戦いの前の静けさ
朝、急な寒さで目が覚めたサリアは、窓の外を覗いた。
「あっ!雪降ってる!」
外はすっかり冬景色、辺り一面が雪で染まっていた。
「やっぱり生で見る雪は違うわね」
以前まで神々の住まいである天界で暮らしていたサリアは、雪を間近で見るのは初めての事だった。
「ふっ!やっ!はあっ!」
外からアクスの声が聞こえてきた。サリアは辺りを見回して探した、アクスを見つけた途端、あらんばかりの叫び声を上げた。
「ぎゃあああ!」
外に居たアクスは、寒空の下で、あろうことか薄着で修行をしていた。
声に気づいたアクスがサリアに振り向く。
「どうしたサリア!なにかあったのか?」
サリアは大急ぎで着替え、玄関を通ってアクスを家の中に引っ張り込んだ。
突然の事にアクスは困惑し首を傾げる。
そんなアクスを見て、サリアがため息をつく。
「アクス、その格好はどういうつもり?」
「なにって?修行したら暑くなるからな、脱いだんだよ」
「あのねぇ!外は雪よ、雪!」
アクスはお気楽な声で答えた。
「雪が降ってようが暑い時は暑いだろ?」
歯をぎりりと鳴らしながら、サリアは自分の部屋へと戻って行った。
少しするとサリアが戻って来た。
「はいこれ!」
アクスに渋い緑色のコートを差し出した。
首から下まである長いコートは、触るだけで丈夫で暖かいことがわかる。
サイズもアクスにピッタリで、動きやすい素材で作られている。
「アクスの防寒着よ、作っといたから外に出るなら着なさい」
しかしアクスは、手に取ったコートを不満げに眺めていた。
「別に寒くねぇんだけどなぁ…」
その言葉に、サリアが鋭い視線で睨みつけた。
「世間体が悪いのよ、私まで変な風に思われちゃうわ」
サリアの困った顔を見て、アクスは渋々《しぶしぶ》コートを羽織った。
「あら?二人とも朝から早いわね」
二人の背後からリーナが声をかける。
「あっリーナ、聞いてよアクスったら…」
サリアは振り返り、リーナの姿を見て押し黙った。
アクスと同じように、冬だというのに薄い服を身に着け、平然としていた。
サリアは身を震わせながら、おずおずと尋ねた。
「…リーナ?まさかその服で修行するなんて言わないわよね?」
「ん?するに決まってるでしょ?暑くなるし」
間延びした声でアクスが反応する。
「だよなぁ?」
「でも…!世間体ってものが…」
リーナが呆れたようすで、サリアの話を遮る。
「あのねぇ…確かに非常識かもしれないけど、個人の自由ってもんもあるでしょ」
「うっ…!」
リーナの言い分に、サリアは否定できず、言葉が詰まる。
リーナは玄関へ向かい、ドアノブに手をかけた。
「まぁ、間違っても凍死したりしないから安心しなさい」
そのままリーナは雪が降り積もる中、家の外へと飛び出して行った。
それに続き、アクスが手に持ったコートを置き外に出ようとした。ふと、何か音が聞こえ、サリアに振り返った。
「…私はただ…二人の事を心配してるのに…」
小さく震え、目には僅かに涙が見える。
それを見たアクスは、すぐさまコートを羽織った。
「サリア!すまなかった!コートはちゃんと着るから泣かないでくれ!」
そう言うと、アクスは外に飛び出して行った。
サリアは普段と違うアクスに動揺し固まっていた。
少し時間が経ち、我に返ると、再び涙を流した。だが、これは悲しみの涙ではない。
「アクス…成長したのね…!」
アクスの変貌ぶりに驚いていたものの、しっかりコートを着てくれたアクスに対しての成長を嬉しく思い涙した。
その様子を影からヘルガンが見ていた。
「なにやってんだこの人達…」
朝食を済ませ、四人は冒険者ギルドへと向かった。
ミルフィの町を襲った様々な事件を解決し、冒険者ギルドには活気が戻っていた。
四人は仕事はないかと掲示板を眺めていたが、全く仕事がなかった。
「もぉー!なんで仕事ないのよぉ!」
思わず叫ぶサリアに、リーナが答える。
「そりゃあ魔物も冬眠してるし、仕事の数は前と変わりないわよ」
サリアは肩を落とし、少し考え込んでから口を開いた。
