忍び寄る魔の手
「えぇ〜!今日も仕事ないの?」
サリアの声がギルドに響く。
「はい…申し訳ありません。先程やって来た冒険者様が受けた仕事で最後でして…」
今日で、既に一週間はこの状態が続いている。
急激な仕事の激減、それは食料供給の低下が原因であった。
ある日から、作物・肉類等が取れなくなってしまったのだ。
作物は腐り、動物達は謎の病気にかかり、出荷出来ない状態になっていた。
食物が少なくなり、唯一獲れる海産物の物価が上がった。
物価が上がった為、多くの冒険者達は仕事の依頼を受けようとする。だが仕事も少ないため、ほとんどの冒険者が仕事を受けることが出来ない。
ミルフィの町は、大変危険な状態へと陥っていた。
「ハラ…ヘッタ…」
空腹のあまり正気を失ったアクスは、低い唸り声を上げ、周りにある木の机などに噛みつき始めた。
「アクスさん!いくらお腹が減ったからって机なんて食べちゃ駄目ですよ!」
机に齧りついたアクスを引き剥がそうとするも、アクスは硬い机を齧り続けた。
それを見ていたサリアが、杖でアクスの頭を殴りつけ気絶させた。
「馬鹿な事は止めなさい!」
床に崩れ落ちたアクスを放っておき、三人は向かい合って話し始めた。
「どうします?このままじゃみんな飢え死にですよ…」
「どうするったって…原因もわからないし、どうにも出来ないわよ」
口を閉じていたリーナが、ぼそりと口を開いた。
「…もしかしてだけど、魔王軍の仕業じゃないかしら?」
二人は驚いた。それには訳があり、農場や港、そして牧場等には結界が張られている。
とても強力な結界で、いくら魔王軍とは言えど簡単には入れない程のものだ。
「でも、農場とかには結界が張られているんですよ?だったら…」
ヘルガンの言葉を遮り、話を続ける。
「その通り、魔王軍とはいえ結界を破るのは至難の技。でも、人間だったら結界に干渉されずに入れるわ」
リーナの言う通り、人間であれば結界は作動しない。
魔物のみに反応する結界で、魔物が入ろうとすると強烈な電流が身体を襲う。
「魔王軍が人間を操っているってことかしら?」
「それも考えられるけど…人間が自ら魔王軍に協力してる可能性もあるわ」
突然な物言いに、ヘルガンは苦笑を浮かべた。
「いくらなんでもそれはないんじゃないですか?魔王軍に味方するメリットなんて…」
「そうでなきゃ、多くの施設を同時に妨害なんて出来る?」
そこまで聞くと納得したのか、事の重大さに気づき息を呑んだ。
「どちらにしてもこれ以上じっとしていられないわ、今から各地の施設を見に行くわよ」
二人は大きくうなずき、リーナの意見に賛同した。
「でも大丈夫?リーナもあまり食事取れてないでしょ?」
リーナは余裕の笑みを浮かべ、堂々とした態度でいた。
「精神統一すれば空腹くらいどうってことないわよ」
腹の鳴る音が大きく鳴り響く、音の出どころはリーナからであった。
四人の間の空気が一瞬固まった。
さすがに恥ずかしかったのか、二人をとてつもない圧力で睨みつける。
「なにも思ってないから、そんなに睨まないで!」
二人に睨みをきかせ、椅子から立ち上がったリーナは、気絶しているアクスを蹴り上げた。
「起きなさい、仕事の時間よ」
しかしアクスが目覚める事はなかった。
弱っていたアクスは、先程の一撃で簡単に気絶してしまっていた。
困ったように頭をかき、ヘルガンに声をかけた。
「ヘルガン、悪いけどこいつの事よろしくね」
「えぇ!ちょっと!?」
気絶したアクスを投げ渡すと、リーナはサリアを連れてギルドを出た。
「早く帰ってきてくださいね、僕ひとりじゃ起きた時止められないですから!」
振り返る事はなく、ギルドの扉から手を振る様子だけが見えた。
二人は町を出て、北にある農場と牧場へと向かっていた。
