戦国無敵
「これはまずい!」
と織部くんが叫んだ。
「どうした?乱戦で火薬が使えず勝負が決められないことか?でも本営は押しているからこちらが有利では?」
と俺が尋ねると織部くんは
「いえ、それではないのです。その本陣の動きがいけません。これは結城勢による『包囲殲滅陣』なのです。」
「包囲殲滅陣…て500人で5000人囲んじゃう、みたいな?」
「そのようなお伽噺ではなく、これはいわばカンナエの戦いの再現です。見てください。」
「なんじゃなんじゃ。」
と右翼の大将、信太範宗様も一緒に盤を覗き込む。
「一見こちらの本陣は結城晴朝の部隊を押し込み、そろそろ破りそうにすら見えます。しかし結城勢はそれほど兵を失っておらず、さほど負けている訳でもないのに下がりながら左方に回り込もうとしているのです。
当方の左翼は後退するふりをしてその実大きく左に回りながら実は進んできている結城隊に敗北し、勢いよく進んでいる中央軍に合流してきています。」
「となると?」
と尋ねる信太様。
「結城晴朝は負けるふりをしながら兵を左翼に回し、こちらの背後に回り込もうとしているのです。おそらく右翼では多賀谷隊がこちらを拘束しつつ、真壁隊が背後に回り込む役目だったかと。」
「しかし晴朝の本陣が脇にそれて中央をまるまる突破したらそれこそこちらの本陣が左右に分断した敵を撃破できるのでは?」
信太様さすがは重臣。
「そうできる、と思わせて結城勢の後軍に有力な部隊が控えているはずです。正面を突き進んできた我が殿の部隊を押し留め、拘束するだけの能力を持った。」
織部くんすごい。後で聞いたらオタはオタでも軍略のマニアらしい。愛読書はクラウゼヴィッツと孫氏魏武注とか。
織部くんの言葉に慌ててドローンを結城勢の後方に飛ばした稲見さん。VRゴーグルをつけたまま叫ぶ!
「確かにいる!結構な数だ!」
こちらもドローンとリンクしたノーパソの画面を見ると3備…ざっと3000は越えようかという部隊が整然と並んで戦闘態勢を整えている。戦国オタの豊島氏が叫んだ。
「あの旗印は水谷蟠龍斎!いやまだ水谷正村か。結城の誇る最強「負け知らずの猛将」だ!下野(今の栃木)方面担当のはずだがなぜここに!」
「多賀谷殿を我らがこっぴどく叩いたので結城もなりふり構わず将を揃えて来たのでしょうな。」
と冷静に応じる織部くん。
「やはり結城勢の狙いはハンニバルがローマを打ち破ったような包囲殲滅陣の完成。となると小田のお館様を止めなければなりますまい。」
「お館様を止めるのか…。」
と頭を抱えたのは信太範宗様。
「一度突撃を始めると我らがどう言っても止まらぬからなぁ。また誰かが殿を守って死んで逃すほかあるまい…」
小田氏治の生存伝説は多数の犠牲によって成り立っているのだ。
空気が重苦しくなってきたその時、俺はハッと思いついて皆に声をかけた。
「信太様!ここは頼みます。勝てなくてもこの場を支えてくれればなんとかなります。」
「お、おう。任せておけ!」
となにか策があるのか、と感じてくださったようで立ち直って胸を叩く。
俺は本陣にいたホムセンメンバーと一緒に急いで乱戦を抜けながら小田氏治様の本陣へたどり着いた。
「お、炎衆か。見よ、結城の奴らは尻尾を巻いて逃げておるぞ。そろそろとどめを刺そうというところだ。小田の勝利の瞬間、間近に見ているがよい。」
豊島氏は
「お館さま、戦は7分の勝ちを持って最上といいます。ここは満足して兵を引くべきでは?」
と言上した。七分を持って、の言葉。それ武田信玄の言葉だろ。同時代の氏治様しらないだろうなぁ。
「なにをいうか。我軍は圧倒的ではないか。」
「『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。』とも言います。ここは急がず、一度兵を引いて結城の動きを確かめては?」
それは徳川家康様の言葉とされているやつやねん。本人の言葉だとしても数十年は後のものだがな。実際にはさらに後世の人の仮託らしいけど。
本陣に詰めていた御家老菅谷政貞様も結城勢の打たれやすさになにか策があるのでは、と疑い押しとどまるようにすでに進言していた(と耳打ちされた)ので、豊島氏に大きく
バツ、という感じで腕を出した。
「やはり止まらないよねー。ならば『プランB!』だ!お館様!おっしゃるとおりここは勝利を掴むべく前進するべきです。どうぞこちらに。」
俺が言うと氏治様を神輿のような輿に乗せた。
「なぜにこの様な物を?」
と氏治様が尋ねてくるのに
「遠く西の九州で最強と謳われ、雷神と称される将、戸次鑑連は輿に乗って戦を差配することで知られております。東の軍神たる御屋形様も輿に乗って天下に名声を轟かせるのが良いかと。最強のお館様が自らお手をくだされるのはいよいよという時でよいのです。」