「じゃあ!今日はしっかり休みましょう、逆に今まで働き過ぎだったのよ、たまには休みも必要よね!」
「じゃあ俺、帰って修行する」
のんきにそう言うと、一人でギルドから出ようとした。
すかさず、サリアがアクスの服の襟を掴む。
「“休みましょう”って言ったのよ?なのになんで修行とか言うのよ!?」
サリアはアクスに迫る勢いで問いかける。
「休んでたら身体がなまるんだ、いつ魔王軍が攻めてくるかわからないんだから、鍛えとく必要があるだろ」
アクスなりに真面目な事を言うが。
「だ・か・ら!!休める内に休んでおこうって事よ!」
サリアの言い分も正しく、否定は出来ない。
修行をしたいアクスと休みたいサリア、二人は睨み合ったまま話の流れはそこで止まった。
二人の間に割って入り、リーナが話を始めた。
「だったらさ、遊びと修行を両立しましょう」
「両立…ですか?」
ヘルガンがおずおずと尋ねる。
「遊びは楽しければリフレッシュできるし、体を動かせば修行にもなるわ」
話を聞いたサリアが、笑顔を浮かべながらリーナの手を握る。
「それよ!さすがリーナいい事言うわね。いいわよねアクス?」
振り返り、アクスに問いかけた。
「体を動かせるならいいぞ」
先程まで喧嘩してたとは思えないほど軽快に答えた。
「じゃあ早く家に帰って遊びましょ!なにしましょうか!?」
サリアは妙にテンションが高く、足取り軽く先に帰っていってしまった。
サリアの後を追って三人が家に戻ると、サリアが辺りの雪を集めていた。
「なにしてるんだ?」
尋ねられたサリアは鼻息をふんと鳴らし、得意げに話し始めた。
「体を動かす…遊びを加える…これに当てはまるものは、そう!雪合戦!」
「なるほど雪合戦ですか」
「そうよ!これなら体も動かせるしいいでしょ?」
サリアは、アクスとリーナに向かって自信満々に語った。
「雪合戦ってのがなんなのかは知らねぇけど、面白そうだからいいぞ」
「私もいいわよ、じゃあチーム分けはどうする?単純に男VS女にする?」
「それでいいわよ、他のルールとしては…それぞれ領地を決めて一番奥に旗を置く、これが取られたら負けで」
サリアはそれぞれ違う色の旗を取り出した。
「って事は、領地に侵入してもいいのかしら?」
「ええもちろん、あとは魔法とかは禁止ってことぐらいかしら」
他に意見が出ることはなく、準備時間に入った。
アクスとヘルガン、サリアとリーナに別れ、それぞれ距離をとり雪の壁を作り始めた。
サリア達二人は、いくつもの壁を間隔を置いて作り出した。一番奥にある旗を守る壁は、水をかけて凍らす事でより一層固くした。
サリアは鼻歌まじりに、どんどん壁を作っていく。「ずいぶん楽しそうね」
「まぁね、子供の頃は一緒に遊ぶ友達がいなくてね、こういう事は初めてなのよ」
一方アクス達は、いくつか壁を作り終え、雪玉作りに専念していた。
「きゅい!きゅい!」
ラックも、二人の雪玉作りを真似して雪玉を作り始めた。
「ラックも手伝ってくれるのかい?ありがとうね」
ヘルガンがラックを褒めるように頭を撫でる。その時、ヘルガンの頭に覚えのない風景が映し出される。
「うっ!なんだ…!?」
頭の中に映されたのは、雪合戦をする四人の姿、不思議なことにその映像の中で、自分が倒れている姿が目についた。
「…お…い…ヘル…ガン…!」
そこで映像は途切れてしまった。
「ヘルガン!大丈夫か?」
アクスの呼びかけで正気に戻ったヘルガンは、自身の体をペタペタと触った。
「あの…僕の身体、変じゃないですよね?」
ヘルガンは先程見た映像の、倒れていま自分を見て不安そうに話す。
「なに言ってんだお前?変な物でも食べたか?」
当然アクスにはヘルガンの言う事はわからず、首を傾げられた。
「でっ…ですよね」
あの映像が気になるも、原因も意味もわからず、ヘルガンは気持ちを切り替える事にした。
「そうだ!さっき僕の事呼びました?」
「ん?ああそうだ!雪合戦ってなんだ?」
今更ルールを聞いてくるアクスに、呆れながらも丁寧に説明を始めた。
「雪合戦は、雪玉を使って相手にぶつけるんですよ。なので、殴ったりしたら駄目ですよ」
