認めてくれたのが嬉しいのか、これから戦場に行くとは思えない笑顔を見せた。
「じゃあ代わりに僕が町で待っているので頑張ってくださいね〜」
怖気づいたヘルガンが、こっそりその場から抜け出そうとした。
「おい!にいちゃん」
逃げようとしたヘルガンをジンが止め、喝を入れる。
「そっちのお嬢さんが根性見せたんだ、お前さんがそんなんじゃ情けないぜ?」
「いや〜でも…」
くよくよするヘルガンの背中を思いっきり引っ叩く。
「痛ったい!何するんですか!」
「気合い入れてやったんだよ、根性見せてみろ!」
長い沈黙が続いたが、意を決したように、弱々しくも拳を掲げ叫んだ。
「よっ…よーし!やるぞー!」
「きゅい!きゅい!」
胸元に潜んでいたラックルも、ヘルガンに合わせて拳を掲げる。
「じゃあおっさん、他は任せていいんだな?」
アクスの問いを聞き、小さく微笑んだ。
「ああ!思いっきり暴れてこい!」
口元に小さな笑みを浮かべ、アクスもリーナを追って駆け出した。
「アクスー!無茶だけはしないでよー!」
混ざりゆく人混みの中で、アクスが大きく手を振って見せた。
「よし、じゃあ二人は南に向かってくれ。幸運を祈っている」
「わかったわ、ヘルガン行くわよ!」
「はっ…はいっ!」
「きゅい!」
二人と一匹は気合いの入った掛け声を上げ、戦場へと向かった。
「全員…生きて帰ってこいよ…」
アクス達を見送ったジンも、自分の戦場へと向かって行った。
先程町を出たアクスは、北に向かって、暗い闇夜を駆けていた。
月明かりは消え、暗く不気味な道が続く。
少し先の場所で爆発の光が見えた。
「この気配は…リーナか、早速始めたようだな」
急ぎリーナと合流しようと加速する。
爆発の現場に近づくにつれ、周りの木が燃える火で辺りがよく見えてきた。
目の前でリーナとラルトが対峙しているのが見えた。
リーナもアクスに気づき後ろに振り返る。
「遅かったわね、あんたはそこで私の戦いを見てなさい」
それだけ言った後、アクスが止める間もなくラルトへ向かって飛び出し、その勢いのまま蹴りを放つ。
ラルトは腕を交差し受け止めるも、重い一撃で腕が痺れる。
攻撃の手は止まず、動きの止まったラルトの防御を崩すように下から蹴りを入れた。見事に腕を跳ね上げ防御を崩す。
心臓目掛けて突きを放つが、突如闇の中に姿をくらます。
突きは空振り、背後に現れたラルトの蹴りを受けた。
すぐに振り返り、腕で防御したものの、大きくふっ飛ばされ岩に激突した。
ラルトは追撃を止めず。手を向け魔法を放つ。
「『マカルカル』!」
二重に連なる赤い魔法陣から人の頭よりも大きな炎の玉が現れ、リーナに向けて放たれた。
炎の玉は着弾と同時に大きな爆発を起こした。
辺り一面が焼け焦げ、周りの木が焼け落ち、辺りの雪を溶かした。
ラルトがアクスに向き直り、不気味な笑みを浮かべる。
「久しぶりね坊や。次はあなたが死ぬ番よ」
アクスは不敵に笑った。
「そいつはどうかな?」
アクスの視線の先には、爆煙を払い除け出てきた、無傷のリーナの姿があった。
「なっ!無傷ですって!?」
ラルトの言葉に、リーナは高らかに笑う。
「たかが中級魔法くらいで私がやられるとでも?魔王軍の連中はどいつもこいつもお気楽なものね」
煽るリーナに苛立ちを隠せず、ぎりぎりと歯を鳴らすラルト。
「そういえば一つ聞きたいんだけど」
不意にリーナがラルトに対し尋ねた。
「ヘルガンから奪った物はどうしたのかしら?」
ラルトは少し黙り、思い出したかのように答えた。
「ああ…あれならうちの幹部が欲しがってたからくれてやったわよ」
哀れんだ表情を浮かべながら、リーナは淡々《たんたん》と喋った。