「まずは農場に行って、その後は牧場。それでいいかしら?」
「えっ?あっ…うんいいわよ…」
何かが気にかかるのか、歯切れの悪い返事をする。
「なに?気になる事があるなら行ってちょうだい」
両手を横に大きく降りながら否定する。
「違うわよ、その…アクス大丈夫かなって…」
サリアの反応に興味深そうに笑みを浮かべる。
「へぇ〜意外と心配してんのね。普段は結構厳しいのに。もしかして、あれ?愛情の裏返しってやつ?」
サリアは慌てて、激しく両手を横に振り否定した。
「そんなんじゃないわよ!アクスに対してそういう感情は一切ないわよ!」
「本当かしらね〜」
サリアの反応を楽しむように、ニヤニヤと笑っていた。
「でも二人の関係は気になるわね…どういう関係なの?」
リーナの顔から笑みが消え、真剣に尋ねた。
「えっと…その…同じヒーラ教を崇めるどうし仲がいいだけよ」
言葉に困ったサリアは、しどろもどろに答えた。
「ふーん…同じヒーラ教をね…なるほどそういうことね…」
意味ありげに語るリーナに、サリアは心の中でびくびくしていた。
「あっ!農場が見えてきたわよ!早く行きましょ!」
農場が目に見えると、サリアは話を誤魔化すようにその場から走り出した。
農場に着くと、二人は周りを見回した。
普段と変わった様子は無く、特に問題は無いと思えた。だが、リーナはただ一点に農場の中の方に目を向けていた。
農場の入口は鉄製の硬い扉を通った先にあるのだが、入口には見張りが立っていた。
二人は堂々と入ろうとした所、見張りの男に声をかけられた。
「待て、貴様ら!ここは立ち入り禁止だ」
激しい声で見張りに止められるも、リーナは冷静に対応した。
「ここ最近の食糧危機は知っているでしょう?原因を探しに来たのよ」
「ならん!貴様らが何者かは知らぬが、中に入れる訳にはいかん。さっさと立ち去れ!」
見張りが覆いかぶさるようにリーナの前に立ちはだかる。リーナはそれを横目に門を凝視していた。
「聞いているのか貴様!」
話を聞かぬリーナに対して、威圧するように体を大きく震わせた。
「じゃまよ」
あろうことかリーナは、見張りの男を扉へ向かって蹴り飛ばした。
「ちょっと!?いきなりなにしてるのよ!」
いきなりの行動に、サリアが思わず声を上げた。
そんなことお構いなしに、リーナは男に追撃をかけた。扉にさらに衝撃が加わり、鉄の扉が開いた。
扉の向こうでは、魔物が人間と取引をし、農場で得た食料を宙に空いた穴へと運んでいる。
「なっ!?なんだ貴様ら!」
物音に気づいた魔物達が、リーナ達に視線を向ける。
「あの気配…どこかで…」
リーナの意識は魔物達には無く、宙に空いた穴を見ていた。
「そいつらを捕えろ!」
魔物と取引をしていた人間が、二人を捉えようと向かってくる。
「ふん…」
リーナが構えをとり、迎え撃とうとした。
「『メーミィ』」
その隣で、サリアが魔法を唱えた。
サリアの杖の先に水色の魔法陣が描かれ、杖を大きく振るうと人間達が眠りについた。
「なんのつもりかしらサリア」
獲物を奪われて不機嫌そうにリーナが目を向ける。
「あなたの事だからまた暴れるつもりだったでしょ?人間相手に暴れたら、下手したらこっちが犯罪者になるんだからね」
少々呆れ気味にサリアが答えた。
「それはありがとう」
相変わらずぶっきらぼうな様子で礼をした。
再び前に目を向けると、魔物達が空間にできた穴の中に逃げ込んでいく様子が写った。
「逃がすかぁ!」
すぐさま魔物達に飛びかかるも、間に合わず魔物達は消えてしまった。
「くそっ!」
苛立ちをあらわに、地面を激しく蹴り上げた。すると、地面の中から紫色の掌サイズの玉が出てきた。
玉は、蹴りの衝撃なのかヒビが入っていた。
「なにかしらあれ?」
サリアが近くで見ようと玉に近づこうとする。
