58 大地の古龍
『……』
俺達は言葉を失った。
地面が盛り上がっていたところから、一本の手が突き破って出てきたのだ。
それも片手だけで、俺達全員を踏み潰せるほど巨大な手が。
形は人に近く5本指だが、爪は太く鋭く長い。
手首までしか出てないその手だけで、えげつない筋肉量がうかがえる。
色はものすごく濃い茶色で、ゴツゴツしている。
逃げ道は遥か上、落ちてきた穴のみ。
どうしろと?
俺に、俺達にどうしろと?
「ブティー、飛べないよね?」
「……無理じゃよ」
浮遊はできない。
魔力が古龍に吸われるせいか、常時発動型の浮遊は思うようにできないみたいだ。
しかし、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、突き出している爪は地面を切り裂き、本体の姿が徐々に露になっていく。
このまま何もせずにここに居たら全滅だ。
みんなを無事に返せるかもしれない、藁にもすがるようなぶっつけ本番の案があることにはあるんだけど……。
俺は後ろへと振り返った。
そこには顔を青くして泣きながら固まっているツキと、何かに懺悔しているゴー、自分の身を抱いて震えるブティー。
どう考えても、動けるのは俺しかいない。
俺は腹を括る。
「ブティー、眷属召喚して」
「こ、この場には怯えてしまって……。出来んのじゃ」
「穴の上、そこから下りれるところまででいい! なるべく近くに召喚して!」
「……わかった」
ブティーは体を震わしながら指を鳴らし、穴の入り口情報に眷属を召喚した。
「逃げるぞ! そのままお前達は丸まってろ」
俺はうずくまるツキとゴーに言い放つ。
ぶっつけ本番だが、うまくいってくれ。
「肉体強化」
俺は魔王軍幹部戦でゴーが見せた無属性のスキル、肉体強化を唱えた。
あまり実感は湧かない。失敗か?
あの時のゴーと比べて、自分自身も光ってないし。
それでももうやり直す時間はなかった俺は、腕と肩と足腰に力を込める。
直後に俺はツキとゴーの背中を掴み、答えを待たずに穴の入り口で待機しているであろう眷属に向かって全力で投擲した。
ダメ元の遠投。人間砲丸投げ。
投げる瞬間、俺の足の設置面である地面が大きく凹んだ。
そして、俺の思い描いた通りにツキとゴーは弾丸のように飛んでいき、眷属はそんな二人をキャッチした。
すげーパワー出たな。
肉体強化が失敗して良かったかもしれん。
成功してたら、眷属達が受け止められなかっただろうし。
俺は残った震えるブティーの肩を掴んだ。
「ブティー、お願いがあるんだけど」
「……」
「ブティー?」
口を開けたまま、ツキ達が飛んで行った方を見上げるブティー。
二度目の俺の呼びかけに、ビクンと肩を波立たせた。
「な、なんじゃ?」
「ツキ達を俺が戻るまで守ってて!」
「は? ちょ、待つのじゃ! それはどういぅ——…」
俺はブティーも同様に穴の出口に向かって投げつけた。
ふぅ。
「まさか俺にここまでの遠投の才能があったとは、末恐ろしいな。今の体でスポーツテストを受ければカンスト確定だったのに」
仲間の死に直結しなくなった途端、俺は肩の力が抜けた。
俺は古龍を見上げる。
大地の古龍、俺は死なないから多分大丈夫だとは思う。
だがしかし! もう自分のスキルには正直期待しないでおく。
何が状態異常無効だよ。乗り物酔いになるくせに。
はぁ。
古龍は墓から這いつくばって出てくるゾンビのように顔を見せた。
腕は見えている範囲で4本生えており、上下に2本ずつ伸びる牙、側頭部から漆黒の水牛のような太く横に真っ直ぐ伸びる角。
顔は想像していたドラゴンって感じの爬虫類顏ではなく哺乳類っぽい。
古龍の体表には全身ゴツゴツした岩のような鱗をつけており、龍というよりは悪魔とかに近い気がする。
「これが古龍種かよ」
上半身だけでデカ過ぎんだろ。
指で弾かれただけで死ぬぞ、これ。
『グウオルアアアアアアァァァァ!』
古龍が雄叫びを上げた。
うるさいうるさい、うるさーい!
耳を塞いでも鼓膜に響く重低音。
雄叫びで崩れた壁や天井から岩が降ってくる。
何を怒っているんだ!
「だ、だまれーーっ!!」
俺は腹の底から叫んだ。
すると、俺の言葉を理解したのか、はたまた龍からしたらちっぽけな俺の存在に気づいたのか、雄叫びはピタッと鳴り止み俺と目があった。
強気に黙れとか言った手前、プチッと潰されそうで怖いし気まずい。
「……な、なんですか?」
俺はじっとこちらを見ている古龍を前に自然と声が出た。
『あ、あの、逃げないんですか?』
「……えっ?」
ん? 声が?
今のって古龍が喋った声?
逃げないというか、逃げられないというのが現状なんだけど。
『あの、すいません』
「は、はい」
なんなんだ、何の冗談だ?
最強の種族じゃないのか?
なんだろう、この既視感に似た感覚は。
他人事とは思えないというか。
「俺、いや私はルキ・ガリエルといいます」
『あ、はい。俺、いや私は古龍と言われているレギヌア・ピサロといいます』
俺は世界最強の一角、大地の古龍と恐れられている伝説級な存在と対話している。
だが、そんな存在と会話しているとは思えないこの雰囲気。
それはある意味でカオスだった。