「あらら…じゃあもう用はないわ、さっさとたおさせてもらうわ」
リーナの言葉に機嫌を損ねたラルトは、眉をひそめた。
「ふんっ!言ってくれるわね!」
威勢のいい声と共に、懐から取り出したナイフをリーナに投げつけた。
リーナはナイフを腕ではじき、掌をラルトに向け、炎の玉を撃ち出した。
直撃したと同時に爆炎が起こり、煙と炎が辺りを包む。
追い打ちをかけるように、さらに続けて撃ち出した。が、手応えがなかった。
リーナは腕を大きく横に振り、炎と煙を払い飛ばした。
そこにラルトの姿はなかった。
「気配が消えた…どこに行ったんだ!?」
アクスが必死に気配を探るなか、リーナは目をつぶり集中する。
微動だにしないリーナの背後に穴が現れ、穴からラルトが現れる。
短剣を右手に持ち、リーナを背後から刺そうと振りかぶる。
「後ろね」
リーナは後ろを振り向く事もせず、目をつぶったまま拳を自身の右後ろに振り上げた。
「ごふっ…!」
裏拳を顔に受けたラルト、大きくのけぞり、宙に空いた穴からはじき出された。
「なっ…なぜ、私の攻撃がわかったの…?」
リーナは鼻で笑い、説明しだした。
「闇魔法で作り出した独自の空間、あんたはそこを通って私達の背後から現れた。でも残念ね、私は気配を察知できるのよ、こんなくだらない戦法は通じないのよ」
「…!くそっ!」
ラルトが怒りをむき出しにし、リーナに飛びかかる。
飛びかかってきたラルトを簡単に押しのけ、ラルトの頭を地面に強く押さえ込んだ。
「もう打つ手なしかしら?がっかりね…」
あからさまにがっかりした様子で深くためいきをつく。
それがラルトの怒りに触れたのか、怒りを抑えながら、自身の身体の下に穴を作り、リーナの拘束から逃れた。
再び現れたラルトは、息を切らしながらも体制を立て直す。
「言ってくれるわねお嬢ちゃん…でも、まだ終わりじゃないわよ、私にはまだこれがある」
大きく手を空に掲げると、ラルトのはるか頭上に巨大な穴が出来る。
「なんだあれは?」
「あれは…確か…」
その穴は以前に見たことがある、農場で見たオーガが現れた穴だ。
するとその穴からも、以前の時と同じようにオーガが現れた。
それを見て、リーナが嘲笑った。
「ふっ!今更オーガごときで私が倒せるとでも?笑わせてくれるわね!」
ラルトは、リーナの挑発に顔色一つ変えなかった。
「それはどうかしら…」
ラルトは背中からコウモリのような羽を生やし、オーガの首元まで飛んだ。すると、ラルトはオーガの首に噛み付いた。
噛み付いた箇所から、一気に血を吸い出した。
噛みつかれたオーガは声も出さず、ひたすらに血を吸われて続け地面に倒れた。
全身の血を吸われ、倒れたオーガの身体の上にラルトが立つ。その様子は先程までとは違った。
身体が赤く変色し、目が赤く光る。さらに見た目だけではなく、その身から溢れんばかりの魔力を二人は感じた。
ラルトを中心とし強烈な風が吹き荒れ、周りを吹き飛ばす。
「さて…続きを始めましょうか」
落ち着いたラルトが、素早い動きで目の前に居たアクスに体当たりをする。
腕で防いだものの、勢いは止まらずアクスごとはるか彼方へと突き進む。
「おらぁぁぁ!」
口調も荒々しくなり、先程までの冷静な口調は消え去った。
「ちっ!」
反撃する隙もなく、攻撃を防ぐ事しか出来なかった。
「おぉぉぉ!」
アクスの防御を力づくで跳ね除け、力を込めた拳をアクスに放つ。
そこにリーナが割って入り、ぎりぎりのところで攻撃を受け流した。
軌道がずれ、地面に当たった一撃は地面を砕き、大きな揺れを起こした。
アクスとリーナはその場から跳び、距離をとった。
「すまねぇリーナ、助かった」
「あんたは帰ってなさい、ここにいても邪魔よ」
