主人公、ようやく主人公らしいことをする
670ポイント超えありがとうございます。どうか今後もお楽しみいただけましたら。
主人公、単なるナレーターではなかったのだ…。
多賀谷政経の兵を退けた俺達であったが、手子生城に帰還した後、城代の赤松様がどっと、馬から崩れ落ちるように倒れた。
「殿!」
と赤松様の従士が駆け寄る。見ると胸から腕にかけて血を流している。
「殿が怪我をなさっているぞ!馬のションベンと酒を持ってこい!」
と周囲の武士が指示を出して…
「ちょっと待ったぁ!」
俺は叫んで酒が入っている瓢箪から傷にかけようとしている奴らやなんか怪しげな桶に馬の尿と思わえる液体をちゃっぽんちゃっぽん持ってきた奴らを制止する。
「俺は医者だ!南蛮渡来の秘術を学んでいる!そこっ!俺の指示を聞かずに馬の尿を傷にかけない!」
と赤松様以外の負傷者の傷に馬の尿をかけようとしているやつを止める。
「…でもこうするのがいいに決まってるって…」
「それで今まで傷が悪化して死んだやつ無数に見てるでしょ!(見てないけど断言)」
「助かる人いるから…バテレンのいうことなんて…」
「バテレンではない!俺が学んだのは天竺の秘術!薬師如来の秘法!」
思わず口からでまかせで受け入れられそうなことを口走る。
「バテレンでなく薬師如来様だと…」
「薬師如来の御弟子の御典医様、いかがすればよろしいので?」
幸い俺の勢いに酒や尿を振りかけるのをやめてくれたので、俺はついで指示を出す。
「まずいちばん大事なのは傷を清浄な水でとことん洗う!できればせめて蒸留水は使いたいが…とりあえず井戸水でもいいから泥はよく落として洗う!そこ!だからそのにごり酒はかけない!」
と傷を水で洗わせ、傷が軽いものは新品のさらしを包帯代わりに任せて圧迫止血し、定期的に洗浄、交換するように指示する。
それをしながら負傷者をトリアージして、明らかに死んでいるものについてはひとまず脇に避けて弔ってもらい、人手を助かりそうな負傷者に集める。
問題なのはその中でも赤松様の出血が圧迫しても止まらないことだった。明らかに動脈性の出血がある。幸いすぐ死んでしまうほど太い血管ではなさそうだが。
すると稲見薬局長が
「相馬センセ、生理食塩水と抗生物質、点滴のライン、翼状針、後麻酔薬のリドカインはありますぜ。」
と。おお。それなりになんとかはできそう?
落ち着いて処置をするために赤松様を板間にうつして横たえる。赤松様の鎧を脱がせてもらい、上半身はだけてもらう。
さすがは戦国武将、腕の筋肉は隆々としていて血管もブリブリだ。自信がない俺でも点滴のライン取りは容易にできるよ!
「そ、相馬殿!なに、針をさすのか!」
意外と弱気な赤松様。が、構わず駆血帯で縛って点滴の針をさす。
「稲見さん!とりあえず全開で!」
「わかりました。」
傷を見ると、よし、胸に深々と槍が刺さったという感じではなく、比較的浅めに胸から腕にかけて斬り裂かれているような感じだ。
「そこの美少女!」
俺は部屋に控えていた下女と思しき娘に声をかける。いかん。思わず美少女とか口走ってしまったが…こんな時になんだが、可愛い。
すらっと痩せ型に大きなクリンクリンしたつぶらな瞳、整った鼻に唇。髪は大きくウェーブがかかっている。
「え?美少女?どこ?わたし?」
と呼ばれた美少女の下女が面食らったように言う
「そう!そこの美少女のあなた!突っ立ってないでこっち来て俺の助手してください!」
「え?わたし痩せぎすで目はぎょろぎょろしていて気持ち悪いとか言われて美少女とか訳わからないのですが…とにかく手伝います!」
目をくるくるさせながらその娘が俺の脇に来る。
「ええい、やはりどっか動脈性に出血しているな。稲見さん、リドカイン(麻酔薬)とシリンジ、23Gの針お願いします!」
と幸い稲見薬局長が持ち歩いていたバッグの中から注射器と針、麻酔薬を出してもらい、赤松様の傷の周囲に注射して麻酔をしていく。手持ち的に局所麻酔しかできないが、赤松様許せ。
「そこの娘!太めの絹糸と針を持ってきてくれ。」
「絹糸?」
「あ。絹糸のことだわさ。できれば白いやつ。」
「はぃ!」
と娘は飛んでいって絹糸を持ってきてくれた。うむ。この太さならちょうど良さそうだ。
しかし針は普通の縫い針みたいな直針か。縫えないことはないがやりづらい。
「小さいやっとこある?後火?」
と火とやっとこを持ってきてもらい、針をグイッっと半円形に曲げると火で炙る。
「清潔とは言えないが…この際仕方なかろう。これで消毒!うん!」
と俺は曲げた針に糸をつけると、出血を押さえていた手を緩めて赤松様の傷を見る。
一番出血していそうな血管は…あった。
血管の周りを通るようにぐるっと針を通す。赤松様は
「また針!…ん?存外痛くないな。」
麻酔が効いていてよかった。というより赤松様武将の割に針を怖がりすぎませぬか?
出血点の血管の周りに針を通すと、ギュッギュッと外科縛りで結紮する。
うん。やっててよかった糸結びの練習。糸を持つ手を緩めても出血せず、出血が下火になったことを確認した。
ちょっとホッとする。
それからは傷を順番に縫い上げていき、どうにか止血と傷の縫合がうまく行った。
「そこの娘!じゃ呼びにくいな名は?」
「さくら、と申します。」
「さくらさん、ありがとう。おかげで無事に縫合ができました。」
「ほうごう?お役に立ててよかったです。」
「なんじゃ終わったのか。」
と処置がすむまで生まれたての子鹿のようにビクビクしていた赤松様だったが、
終わったと見るや安心したようで起き上がってきた。後は虎の子の抗生物質念の為投与しておこう。
城の他の負傷者も一通り診察して必要なものは処置をした。
それから慣用的に行われていた馬の尿をかけるだの酒をかけるだ、挙げ句のはては馬の糞を塗るなど
行われていた処置を固く禁止し、可能な限り
「とにかく清潔!」
を叩き込んだ。
今行った対処法はどちらかというと史実だと医者じゃなくて看護師の模範と言われるナイチンゲールの功績なのだ。
傷病者を清潔にすることこそが術後感染を防ぎ、回復させるための肝要なのである。
薬の使用は(ホムセンにある分以外はなくなってしまうと補充できないので)とにかく最小限にして、
1回こっきりでなくて今後も対処できることを考えながら治療をした。
でも将来的には稲見さんや真田さんと相談してなろうおなじみチート技術、ペニシリンの生産ぐらいはできるように
なったほうが良さそうだけど。あれアルコールの溶剤用意したりしないといけないから結構ハードル高いんだよな。
それはともかく赤松様以外は無麻酔で傷を縫っても存外平気だった。やっぱすごいな、戦国の侍。
明日・明後日は9時投稿です。月曜から夕方に戻ります。