「待って!」
リーナがサリアの進路を手で遮った。
「嫌な気配がする…」
リーナが見つめる玉のヒビから、煙が噴き出した。
空に浮かび上がった煙は、先程見た穴と同じような形へと変わった。
出来た穴から二体の巨大な魔物が降ってきた。
家のように大きい巨体に赤い皮膚、強靭な肉体を持つ《《魔界の鬼オーガ》》であった。
「へぇ…強そうなのが出たわね」
強敵が現れてもなお、リーナは余裕の笑みを浮かべていた。
それを見ていたサリアがぼそりと呟いた。
「やっぱり戦闘バカじゃない…」
二体のオーガは二人を目に捉えると、大きな雄叫びを上げた。
辺りに衝撃が伝わり、地面は揺れ、空気が震えた。
二人は耳を押さえながら、迫る衝撃に耐えていた。
叫び終えたオーガ達は、二人に向かって来た。
「サリア、一体はあんたに任すわ」
「えっ!私、戦いは苦手で…」
「だったら今慣れればいいでしょ、強力な力を持っていて情けないわね!」
最後に冷たく吐き捨てると、リーナは跳び上がり、オーガの頭目掛けて蹴りを放った。
衝撃でオーガがのけぞるが、体制を直したオーガがリーナに頭突きを食らわせた。
まともに受けたリーナは、地面へと叩きつけられた。
さらにオーガが、何度も足で踏みつける。
「リーナ!」
サリアが叫ぶも返事は返ってこない。
「ぐおおおっ!」
サリアの声に反応し、もう一体のオーガが丸太のように太い腕を振り降ろし、サリアを狙う。
咄嗟にかわし、杖を構える。
「『デボカ』!」
二つに連なった橙色の魔法陣を杖先に生み出し、爆発の魔法を唱えた。
爆発はオーガの体に直撃するが、オーガは爆煙をかき分けサリアに攻撃を仕掛ける。
サリアは、巨大な腕で掴みかかってくるオーガの攻撃を容易くかわし、素早く次の行動に移る。
「…まるで効いていない、もっと集中しないと」
集中し、己の魔力をさらに高めようとするが、オーガはそれを許さない。逃げるサリアを執拗に追いかけ回し、攻撃の機会を奪った。
そのころ、もう一体のオーガは自分の足の裏を見てリーナの死体があるかを確認した。
だが、死体はおろか血も付いていなかった。
「どこを見ているのかしら?」
オーガの足元の死角から、強烈な一撃が放たれる。
今度こそオーガは気を失い、地面に仰むけに倒れた。
「よかった!生きていたのね!」
サリアが歓喜の声をあげる。
リーナさ軽く鼻を鳴らし、倒れたオーガに注意を払いながら目だけをサリアに向けた。
「私がこんなのにやられるとでも?」
リーナは土埃によって汚れてはいるが、傷は全く無かった。
注意がそれたサリアを狙い、オーガが拳を叩きつけようとした。
オーガの動きに気づいたサリアは、自身の右腕に赤い魔法陣を描き、魔法を唱えた。
「『アロア』!」
右腕を赤い光が包み込み、サリアの力を底上げした。
正面からオーガの拳に対抗し、拳に拳をぶつける。
オーガの拳はいとも容易く砕かれ、オーガが悲痛な叫びを上げた。
すかさず、リーナは地面に手を置き魔法を唱えた。
「『パラージュ』!」
三つに連なる緑の魔法陣が地面に浮かび上がり、地面の中から巨大な植物のつるが伸び、オーガの体を縛り付ける。よく見ると、つるの正体はこの農場に植えられていた野菜が成長した物だった。
つるに囚われたオーガは動く事も出来ず、その場でもがき、呻いていた。
間髪入れずに、サリアが杖を構え集中する。
杖で地面を叩くと、橙色の魔法陣が三つ現れた。
「くらいなさい!『デボッド』!!」
オーガを包み込むほどの巨大な爆発が起こった。
爆発はオーガの体を一撃で粉砕し、バラバラになった体がそこら中に広がった。
爆音で目が覚めたもう一体のオーガは、身体を起こし、リーナに巨大な腕で攻めかかる。
リーナはその腕を受け止めた。がっちりと腕を掴み、オーガの体ごと思いっきり空に投げ飛ばした。