「おいおい、そりゃねぇだろ…」
その時、アクスは気配を感じ取った。南の方角に振り返ると、かすかにだが感じた。
かすかだが、その気配は決して弱くなく、目の前にいるラルトと同等以上のものだ。
「おいリーナ、感じるか?この気配」
リーナは訳がわからず、冷たく返す。
「なに言ってんの?なにも感じないわよ」
「ん?じゃあこの気配は…」
不思議なことに、リーナはなにも感じないようだ。
南にはサリア達の気配も感じる、アクスは目の前の敵に背を向け走り出した。
「リーナ!そいつは任せたぞ!」
「逃がすわけないでしょうが!!」
背を向けたアクスに、ラルトが鋭い爪を立て襲いかかる。
「ふんっ!」
アクスとラルトの間に、リーナが一瞬で割り込み、ラルトの顎を蹴り飛ばした。
「任せときなさい!」
走るアクスに向かって、笑みを浮かべながら答えた。
吹きとばされたラルトは地面に踏ん張り、衝撃に耐えた。
口から垂れる血を拭い、リーナを睨んだ。
「悪いけど、頼まれた以上ここを通すわけにはいかないの。おとなしく私にやられなさい」
低い唸り声をあげながら、赤い目でリーナを睨みつける。
「小娘が!私に勝てると思っているのか!?」
リーナはかすかに笑みを浮かべ、準備運動のようにその場で何度か跳ねると、腕を前に突き出し構えた。
「残念だけど私、すっごく強いのよ」
一方、サリアとヘルガンがいる南では、数十人の冒険者と兵士が松明で辺りを照らしながら進んでいる。
「アクス達大丈夫かしら…」
北の方で聞こえた爆音が気になり、何度も振り向いてはアクス達の身を気にかけていた。
「あの二人なら大丈夫ですよ、それよりも僕らは自分達の仕事をしましょう」
「うん…そうよね、あれだけ大口を叩いちゃったもの。私も頑張らないと」
身を引き締めるように頬を軽く叩いた。
すでに敵は近くおり、それは分かっているのだが、どこから来るか分からず、皆が緊張する。
闇夜の中から、静寂を壊すようにハイエナような姿をした魔物が、松明を持つ兵士に襲いかかった。
魔物は兵士には襲わず、松明を奪い取った。
その後も何匹もの魔物が襲いかかり、松明を優先して狙ってきていた。
「やつらの狙いは松明だ!各自円を作り、各方向からの襲撃に備えよ。松明を取られればこちらが不利になる、絶対に死守せよ!」
各自、何人かで小さな円状の陣形を作った。
魔物達はその瞬間、ピタリと攻撃を止め暗闇の中に消えていった。
「めんどくさいですね…すばしっこい上に、知性まであるなんて」
魔物達が四方から一斉に襲いかかる。
魔物達の数が多く、一つの陣形に対して多くの魔物が襲ってくる。
各々《おのおの》、剣や魔法を使い撃退するが、もしどこかがやられれば一斉に崩れてしまうだろう。
「まずいわね…」
サリアが起死回生をはかろうと、力を溜め始める。
それを感じた魔物達がサリアに狙いをつける。
サリアの目の前まで魔物が迫った時、サリアが魔法を唱える。
「『ミイラーゼ』!」
三つに連なる光り輝く魔法陣が現れ、魔物達を光の中に消え去った。
魔法をくらわなかった魔物達は、サリアを警戒して後ずさる。
そんな時、ヘルガンの様子が急におかしくなった。
頭を押さえながら、苦しそうにもがく。
「うっ…!くっ…!」
サリアは魔物達に向かって杖を向けつつ、ヘルガンに近づいた。
「ヘルガン、大丈夫!?」
「また…変な映像が流れてきて…」
昼間の時と同じように、ヘルガンの頭の中に謎の映像が流れる。
その側では、ラックルが慌てた様子でヘルガンに何かを訴えてた。
「きゅきゅっ!」
「どうしたの?ラックル」
「…前から何か来ます!」
次の瞬間、魔物の身体を何かが突き刺す。刺された魔物は痩せこけていき、ミイラのようになって無惨にも放り捨てられた。
