小田城と新年連歌の会
元亀2年(1571年)正月。俺は小田城の新年連歌の会に呼ばれていた。
前年の平塚原の戦いでの大勝を受けての祝勝会を兼ねていると言う。俺はリアカー数台を引かせて大瓶に清酒と芋焼酎をなみなみと湛えて小田城に持ち込んだ。
「皆の衆。先の年は結城晴朝の野望も打ち砕き、我らが大勝を収めた!」
挨拶をしているのはノリノリの小田氏治公だ。
「今年の飛躍を目指して連歌の会を始めるぞ!では相馬典薬!発句を!」
え?聞いてないよ?いきなり俺?てか俺連歌なんて知らぬ。そもそも俺は理系なのだ(断言)
…ちょっと沈黙してしまい、隣りに座っている重臣信太範宗様がつんつん、と袖をつついてくる。
「(ほれ、相馬殿、そうかしこまらなくてもなにか読めば良いのじゃ)」
と小声でかけてくる。と言われましても…と連歌と言えばあれ、を思い出して思わず口ずさむ。てか連歌はそれしか知らぬ。文学部なら菟玖波集ぐらい読んでいるかもしれないが。
「『時は今 天が下しる 五月哉』」
…明智光秀が本能寺の変の前に読んだ『愛宕百韻』だ。時=土岐氏で土岐氏の明智光秀が『天が下』=天下をとる意味とも言われている。なんかかっちょいいのでこれだけ覚えていた。
なんか周りが静まり返っている…俺ひょっとしてやっちゃいました?
すると
「おおおおぉぉぉ!!」
とお館様が叫びだした。
「相馬よ、よくぞ言った!つまり『天が下知る』=天下を取るという意味だな!」
うん。そこあってるわ。俺首とんだかな?
「つまり『小田家が天下を取る!』という意味だな!めでたい!実にめでたい!『五月』というのは相馬の嫁、五月姫!つまり『天下を取って五月姫に捧げる』と言う意か。この愛妻家め!羨ましいぞ!皆のもの、続くぞ!」
「おーっ!」
と逆にすごい盛り上がり、連歌はつつがなく続き、俺の首はどうやらつながったようだった。ありがとう五月姫。
連歌の会は異常な盛り上がりを見せ、皆は清酒や芋焼酎を飲みまくり、俺は調子に乗って庭で焼き芋を作って皆に差し入れ、更に会はカオスなほどに盛り上がって連歌の会だか体育会系の学生の打上会だかわからない状況になった。そこで重臣筆頭の菅谷政貞様がいきなり俺に向かって
「えー。相馬殿のおかげでこの新年連歌会、楽しく盛り上がれました。五月姫のために天下を取る相馬くんに〆の挨拶をお願いしたいと思います。」
…また無茶振りを。こういうところはお館様が締めるのではないのか。
しかし俺は酔っていた。俺は後ろに立て掛けておいた真田店長謹製水平2連散弾銃を取り出すと、高く上に掲げて話しだした。もうなんていうかノリだけで考えはない。
「大小田陸軍は世界最強ォォ!」
「「「「大小田陸軍は世界最強ォォォ!」
なんか皆さんとのノリが合ってしまったようである。
「行くぞ!新年の景気づけに今から大演習だ!皆のもの!出陣!」
と鉄砲を掲げていきなり仕切る俺に
「行くぞ!皆の衆!出陣じゃ!」
とお館様もノリノリで、一同酔っ払いだから鎧兜はテキトーに着けつつも思い思いに槍やら弓やら鉄砲やらを持ち出し、大手門から繰り出してくる。
うん。完全武装した酔っぱらい軍団は極め付きに危険だね。俺も酔っているからしらんけど。
と大手門から出て兵を並べ
「一同整列!捧げ!筒!」
と号令をかけて鉄砲を並べてぶっ放そうとしたら…眼の前になんか軍勢がいた。
「……」
なんか見た顔…あ、梶原政景だ。新年連歌の会で酔いつぶれた小田城を襲いに来たのだ。
「構わねぇ。ぶっ放せ!」
と俺は散弾銃を構えて(酔っ払っているので完全にノリで)梶原勢に向かってぶっ放した。
酔っているから狙いは知らぬ。そのノリに小田の兵も「やれやれ!撃てぇ!」
と次々に梶原勢に向かって射撃をし、弓兵も『オラオラ』などと言いながら矢を放つ。
「いかん!待ち伏せじゃ!作戦は失敗じゃ。引くぞ!引くぞ!」
と梶原政景は号令し、梶原勢は大慌てで撤退していった。俺たちは酔っ払っているから追撃はせず、俺は
「バーロー。明後日来やがれ!」
などと叫んだが、その間にも梶原勢の姿は遠ざかって見えなくなっていった。
「おお、相馬殿!敵の襲撃を読んでいて出撃するとは!」
と菅谷政頼(政貞様の嫡男)が俺をキラキラした目で見つめ、
「相馬典薬よくやった!胴上げじゃ!」
と氏治様の号令で俺は何度も胴上げされた。…この時代胴上げってそもそもあったのか?氏治様なんかまた変なもの読んだんじゃないか?と思いつつも宙を舞う。
後で天羽源鉄先生に聞いたら梶原政景が新年連歌の会で酔いつぶれた小田城を襲って落城させたのは
史実にあったそうだ。これで小田城の落城をまた減らせたらしい。
…おれなんかやっちゃいました?




