62 再開のサプライズ?
「ルキ、様……?」
ツキの発した声、汗握る拳、体、全てが震えていた。
無論、ツキだけではない。皆が震えている。
脳裏を過ぎる一抹の不安。
崩された大穴からは、立て続けにもう一本の手が飛び出てきた。
その後すぐのことだった。
「て、天井がっ!?」
ゴーが上方を指差しながら声を上げた。
指の先、洞窟の天井が波打ちながらみるみると形を変えて高くなる。
これが、噂に聞く大地の古龍の力の一端っすか。
ここまで自在に地形を操るとか、ルキさん……。
その後古龍はさらに2本の腕、計4本の腕を生やした上半身をツキ達の前に晒した。
「これが、古龍……」
「ルキ様? ルキ様はどこ?」
「……でっか」
鋭い爪で握る地面は裂け、ゴツゴツした岩のような皮膚に筋骨隆々な体躯。
黒く太い角は側頭部から真っ直ぐと伸びている。
古龍はドラゴンというよりは獣に近い顔立ちで、目に見える4本の腕の肘から手首にかけて折り畳まれた翼がある。
まだ半分しか見えていないが、その威圧感は凄まじかった。
純然たる恐怖”死”がそこに顕現した様だった。
しかし、ツキ達一行はその威圧以上に大きな不安が胸中を刺激していた。
早まる鼓動、早まる呼吸。
どこを見ても彼女達の主人ルキの姿はない。
中でも動揺を見せたのはブティーだった。
妾が、妾がこれと二人っきりにしてしもうたのか。
妾の判断は、やはり間違いだったのかの?
一方で動揺するブティーのその横では。
「……キ様…………た」
ツキが体に新緑色に輝く風を纏っていた。
そして拳を力強く握り地面を蹴って駆け出し、叫んだ。
「ルキ様を、どこにやったああぁぁっ!!」
格上すぎる勝率皆無の古龍相手に一人で突っ込むツキ。
一人でこっそりと特訓し、習得した風魔法を駆使して無詠唱で全身を風で覆う。
全ステータスを大幅に上昇させ、上昇させ、上昇——…
それは半ば魔力が暴走している様な状態だった。
しかし、そんなことを微塵も気にせず飛び上がるツキ。
守られるだけじゃ駄目なんだ。
こんな思いをしない為に、大好きなルキ様と一緒にいる為に、隣で立っていられる為に秘密の特訓をしていたのに。
それなのに、それなのに。
ツキは歯を食いしばり、全力以上の力を右の拳に集め古龍の顔面目掛けて殴りかかった。
「暴風爆発!」
ツキの攻撃は周囲を巻き込み、砂やチリや大小様々な石を宙に舞わせた。
それは攻撃者本人であるツキをも巻き込む爆風を生んだ。
しかし、ツキの全力を超えた技は古龍の強固な外皮を前に無に終わった。
「っ……そんな」
ツキは攻撃の反動で洞窟の壁へと激突し、地面に倒れ伏す。
そんなツキに少し遅れてゴーによる追撃が始まろうとしたその時だった。
「待って待って! ストーップ、ストーーップ!」
聞き覚えのある声に動きを止め、声のする古龍頭上んい目を向けるゴー達。
ツキの風魔法の影響で未だに風乱れる中、銀色の長髪をはためかせる少女の姿が視界に入った。
「ル、ルキさんっすか!?」
「ルキ?」
「……ル、ルキ、様?」
古龍の頭上にはよく知っている顔、困った顔で手を振るルキがいた。
何故か古龍の上に立っているルキ。
それを視認したツキの思考は停止する。
ツキだけではない。
ゴーもブティーも度肝を抜かれた様に、そして困惑している様に口を開けたまま固まっていた。
俺は大地の古龍から飛び降りた。
「……あ、あの。ただいま戻りました」
非常に気まずい。
今回のこの登場は、俺考案のサプライズだった。
会話していくうちに打ち解けたレギヌアに頼んで、ただただツキ達を驚かせたかっただけだった。
それなのに、まるで時間が止まっているかの様に誰一人として動こうとしない。
困惑する俺。
そして中でも困惑しているのは他の誰でもない、大地の古龍だろう。
だって俺のサプライズに乗っただけなのに、出てきてすぐツキの訳わからん威力のパンチを喰らっているんだから。
無傷ってところが、流石って感じだけど。
「あっ。そういえば、ありがとねブティー」
俺との約束を守ってくれたブティーに微笑む、が。
「……は?」
ブティーからは微妙な返事が戻ってきた。
わざわざ仰々しくサプライズしたのに、何だかブティーの反応が怖いです。
なんで怒ってんの?
そんな冷え切る空気の中、ツキが起き上がり俺に向かって走り出した。
「おがえりなざーーーーい!」
涙、鼻水、よだれ、砂埃。
なんかもう色々と顔ぐちゃぐちゃにしたツキが俺に向かって一直線に飛んできた。
なぜかまた風を全身に纏っている気がするんだけど。
って——!?
「ぐふぉっ……」
ツキの頭突きが俺の腹部を直撃した。
「心配じまじだっ! これからは、これからは絶対に一人で無茶しないでください!」
ツキは力強く抱きつき、顔だけ俺に向けて言った。
正直、そこまで心配されているとは思わなかった。
何だか嬉しい、けど。
ツキの後方でブティーが睨んでいる気がする。
「ご、ごめんなさい」
俺はとりあえず頭を下げることにしました。




