辺洲田(べすた)村の虐殺
一人称ですと場面書ききれなくなったので、場面転換の時は
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で区切って視点転換させていただきます。(記号多いと問題あるご指摘いただき変更しました。)
3000ポイント超え本当にありがとうございます。がんばります。
上杉勢が平井城を出立し、小田城を目指しているという一報を受けて、小田氏治が兵を集結させていた時、あまり嬉しくない報告が入ってきた。
「…そうか。小田原の北条は援軍を出せぬか。」
より万全の体制を整えようとした小田家は同盟を組んだ小田原北条氏に援軍を依頼したのだ。
しかしその返事はつれないものだった。
「上杉輝虎の軍勢は小田城を目指すと見せかけて転進して武蔵を攻撃する恐れがある。申し訳ないが現在国府台で裏切った太田資正の岩槻城を調略するべく軍を貼り付けており、そちらには軍を回せないのだ…」
と北条康成からの返事は申し訳ない、という体を取りながら兵は回せないというものだった。
「せめて風間の忍びだけでも回してくれれば助かるものを…」
「それこそ知将太田資正は国府台から逃げ出して不在とは言え、忍びで岩槻城を封鎖しておかないといけませんからなぁ。」
と天羽源鉄はしかたがない、という風情で言った。
「ひとまず我らだけでも万全の体制で出陣を。」
と兵を整えようとしていた時、使いが息を切らしながら駆け込んできた。
「ご注進!上杉輝虎、武蔵には見向きもせず常陸に向かって信じられない速度で向かっております!」
「なに?下野との境あたりで佐竹との合流を待つのではないのか?」
「それが佐竹や真壁も知らせを受けて出陣の準備をしているようなのですが、まだ佐竹は常陸太田も出ていない様子でして…上杉はそれに構わずこちらに向かっているようです。」
「通常の3倍の速度か…」
「そして上杉は真壁との境に近い集落辺洲田村を襲撃しようとしていると!」
「辺洲田村…聞かん名だな?」
天羽源鉄に従っていた織部が氏治に言上する。
「手子生からの農地開墾の流れで出来た新しい集落でありましょう。」
「おお、そうなのか。」
と鷹揚な小田氏治。
「しかし我らのためにわざわざ来てくれた民の村となれば、上杉にむざむざ蹂躙されるのも忍びない。兵の編成はほどほどにして急ぎ辺洲田村に救援に向かおうぞ!」
さすがは民を愛する小田氏治である。たとえ準備が十分でなくとも村を救おう、という気概を見せたのだ。しかしそれを織部が制した。
「お待ち下さい閣下。」
「ぬ?どうした。」
「いっそのこと上杉に残虐な略奪を実行させるべきです。その有様を撮影し、上杉の非人道性の証とするのです。」
冷静な織部の言い分に氏治は憤った。
「それでは辺洲田の民はどうなる!」
「上杉輝虎が人の上に立つ器でないことを天下に知らしめる。彼はその材料を自ら提供しようとしているのです。」
「それはそうかも知れないが民が苦しむのを放っておくわけには行かぬ!すぐ出陣を!」
「さすがは民の事を愛する氏治様であります。ならば上杉勢が辺洲田村に到達するのは物見の物によれば6日後、それに間に合うように出陣すればよろしいかと。ここからの日程を考えれば4日後なら十分でしょう。」
「織部とやら…貴殿は恐ろしい御仁でありますな…」
重臣筆頭の菅谷政貞は震えていた。この様な冷酷な策を涼しい顔で具申する男。上杉輝虎よりもわしはこの男が恐ろしい、とすら思った。
小田氏治は急ぎ兵を集結させ小田城を出立、真壁領とほど近いという辺洲田村を目指した。しかしその途上、山王寺の手前で聞いたのは耳を疑う報告だった。
「辺洲田村が上杉勢の襲撃を受けました!村は焼き払われ死体はうず高く積まれている有様とのこと!生き残りのものがここに!」
「おら村で平和に暮らしていたら上杉勢の奴らが悪鬼のように襲いかかってきただ!村に食い物が足りないっていったら火をかけられ、男は殺され、女は犯されてから殺されただ!おらはすきを見て殺される前に命からがら逃げ出してきたが、これはおらの娘の形見の髪のだぁ!」
と致命傷こそないもののあちこちに『上杉家の者に打ち据えられた』と言う打ち傷や小キズがあり、火の中を逃げ出してきたというその服や体は煤と泥で真っ黒だった。
そして『手子生の方々から農業を教えてもらう時に便利だから。』譲ってもらったという映写機には上杉家の悪鬼の如くの所業が写っていた。織部はその映像をプリンターで何枚も印刷するとするすると書状を書いて添付し、東国中の大名や勢力に送りつけたのである。
