70 緊急クエスト発生
僕が冒険者登録をし終えて数日が経った、平凡な昼下がり。
それは突如として起こった。
どおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
王都近郊の山が噴火する音が空気や大地を揺らしながら轟いた。
その直後、王都中に警戒音が鳴り響く。
「緊急クエスト、緊急クエスト発生です! 只今聖なる山、ベリヴルム旧火山の噴火が確認されました。落石の除去に、噴火音に驚いて暴れるであろう魔物の討伐依頼が殺到します。冒険者の方々は、直ちにギルドへお越しください」
聞き覚えのある声、受付のお姉さんのアナウンスだった。
様子を察する——というか間違いなく急を要する事態なんだろうけど。
「旧火山の噴火って、矛盾している気が……」
僕はそんな違和感を抱きながら、早足でギルドへと向かった。
「——…お集まりいただきました冒険者の皆様、ありがとうございます」
ギルドの門を開けると、そこには王都中の冒険者が集まっていた。
ギルドと呼ばれる建物は異常なまでの広さを有するものの、手の空いている王都中の武装した冒険者が集まると狭く感じる。
少し高い位置に立っている受付のお姉さんは、冒険者達に状況の説明をしていた。
「アナウンスでも申し上げた通り、ベリヴルム旧火山の噴火が確認されました。もうすでに何件かの依頼が来ています。自分の階級に見合ったクエストをできるだけたくさん受注してくれると助かります。緊急事態のため、報酬もギルドの方で少し上乗せさせていただきます。くれぐれも、無理はしないでください!」
「「おうっ!」」
受付のお姉さんは必死に声を張り一生懸命喋っているが、多分その優しさは逆効果になるんじゃ。
見た感じ、お姉さんは冒険者の中で姫のような存在なのだろう。
そんな彼女の気を引きたいが為に、既に無理難題なクエストを笑顔で受注しようとする男冒険者が溢れかえっている。
しかし、それが日常に起こっているかのように慣れた手つきで仕事を始めるギルド職員。
緊急事態にもかかわらず盛り上がっている男冒険者だけを白い目で見る女冒険者。
そして、説教を食らっている受付のお姉さん。
まぁ、こんなに騒ぎを大きくしたら怒られるのも分かるけど。
多分お姉さんは、頑張りが空回りするのだろう。
そんな慣れない冒険者特有の状況の中、僕の近くで会話をしている冒険者の声が耳に届いた。
「——なぁ知ってるか? 旧火山の噴火の原因」
「——なんだよ、お前知ってんのか?」
「——あぁ、少しはな。噂なんだけどよ、どうやらあの賞金首の世界を滅ぼす大地の古龍が関係しているらしいぜ?」
「——おい、それマジかよ」
「——あぁ、あの山では度々目撃情報が上がっているし、巣にしているんじゃねぇかって噂もあるんだ・・・・・」
古龍、か。
そんな伝説上の生物が、こんな近くにいて目撃証言止まりなんて。
そんな噂を鵜呑みにする人なんているのだろうか?
しかも、それが噂ではなく事実だったら、ここが王都であろうと粉塵に返るのも時間の問題だ。
そして僕は掲示板にあった一つの依頼に目が止まった。
それは”ウッド”等級の初級冒険者が受けるには自殺行為に等しい無理難題のクエスト、噂になっていた古龍の調査依頼だ。
周りに便乗されて、無理難題クエストをやるためじゃない。
気を引くつもりも、ましてや死に急ぐ気もさらさらない。
ただそれ以外の依頼には目が動かなかった。
何かによって引きつけられるかのように。
場所はベリヴルム旧火山。
魔物の強さもそれなりに高く、報酬も出来次第の不安定で未知の多い聖なる山の調査依頼。
そんな依頼を僕は気づいた時には受注していたのだ。
「古龍の調査を受注した冒険者はこちらにお集まりくださーい!」
ギルドに受付のお姉さんの声が響き、別部屋へと案内された。
部屋には十数人の冒険者が待機しているみたい。
周りを見渡すも、そのほとんどがカッパー階級の冒険者。
「おぉ、ガニッサもこの依頼を受けたのか」
「えぇ、出来次第で報酬が支払われるなんて、そんな美味しい依頼を受けないなんて選択肢はないわよ。あなた、まだカッパーになったばかりでしょ? 早すぎるんじゃない?」
「舐めんなっ! だいたい、カッパーになってからお前こそ停滞気味じゃなねぇか! それに、俺には目的がある」
入室して早々、男女の言い争いが聞こえてきた。
ガニッサと呼ばれていた女性は、切れ長の目に凛とした佇まいの金髪碧眼の美女。
純白の大きな盾とランスを背負っている、絵物語に出てくる聖騎士のようなスタイルだ。
一方でもう一人の男性は、幅広で地面もろとも叩き斬れそうな大きさの大剣を背負った赤髪短髪の戦士だった。
そんな空気に気圧されていた僕の後方から声がかかる。
「おい、そこの金色坊主!」
「な、なんですか?」
周囲をキョロキョロと落ち着きのない様子だった僕に声をかけてくれたのは、傷だらけのいかついスキンヘッドのおっさんだった。
おっさんは僕のランク証を指差しながら、口を開く。
「喧嘩している二人はまだしも坊主にはこの依頼、まだ早いんじゃねぇか?」
「……だ、大丈夫です」
引き吊った作り笑顔を浮かべる僕。
しかしおっさんの目線はどうやらランク証よりも右腕があるはずだった空間を見ている気がした。
「……はぁ。俺たちは冒険者だ、無茶な依頼を受けて死んでも知らんからな」
おっさんはまだ言いたげだったが、忠告だけしてその場をさっていった。




