64 久しぶりの外の空気
俺はツキから離れ、手を一度叩いた。
「そして、なんと、これから、レギヌアに乗って山向こうまで行きます!」
本当の意味でのサプライズはこれだ。
ブティーの眷属のおかげで道に迷うことは無くなったけど、それでも徒歩で抜けるにはかなりの時間を有する。
しかし、そんな苦行もこれでおしまい。
レギヌアは大地を操る。
山の形を変えて向こう側に運んでもらう手筈になっているのだ!
「マジっすか!? もう歩かずに済むんっすね! いやー、良かったっすわ」
ゴーの表情が一瞬で明るくなり、レギヌアの体を馴れ馴れしくポンポンと叩いていた。
流石ゴーだわ。
一応友達になったけど、それは俺であってゴーではない。
コミュ力お化けなのか何なのか知らんけど、度胸あるな。
というか、コミュ力あったら村で村八分にされていないか。
一方でブティーは古龍の力を知っているせいかまだ少しだけ怯えている様子。
まぁ正しい反応ではあるんだけどさ。
俺はカメ吉を手招き頭に乗せ、レギヌアの方を向いた。
「大丈夫、だよね?」
『安心して大丈夫』
「ありがとね! ってことだから、みんな行くよ!」
俺はレギヌアの頭頂部へと跳ぶと、地べたで立ち尽くす仲間達に声をかけた。
ブティーは恐る恐るといった様子だったが、自分の羽でレギヌアの背に降り立つ。
今度は魔力吸収による妨害はなかったみたい。
そして飛行能力のないツキとゴーは、俺の影の手で上まで持ち運んだ。
「じゃ、よろしくね!」
『落とされないよう、しっかりと捕まってな!』
俺たちを乗せたレギヌアは頭部を持ち上げ、ゴツくて太い手を洞窟の天井を掻くように動かして上方へと進み始めた。
「それにしてもすごいっすよね。こんなにも自在に地形を操っちゃうなんて、マジ尊敬っすよ」
レギヌアが進む道はまるで意思があるかのように変化していく。
その冗談のような光景に、ゴーは驚嘆していた。
そんなゴーの隣では凹凸のあるレギヌアの皮膚にしがみつくブティーが。
「古龍に出会して生存するだけでも奇跡なのに。妾は何故古龍に乗っているのじゃ」
震えていた。
レギヌアの進行方向とは逆、遠ざかっていく地面を見て顔が硬っている。
ブティーは自分で飛べるし、種族的にも強キャラなんだろうけど、絶叫系のアトラクションは苦手なんだろうな。
将来遊園地を作るのもあり?
異世界遊園地で金儲けとか?
「ツキは大丈夫?」
「な、なんとかっ」
ツキの返事的に時間の問題だな。
今は何とかって言ったところだと思う。
なんたって昇り進むスピードが尋常ではないのだ。
俺は念のためにツキやブティー、ゴーに影の手をシートベルト代わりに絡ませるが、風圧と重力で持っていかれそう。
レギヌアは前足4本、後ろ足2本の計6本の手足で力強く壁を掴み、黙々と進んでいる。
どうやら今進んでいるのはこの旧火山の火道で、俺とレギヌアが出会ったところ、即ち奈落の底の空間は元マグマ溜まりだそう。
そして今、俺たちは山の頂上の火口へと一直線に向かっていた。
てっきり、横にまっすぐ移動するもんだとばかり思っていたんだけどな。
そんな時、俺はふとツキの言葉を思い出し、口を開いた。
「よかったなツキ。夢だった山の頂上に行けるぞ」
「は、はい……。夢叶っちゃいますね」
ツキは目を瞑ったまま、ぎこちないされど心の底からの笑顔を作って答えた。
『そろそろ頂上に出るよー』
俺たちの耳に、レギヌアさんの野太い声が入った。
早い。早すぎる。
内部からの一直線とはいえ、一万メートル以上もある山をものの数分で踏破するとは。
俺は衝撃に備え影の手の力を強め、レギヌアにしがみついた。
ドオオオオォォォォォォォォォォン!!
レギヌアは、まるで噴火したかのように岩を撒き散らしながら火口から飛び出た。
旧火山の巨大なカルデラに出た俺たちは雲の遥か上にいて、空は暗い藍色で限りなく宇宙に近かい。
山には当然だが人工物などは無く、かといって植物も生えていない岩肌と氷だけが露出した別世界が広がっていた。
いや、そもそも別世界だけど。
空気は冷たく、呼吸のリズムも早い。
それでも、感動していた。
ここが人類未踏の地、頂上。
異世界だけど、地球のエベレストよりも遥かに高い上空に位置する場所。
俺が人類……人型種初の登頂者か。
確証は無いけど。
人外の俺は自分の足ではなく、友人の古龍というチートを持ってして登頂(笑)を達成したのだ。
「地球は青かった」
地球ではないけど、言ってみたくなった。
誰が言ったとかは知らないけど、地球の宇宙飛行士の名言だ。
俺はこの感動を分かち合うためべく、仲間の顔を見た。
まず、終始震えていたブティーだが俺と同じで感動している様子。
長命種と言っても、こんな景色は見たことはなかったのだろう。
そして後二人。
ゴーは口から泡を吐き気絶、ツキは急激な気圧の変化のせいか体調を崩し青い顔をしていた。
影の手のおかげで、かろうじて落ちずに済んではいるけど。
感動どころではない二人が俺の視界に入り、俺は現実に引き戻された。
「……ツキ?」
「ごめんなさい…….頭が痛くて、吐き気もして……辛いかもです」
ゴーはともかく、ツキは心配だ。
あまり弱気にならないツキが言うんだ、かなり辛いんだろう。
俺の知っている浅い知識で考えると、ツキは多分高山病の類だろう。
この山の頂上の景色を見るのが、誰も見たことのない景色を見るのが夢だったツキに少しだけ同情心が芽生える。
でも、ツキの治療は最優先だ。
低地に向かう以外の治療法は知らない、というか思いつかない。
「レギヌア。悪いんだけど、龍がたくさんいる渓谷方面の麓まで降りてもらえない?」
父であり、この世界に俺を呼んだ張本人でもあるゲイルの言う通りならば、進行方向はその谷方面。
龍がいっぱいいるで伝わるといいんだけど。
『龍渓の谷? 分かった』
龍渓の谷、それが次の目的地の名だろう。
俺はすぐに頷くと、レギヌアは腕に折り畳まれていた四枚の翼を広げた。
折り畳まれていたせいで分からなかったけど、翼は滅茶苦茶にでかい。
砂に小石に岩に大岩など、どんな大きさであろうと関係なく巻き上げ羽ばたき始めるレギヌア。
あはは……こりゃ天災だわ。
今まで出会った生物の戦闘力なんて、レギヌアと比べたらゴミにたかるハエとたいして変わんない。
その後、下山はすぐだった。
人目につかないよう認識阻害という魔法で俺たちを光のベールで包み、体調不良の二人に気を使ってか、羽ばたかずに羽を大きく広げグライダーのように滑空し、螺旋状に降下してくれた。