さらに辺洲田村からは何人かの村人が逃れ出ており、その人々も各所に逃げ込んで上杉家の所業を訴えた。
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上杉輝虎の軍勢は、この時代の行動としては正常な行動であったが、侵攻先で苅田などの略奪(と補給)、そして意に沿わぬ村人や戦の捕虜を人質として売り払って益を得ていた。
繰り返すが、その行動はこの時代としては特に問題とまではいえず、また辺洲田村は新しい村故に寺社や大名の禁札を得ることが出来ずに略奪されたのであろう、しかし無抵抗な村をそこまで徹底的に破壊・略奪するのは…いくら戦国の世でもやりすぎ、と思われた。特に上杉家はその宿敵たる武田家が例えば信濃の佐久や上野を攻撃した際に略奪と陵辱の限りを尽くしたのに対して、人質を売り払うとはいっても一応『義軍』の体裁をとっていたから関東の諸勢力や住民の落胆は大きかった。
例えばこの一報を受けてもっとも衝撃を受けた大名に北関東での上杉家との同盟の盟主を勤めていた佐竹義昭がいた。義昭とその嫡男の義重はこれまで上杉の正義の名の元に旧体制を侵食する小田原北条氏に対抗する、という考えの元に上杉輝虎に付き従っていた。
しかし正義を守ると言いつつ辺洲田村を略奪、鏖殺する上杉家に正義はあるだろうか?むしろ北条はその税率の低さなど民に優しい政治を行っており、上杉輝虎が嵐のように過ぎ去った後は北条に付き従う豪族や村々は多いのである。
とはいっても佐竹がこれから北条の下風に立つのは容赦できず、北条に降伏したり同盟したりするのは無理筋であった。
「上杉に頼るのではなく、これからは上杉を祭り上げつつも我らが自ら北条に伍する北関東の主として立ち上がっていかなければならんな。」
佐竹義昭は息子、義重にそう語ったと言う。
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辺洲田村の悲報を受けて、天羽源鉄は織部を密かに呼び出した。
「織部君!いくら軍略とはいっても辺洲田村の人々を犠牲にするのはいかがなものかね!」
天羽源鉄は元々高校の社会の先生である。倫理的に人命が犠牲になるのは許せないことであった。しかし織部は涼しい顔で答えた。
「これで上杉輝虎の評判は地に落ちましたな。進軍先ではこれまでのように住民が協力してくれる事がなくなり、糧食の供給や陣を張る場所にも苦労しているとか。」
「とはいってもね!」
「天野先生(天羽源鉄の本名)、これはあくまでも作戦なのですよ。」
「作戦?」
「辺洲田の村なんて本来実在しないのです。」
「しかしたしかに映像には上杉の軍勢が。」
「実はですね、その辺洲田村、飛加藤の配下となっている例の盗賊上がりたちに命じて、急増させたいわば一夜城ならぬ一夜村なのです。」
「え?」
「近隣の村々に疫病でなくなった人の遺体を後で念入りに供養する約束で集め、各所に積んであったのです」
「え?」
「上杉家が辺洲田村を特に襲撃する意図はなく入りますと、予め用意しておいた仕掛けで辺洲田は燃え上がるようになってましてね。ガソリン使ってますからもう派手に炎上します。そして燃えた後にはたくさんの死体が。」
「なんじゃそりゃあ!」
「なんじゃそりゃ、は上杉も同様でウロウロしている元盗賊の忍びを捕まえて尋問するも、適当に痛めつけられた所で飛加藤仕込みの技で脱出してきたのが先程の村人です。他の場所に散って言いふらしたのは元々やられた風体をしていた他の忍びたちで。」
「そんなんで通じるのか?」
「そりゃ上杉のこれまでのやり口でしたら、そのうちこれぐらいはするだろう、と皆容易に信じてくれてますな。」
「…やっぱり君は恐ろしいね。」
こうして上杉輝虎の評価は地に落ち、同盟を離れる大名が続出するようになった。先に見た佐竹のように同盟を維持しつつもこれまでよりも独立的な態度を取るものも多かったのである。上杉輝虎は
「なぜ…なぜだ。どうして我々正義の軍にこれまでのように協力してくれない!」
と苛立ちづつ小田領を目指していたのである。
ちなみに余談であるが、飛加藤配下のあの『話し合い』おばさんは実は辺洲田村にいた。そして食料などを得ることが出来ずにいた上杉家に囚われ、兵や将たちの慰みものとされたのである。
という風体で『上杉のたくましい男たちの肉体を味わい尽くして素敵だったわ。』と述懐するおばさん、満足するとさっさと上杉の陣を脱出して逃げ延びたのであった。