その奥に、魔物をミイラにしたであろう黒い影が立っていた。
松明の明かりで照らされ、それの姿が晒された。
「こいつは…!」
サリアの顔に冷や汗が出る。
現れたそいつは、全身が黒く染まった人形の魔物で長い尻尾が腰から出ている。
「サリアさん、こいつを知っているんですか!?」
「いや…でも、そんなはずは…」
一人で何かを考えているのか、ヘルガンの言葉にも反応せずにぶつぶつと独り言をしゃべる。
黒いそいつはサリアを見るなりじろじろと眺めると、目の色が変わった。
「まさかこんなところで、我らの宿敵に会えるとはな…!」
「…あなた何者?」
サリアの問いに対し嘲笑いながら答えた。
「すでにわかっているのだろう?俺は悪魔だ…」
やつの口から出た悪魔という名前。それは、周りの人間を恐怖へと落とした。
「あ…悪魔って…伝説上の?」
皆が混乱しはじめ、武器を捨てて逃げようとする者、腰を抜かす者などが現れた。
ヘルガンも例外ではなく、その場で腰を抜かし大きく震えている。
サリアだけは違った。すぐさま杖を構えて魔法を唱えた。
「『ミイラーゼ』!!」
三つの魔法陣から現れた光の束がビームとなり、悪魔の体を消し飛ばそうとした。
だが、放ったビームはみるみるうちに、悪魔の口から吸収されてしまった。
満腹になったかのように長いゲップをだすと、悪魔の口が大きく開き、赤い光が口の中に集まる。
「っ!逃げて!」
サリアが何かに気づき皆を逃がそうとするが、その時にはすでに悪魔の口に集まった光がレーザーとなって放たれた。
辺りの木々が薙ぎ払われ、そこから出火していた。
サリア達が居た辺りは大地がえぐれ、岩が溶けている。凄まじい熱量の光線だ。
サリアは直撃は免れたものの、ビームが身体を掠り、大やけどを負っていた。
他の冒険者達も同様にダメージを受け、動けなくなっていた。
周りに居た魔物達も今の攻撃に巻き込まれたようだ。
悪魔がサリアに近づき、掴もうと手を伸ばす。すると、伏せていたヘルガンが短剣を悪魔の頭に突き刺した。
「やった…やったぞ!」
ふらふらになりながらも、見事悪魔に一撃を入れる事が出来た。
倒したかに見えたが、悪魔は平然と短剣を抜き取り、地面に放り投げた。
「なっ…そんなっ…!」
悪魔の生命力を目の当たりにしたヘルガンは、すでに戦意を失っていた。
ゆっくりと後退しようとするも、思うように足が動かない。
「どけ」
腕を大きくなぎ払い、ヘルガンを吹き飛ばした。
大きな音を立て、木に激突したヘルガンは血反吐を吐いて倒れた。
今度こそサリアを掴もうと、首に腕を伸ばした。
悪魔の力は凄まじく、片手でサリアの身体を持ち上げた。
「愚かなものだ、下界に降りてこねば苦しまずに済んだものを」
サリアは力づくで振りほどこうとするも、全く力が入らなかった。しかし、身体に力が全く入らない。
「こいつ…!私の魔力を…」
掌からサリアの魔力を吸収し、悪魔の傷が治っていた。
「そろそろ楽にしてやろう…」
もう一本の腕で心臓に狙いを定めた。
死に恐怖し、サリアは必死に懇願する。
「いや…!やだ…!助けて、お母さん…」
悪魔が構えた腕が、心臓を貫かんとする。
その時だった、強烈な冷気と共に痛みが悪魔を襲った。
完全に不意をつかれた悪魔は、サリアを手から離してしまった。
地面に転がり、痛みで顔を引きつらせる。
顔を上げ、怒りをあらわに怒鳴りちらす。
「誰だ!」
巻き上がる土煙の中からその姿を現す。
アクスが悪魔の前に立っていた。
今回で9話目でございます。
今回のお話しは次回にも続きます。
アクスVS悪魔、リーナVSラルト。どう進んでゆくか見守ってください。