「うむ。そういうものか。」
と言って氏治様は輿に座る。俺はそのまま輿を担ぎ上げて結城勢から明後日の方向に脱出するつもりだったのだ。
だが、そこで持ってきたノートパソコンをいじっていた織部くんが、それまで稲見さんが使っていたVRゴーグルを借り受けると、氏治様にうやうやしく差し出した。
「小田讃岐守様、これをお召ください。」
「これは炎衆のものが着けていた兜ではないか。なぜに。」
「この兜をつければお館様は真の力を発揮できるのです。」
「…まあ炎衆の言う事ならやってみるか。」
とVRゴーグルを装着する氏治様。そこで織部くんはノートパソコンのキーボードをポンッと叩いた。
「おお!見える!見えるぞ俺にも見える!」
と興奮した口調で言う氏治様。
「皆の者よ!前進だ!我らの道はこの氏治が切り開く!」
と叫ぶと輿の上に立ち上がり、刀を振り回す。
「うぉりゃぁ!我が力の前におののくが良い!」
あっけにとられる俺たちに織部くんがささやいた。
「今こそ退く好機です。」
「織部くん、これはいったい?」
「今、お館様は『戦国無敵』の世界で戦っていらっしゃいます。」
『戦国無敵』それは無双っぽい感じのVRゲームである。好きな戦国武将を選んでよってくる敵をひたすら爽快にバッタバッタと斬り倒すゲームだ。どうやら氏治様は『戦国無敵』の世界で敵軍を片っ端から倒しているらしい。
「でも『戦国無敵』だと小田氏治様最弱クラスの扱いじゃ?プレイアブルなだけ凄いけど。確か最難関じゃなかったっけ?」
「そこは、小官、ちょっと弄りまして。作中最強の『上杉謙信』をエディット機能で名を小田氏治に。」
…謙信かぁ。そりゃ強いなぁ。『触れば敵が溶ける』とか言われているもんなぁ。
VRの世界で最強に浸る氏治様の輿を担ぎ上げ、俺達はクルッと向きを右に変えると右翼方向に向けてスタコラサッサと駆け出した。
「良し!これでいつもの無駄死にも防げるわ!」
と喜んだ菅谷政貞様が素早く兵に命じて背後を固めつつも右翼方向に本陣を移動させる。
真後ろでないのはすでに結城の本体が後方に回り込んで来ていたからだ。結城晴朝、油断できぬ。
元の正面は、と見れば水谷正村の陣がもう見えてきていて、そこから矢が次々と飛んでくるところであった。もうちょっと進んでいれば逃げられなかっただろう。あぶねー。
もともと精鋭で知られる水谷隊がしかも温存されて全く疲れていない状況で接触していたらこちらに勝ち目がないのはどうみても明らかだったから。
菅谷様の采配は見事なもので、結城勢の動きを抑え込みつつ、右翼へ展開して合流する。
右翼の信太範宗(+炎衆)は本陣を助けとして多賀谷・真壁を退かせ、そのまま進んで戦場からの離脱に成功した。
小田勢が右翼を突破して距離をおいて陣を立て直したのを見て、結城晴朝は包囲殲滅陣の失敗を悟り進軍を停止させた。
こうして戦いは痛み分けで終わり、俺達は海老ヶ島城、ひいては小田城を守りきったのである。
後で飛加藤に聞いた所によると、この包囲殲滅陣、やはり水谷正村の案だったそうだ。
あと一歩で成功するところまで作戦を導き、小田勢の追撃でも戦果を挙げた水谷正村は結城晴朝から称賛されたと言う。
その一方で右翼に抑え込まれ、結果的に小田勢の脱出ルートを提供する形となった多賀谷政経と真壁久幹は叱責を受けた。
「あれはかなり結城に不満を持ちましたぜ。」
と飛加藤。いや報告屋根裏からじゃなくていいから。普通に降りてして。またさくらさんと仲良くしているのを覗かれても嫌だし。
「なら先代の政治様のときのように真壁・多賀谷が結城の洞中からまた小田の洞中に戻ってきてくれればいいのに。」
「そりゃいいでしょうが、無理そうかもしれねーですぜ。その辺に最近佐竹義昭の手が伸びているとか。」
ああ、佐竹かぁ。俺の知っている歴史でも真壁は佐竹の配下だったなぁ。
これが歴史の修正力というやつ?または特に歴史に大きな変化なく進んでいると言うか。
ともあれ、小田家は結城晴朝の侵攻を退けることに成功したのである。
ちなみに天羽源鉄先生は見ての通り、途中からはほぼ空気と化していたが、今回の小田勢の見事な戦いと
撤退ぶりはなぜか『天羽源鉄の鬼謀』ということになり、東国にその名が轟いたのであった。
俺たちは弾薬などをまた作らなければならない(消費しきったら終わりということがバレたら俺たちは終わりだ。)ということで一旦手子生城や穂羣城=ホムセンに戻り、装備の整備を行いつつ次の指示を待つように命ぜられたのである。
これで一旦休憩が取れる!と俺達は喜び、手子生領でいくらか穏やかな日々を過ごしたのであった。
まさかあんな事態が起きているとは夢にも思わずに。