念を押すように、力強く言い切った。
「それだけか、まぁ簡単そうだし大丈夫だろう」
アクスには自信があるようだ、雪玉を握りしめ、大きく手を振りながらサリアに声をかける。
「サリアー!早くやろうぜ!」
アクスの呼びかけに反応し、サリアも手を振りながら声をかける。
「いいわよー!それじゃあ…始め!」
サリアの合図と同時に、リーナが大きく腕を振り上げ雪玉を投げつける。
遠くから放たれた雪玉は、風を切るように飛び、アクス陣営の壁を何枚も貫通して壊わし、一番奥の壁に叩きつけられた。
「「えっ…!」」
サリアとヘルガンの気の抜けた声が同時に聞こえた。
雪玉を投げた張本人は、軽く舌打ちをした。
「ちっ…!さすがに奥までは無理か」
次の雪玉を握り、再び投げつけようとする。
「そうこなくちゃな!今度はこっちの番だ!」
リーナが投げる前に、アクスが雪玉を思いっきり投げつける。
雪玉は何枚もの壁の間を潜り抜け、リーナの眼前までたどり着いた。
「ふんっ!」
咄嗟に出した左腕で雪玉を弾いた。
二人はお互いに笑みを浮かべながら、次の投擲に移った。
今度はさらに早く連続で投げつけた。
投げた雪玉は、お互いにぶつかり合い、空中で弾けた。
サリアとヘルガンの二人はなにもできず、ただただ壁に隠れる事しか出来なかった。
「ちょっとアクスさん!これなんですか!?」
アクスは変わらぬペースで雪玉を投げながら、答えた。
「なにって雪合戦だろ!?」
「絶対違いますよ!これただの戦争ですよ!」
「どこを見ている!」
ヘルガンに注意が向いた一瞬をつき、リーナの雪玉が重たい音を立てアクスに直撃した。
「なんですか今の音は!雪玉からあんな音でるんですか!?」
もはや雪合戦とは遠く離れた状況にツッコミきれなかった。
ふと、サリアの事が気になったヘルガンは、壁から少しだけ顔を出し、大きな声で呼びかけた。
「大丈夫ですか!サリアさん!」
声に反応し、壁からサリアの手だけが見えた。
「…ケテ…タスケテ…」
荒れ狂う雪合戦の中で、サリアはとっくに戦意を失っていた。
「サリアさん!なんとかしてくださいよ〜!」
ヘルガンの叫びは虚しく響き渡った。
「スキあり!」
リーナが投げた一球が、ヘルガンの顔に直撃した。
「ぐへぇ!」
重い雪玉をくらったヘルガンは、勢いよく地面に仰向けに倒れ込んだ。
「ヘルガンしっかりしろ!」
「きゅい!きゅい!」
アクスとラックが呼びかけるも、ヘルガンからの返事は返ってこなかった。
「よそ見してる暇はないわよ!」
いつの間にか、リーナは距離を詰めてきていた。
距離が詰まった事で飛んでくる雪玉のタイミングがズレ、アクスは腕や胴体にダメージを受けた。
「…こんの!」
腕を痛めながらも、アクスは反撃しようとここぞの時を待った。
リーナの投擲の隙を見つけ、雪玉を投げようと腕を振りかぶる。
「いっつ…!」
雪玉を投げようと振りかぶったその時、腕に鋭い痛みが襲った。
咄嗟に投げるのを止めようとするが、腕は止まらず、そのまま雪玉を投げつけた。
し雪玉は狙いから大きく外れ、奥に居たサリアに向かって飛んでいってしまった。
「しまった!!」
それに気づいたアクスは、素早く人差し指を立て、サリアの目の前に氷の壁を作り出した。
雪玉は重い音を立て、氷の壁にぶつかって粉々になった。
「よそ見してる暇なんてないって…言ったでしょ!」
隙だらけのアクスを狙い、容赦なくリーナが雪玉を投げつける。
「ぼへっ!」
対応出来ずに、もろに雪玉を顔面にくらったアクスは勢いよく吹っ飛んだ。
なんとか立ち上がろうと体を動かすも、徐々に目がかすんでいき、気を失った。
アクス達が倒れ、リーナは素早い動きで旗を取った。
「よっしゃ!私達の勝ちよ!」
リーナが大きく腕を掲げ、勝利のガッツポーズをとる。
「喜んでる場合じゃないわよ!二人を助けないと!」
壁に隠れていたサリアが二人の元に駆け寄り、身体をゆすって二人の反応を待った。
「う…うん?サリアか…いてて…負けちまったか」
