上杉輝虎襲来
上杉輝虎は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の小田氏治を除かなければならぬと決意した。輝虎には政治がわからぬ。輝虎は、越後の坊主上がりの関東管領である。酒を飲み、毘沙門堂に籠もって暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明輝虎は越後を出発し、野を越え山越え、八十里はなれた此この東国の野にやって来た。輝虎には父も、母も無い。女房も無い。六つ歳上の、内気な姉と暮していた。この姉は、近くの城の或る同族の癖に何度も裏切ってくる上に結構強くて厄介な一城主を、十年余前に花婿として迎えて旅立っていった。結婚式はとっくに終わっているのである。
輝虎は、それゆえ、関東管領の衣裳やら就任の祝宴の御馳走やらを貰いに、はるばる関東にやって来たのだ。先ず、その品々を城々を攻め落として集め、それから鎌倉の大路をぶらぶら歩いて生意気な態度の成田泰長をぶちのめした。輝虎には常陸に信頼できる友があった。佐竹義昭である。今は此の常陸太田の城で、戦国大名をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちに輝虎は、関東の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、地方全体が、やけに寂しい。のんきな輝虎も、だんだん不安になって来た。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の地に来たときは、夜でも皆が歌をうたって輝虎を関東管領様万歳と褒め称え、賑やかであった筈はずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。輝虎は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「上杉輝虎が、ここに来ます。」
「なぜ来るのだ。」
「小田のお館様が悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」
「その小田氏治はどうして上杉に背くのだ。」
「佐竹ばかり肩入れする輝虎よりは北条のほうが力になってくれると。」
「おどろいた。氏治は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。輝虎を、信ずる事が出来ぬ、というのです。調子に乗ると全盛期の小田再興を夢見て周囲に攻めかかるのは平常運転です。」
聞いて、輝虎は激怒した。「呆あきれた馬鹿屋形だ。生かして置けぬ。」
上杉輝虎が上野にたどり着いたという一報は飛加藤と北条氏の忍び風間の双方からもたらされた。その時点で天羽源鉄先生は小田城に出向くと
「輝虎はこちらに攻めてまいります。どうかご用意を。」
と進言したのだが
「まさかこの小田にまっすぐ向かってくることはあるまい。そもそも近年北条に落とされそうになっている岩槻の太田資正の後詰が目的ではないのか?
それにこちらに向かうなら佐竹などに号令を出して堂々と進軍して取り囲もうとするはず。輝虎自らが先頭に立つわけはあるまい。」
とふんふん、と言った調子で氏治公には聞き流されてしまった。
これではいかん。史実では佐竹などに号令はするものの集結を待たずに上杉の精鋭八千がまっすぐこちらに向かってくるのだ。
「真田さん!ここはどうしましょうか?」
「うむ。ここは相馬センセにホムセンのありったけの装備を持って前もって向かってもらい、天羽源鉄先生にあらためてお館様を説得してもらおう。」
「こちらの守備は?」
「上杉に蹂躙されたら守備もへったくれもないからなぁ。最小限にして出せるだけだそう。それと。」
と真田店長からは地雷や爆裂弾、それと今回のビックリドッキリメカ…じゃなくて新兵器としてロケットランチャー(めいたもの)が渡された。
「こ、これはバズーカ砲?」
「みたいなロケットランチャーみたいなものだな。こんなこともあろうと。普通の砲作るのは難しいのでパイプでロケット打ち出して爆裂。良く言えばパンツァーファウストっぽい。悪く言えばポテトガンの親玉。」
「これは凄い。」
「でも連射できないから使い所はよく考えて。後…」
と装備の説明を出陣する面々は確認した。
俺たちは色々山積みにしたリアカーを連ねて想定される戦場、筑波山の北西の山王堂にたどり着いた。
「よし!上杉はまだ着いてないな!ここで前もって仕込みを…」
俺たちは急ぎ持ち込んだ様々な装備を使って塹壕を掘り、鉄条網を設置し…と陣地の構築を始めた。史実で小田氏治が陣取った川の向こう(背後に川を置く背水の陣になる)ではなく、川の手前側に。
その頃、天羽源鉄先生は小田城で小田氏治に泣きついていた。
「ここは全軍を動員して向かいましょう!」
「輝虎がそんなに早く来るとは…はぅ!」
天羽源鉄先生に付き従っていた織部くんがVRゴーグルを氏治公に装着したのである。
「…氏治様、上杉輝虎は本気です。上野平井を出立し、通常の3倍の速度でまっすぐ小田に向かってきております。その数8000。」
「こんな軍勢が…見える!俺にも見えるぞ!」
もちろんドローンのライブ映像などではない。織部くんと稲見さんの力作イメージ図である。ついでに織部くんはプロジェクターを操作すると天井に映像が映し出される。
「見よ!この悪鬼のような軍勢をこの上杉勢が今我ら小田を襲撃しようとしているのです!」
突然の映像に群臣は驚く
「これは?」
「なぜこの様なものが見えるのだ!祟りか!」
「落ち着き給え。これは筑波山神社の神徳!」
わけのわからない理由だったが、どうやら落ち着いたようである。
「お館様、炎衆の言うこと、信じるに足るかと。」
と声をかけたのは重臣筆頭菅谷政貞様だ。
「北条の忍びからも同様の内容が知らせられました。」
「となれば我らも全力で迎え撃たねばなるまい!全軍を挙げて迎え撃つぞ!」
おお、と家臣たちから気合の入った返事が上がる。
「行くぞ小田全軍6千!上杉なぞ打ち破ってくれるわ!」
…と盛り上がって小田の全軍6千騎は鋭意山王堂に向かったのであった、と山王堂で作業をしていた俺は報告を受けた。
「6千か。史実の3千の倍だなぁ。」
「そりゃすごい。」
と杭打ちをしながら気楽に答えてくれるヤンキー軍団小島団長。
「でも上杉、史実通りで8千だからまだこちらが足りないんだよね…」
「それだけ差が縮まりゃなんとかなりますって!」
と気楽に胸を叩く小島くん。その脇では随風様がちょっと渋い顔で腕を組んでいた。
今日はここまでです。またあしたお願いします。