「これで終わりよ!」
リーナが力を溜め始めると、身体の周りに赤いオーラが溢れ出した。
「くたばれ!」
リーナから赤い光の柱が立ち、空に浮かび身動きのとれないオーガの身体を焼き尽くした。
赤い光の柱は空に空いた穴をも消し去り、雲の上まで届いた。
「ふぅ…さて、次に行きましょうか」
一仕事を終えたリーナは、次の目的地へと向かって行こうとしていた。
「えっ!もう行くの?」
「当たり前でしょ、この様子だと牧場の方にも同じのがいるでしょうね」
「せめて休んでから…」
「さっさと行くわよ」
サリアの願いはむなしく、リーナは無常に答えた。
「はぁ…こういう時にアクスがいればいいのに…」
己がした行為を反省するも、他の誰かに任せる事はできない。サリアはため息をつきながら、リーナに付いていった。
ミルフィの町より南西の孤島に浮かぶ魔王城では。広々とした空間に、きらびやかに装飾された大きな椅子に座る魔物が居た。
その側には、きれいな黒服に身を包んだ鋭い尻尾を生やした魔物が立っていた。
「御用でしょうか《《魔王様》》、《《大神官様》》」
礼儀正しく、その魔物の前に跪き頭を下げる魔物がいた。以前シガの洞窟でアクスと戦ったラルトであった。
魔王と呼ばれる魔物、それは椅子に座り込んでいる方の魔物であった。
魔王は側にいる大神官に耳打ちした。
大神官は耳を近づけ、魔王から聞いた言葉を一言一句漏らさず伝えた。
「魔王様は、「人間達への兵糧攻めはどうなった」とお尋ねになっております」
「はっ…それが先程、ミルフィール領の農地と牧場に派遣した隊が帰還したところです」
「それで、どうなりましたか?」
ひどく怯えた声で問いに返す。
「…それが、計四体のオーガを送りましたが、ことごとく敗れたそうでございます」
冷たい視線がラルトに向けられる。
圧倒的なプレッシャーに息を呑み、小さく震えながら、魔王と大神官に向かって問いかける。
「失礼も承知でお尋ねします。なぜ…兵糧攻めで弱った隙に追撃をかけないのでしょうか?」
今度は魔王が何かを言う前に、大神官が答えた。
「我ら教団の目的は人間の絶滅ではない!人間共からエネルギーを集める事だ!それを忘れるでない!」
穏やかな口調から一転、激しく声を荒立たせる。
「…大変失礼致しました。私が未熟なばかりに…」
自分を責め立てるクローワを見て、大神官が優しくなだめる。
「よい…よい…そう責め立てるでない。自分を責めるよりも、我らが神の役に立つよう精進せよ」
「ありがたきお言葉!」
再び深く頭を下げた。
「しかし…その町の人間共は少し厄介だな…魔王様、いかがいたしましょう」
大神官は、魔王に頭を下げ反応を伺った。
大神官が、再び耳打ちする。
「…ラルトよ、大神官様からお主に命令を下す」
短い沈黙の後、側近の魔物の口が開いた。
「『《《ミルフィの町を滅ぼせ》》』との事だ」
ミルフィの町の襲撃、ついにその命令が下された。
「承知いたしました。我らの神の為にも、力を尽くしてみせます」
ラルトは軽快な声で返事をし、深く頭を下げた。
「詳細はお前に任せる。だが、一つ…作戦時にはあいつを同行させる、作戦に役に立ててくれ」
「あいつ…ですか?」
不安げな表情で顔を上げる。
「不服か?」
「いえ!そのような事は…」
「では、頼むぞ。神のご加護があらん事を…」
「はっ!」
その場から立ち上がり深くお辞儀をし、その空間から足早に立ち去った。
「さて…お手並み拝見といこうか」
不敵な笑みを浮かべ、魔物が闇の中に消えていった。
7話投稿いたしました。
今回は女性二人組が活躍しましたね、逆に男性二人がまったくいいとこなし…
次回はほのぼのとした日常を書いていきたいと思います。
それではまた次回。