アクスは打撲を負っていたが、軽傷であった。
起き上がったアクスを見て、サリアは安堵した。
「よかった!無事みたいね」
軽く息を吐き、胸を撫で下ろした。
「ヘルガンも大丈夫?」
「うぅ…痛いです…」
ヘルガンは痛みで赤く腫れた顔を押さえながら、地面に仰向けに寝転がっていた。
あとから遅れてリーナがやって来た。
「あー…ごめんね二人共、大丈夫?」
申し訳無さそうに、軽く平謝りした。
アクスは特に怒ってる様子も見せず、さわやかに答えた。
「大丈夫だ、こんくらいなんて事ねえさ。それよりももう一回しようぜ!今度はチーム変えてよ…」
「いやです!」
ヘルガンが切実な想いで叫んだ。
それに便乗するように、サリアも口を開いた。
「私もいやよ、遊びって言ったのに本気で攻めてくるし楽しくないわ」
アクスは顎に手をつき、考えるようにうつむいた。
「そうなのか…スピード感があって楽しいと思ったんだが…」
「速すぎても駄目に決まっているでしょう!?とにかく、今日はもう修行も禁止!家でおとなしくすること!」
「「えぇー!?」」
アクスとリーナが同時に叫んだ。
「文句言わない!」
結局、その場はお開きとなり、四人は家でゆっくり休む事にした。
時間が経ち、すでに外には大きな満月が見えていた。辺りは静寂に包まれ、動くものはいない。
「へくち!うぅ…寒い…」
サリアが寒さのあまり、ベッドから体を起こした。
「今夜は冷えるなぁ…」
再びベッドに潜り込み、眠りにつこうとしたが、寒さで眠れなかった。
眠る事も出来ず、下の階で暖炉にも当たろうと部屋を出た。
一階に降りようと階段に足をかけると、扉が開く音が聞こえた。玄関からのようだ。
サリアは息を呑み下に降り、玄関の扉をおそるおそる開けた。
「アクス?」
アクスが空を見上げ、雪が降る中、満月を一点に見つめていた。
「アクス!」
二度の呼びかけでようやく気づき、アクスは振り返った。
「…サリアか」
アクスは妙に落ち着いた様子で、普段とは違う感じにサリアは呆けたように立ち尽くしていた。
「どうしたんだサリア」
アクスの声で正気に戻ったサリアは、アクスに尋ねた。
「なにしてるの?」
アクスは振り返り、月を見た。
「満月の日は…妙に身体がうずいてな、修行しようと外に出たんだが」
そう言うと、アクスの視線は再び満月に捕らわれていた。
「今日は修行禁止って言ったはずだけど?」
呆れたように深く息を吐き、アクスを見る。
「今は深夜の二時だぞ」
気づけばとっくに一日を過ぎていた。
「あら、そうだったの?でもね、こんな時間に起きて修行したら明日の朝起きれなくなるわよ」
「…その辺は大丈夫だ、もう少ししたら寝るから」
やはり何か妙だ、おとなしいというか冷静というか、サリアはアクスの様子に困惑していた。
「…なにか変な物でも食べたのかしら、それとも昼間の雪合戦で受けたダメージで…」
一人でぶつぶつと呟き、考え込むサリアに、アクスが近寄っていった。
「どうしたんだサリア?なんか変だぞ」
「それはこっちのセリフよ、なにか体に異常とかないわよね?隠したりしてないわよね?」
アクスの体を隅から隅までペタペタ触り、異常が無いか確認した。
「なにも問題ねぇよ、大丈夫だから安心しろ」
腕を振り払い、アクスは再び満月を見た。
本人は問題ないと言うが、サリアから見れば今のアクスの様子はおかしく、もやもやした気持ちになっていた。
訳がわからず、アクスと同じように月を見て落ち着こうとした。
その時、アクスの眉がひそめられる。それと同時に、空に光る満月を黒い霧が覆いかぶさった。
光が消え、辺り一帯が闇に覆われる。
「来たな…!」
アクスが北の方角へ目を向ける。その先にある森の中で、闇の中で光る邪悪な光が見えた。
森の中には、見覚えのある女性が立っていた。
魔王軍幹部、ラルトであった。
「さぁて…始めましょうか!」
闇の中でラルトの瞳が爛々《らんらん》と輝いた。
投稿遅くなりました、第8話です。
今回はギャグ多めの回となりましたが、次回からシリアスな展開が続きます。
次回も見てください。