57 世界最強の一角の存在
ツキはこの奈落へと落ち続ける状況を打破できる方法を模索していた。
私の風じゃ、まだ浮遊はできない。
でもこのままじゃルキ様の体に傷がついてしまう。
少しでもルキ様を無事に着地させるためには——…っ。
一つの打開案を思いついたツキは、落下方面である地面に向けて両手を突き出し詠唱を始めた。
ルキ様が教えてくれたイメージの重要性。
それは、この落ち続けている状況から助けてくれる風。
風を圧縮して爆発的な噴射の威力を、地面に衝突するギリギリで。
「やばいっす、マジでやばいっす! 地面がああぁぁぁっ!」
「風噴射!」
落下の最中、限界まで圧縮され続けていた風が仲間全員の前に出現した魔法陣から一方向に噴き出した。
プシューーーーーーッ!
ツキの風は落下の力に逆らい、減速し少しだけフワッと上昇した。
体にすごいGの負荷がかかる。
が、そのおかげで無事に底に着地することができた。
「ありがとう、ツキ。助かった……よ」
俺とブティーは見事に着地を決めた。
しかし隣ではツキは尻餅をつき、ゴーは頭から着地している。
一応無事、か?
俺はツキに手を差し伸ばした。
「ありがと」
「イテテ……あ、ありがとうございます。ルキ様が無事で何よりです」
素直な感謝に照れているだけなのか、それとも着地に失敗したことが恥ずかしかったのか、ツキは頰を少し赤く染めていた。
「ゔうぅ、姉御。もう少し優しく下ろして欲しかったっす」
地面に打ち付けた頭を摩りながら起き上がるゴーだが、その言葉に耳を貸す人はいない。
「ここはどこなんだ?」
俺達はかなり落ちてきた。
今いる空間は広場のような空洞。天井は異常なまでに高く見えない。
壁や地面には洞窟内で見つけた虹色に輝く鉱石も点在している。
しかし、360度どこを見回してもこの大き過ぎる空洞につながる通路はない。
突然の地震と奈落に俺達は尻込みする、ブティー一人を除いて。
「注意するのじゃ! 妾はこの地に見覚えがある」
「見覚え?」
ブティーの言葉に触発されたかのように、一応形だけは身構える。
その直後だった。
ドドドドドドドドドドドドッ
再び大きく大地が揺れた。
しかし、今度の地震はさっきのモノとは明らかに違う。
俺たちのいる空間の中心部の地面がみるみると盛り上がっていく。
「なんっすかこれ!?」
俺も同じ意見だ。
なんだよこれ。
それは目を疑う光景だった。
地形が粘土のように変化していき、空洞が広がり山が出来上っていく。
「……龍じゃよ」
俺達の疑問に震えた声でブティーが答えた。
何、龍? ドラゴン?
この現状には目を疑うものがあるけど、吸血鬼のブティーだって俺からしてみれば十分化け物だ。
それなのに、なんでそんなに震えているの?
恐怖が伝染する。
「……あぁ、俺の人生はここで終わるんっすね」
「ルキ様。私はルキ様のことを死んでも忘れませんから」
ゴーは男泣きを、ツキは目に涙を浮かべ俺の手を包み込んだ。
そんな二人を見て、俺はブティーに問う。
「ねぇ。龍ってのはそんなにやばい存在なのか? 確かに、目の前の山を見ているとヤバそうだけど」
「何を言っておるのじゃ? 一般的に龍という存在はどいつもこいつも災害級じゃぞ」
「え?」
「知らぬようなら教えてやる。種族名”龍”は魔物の中の頂点に君臨しておるのじゃ。知能もそこいらの魔人よりも高い。大型種にでもなれば、存在するだけで天災じゃからな」
何それ、怖い!
で、でもでも、上位の魔人に属するブティーと、一応死んでも死ねない俺で対処すれば一体くらいなら……。
「妾とてただの龍如きに怯えはせぬのじゃ」
俺の顔を見て、ブティーは口を開く。
「妾とて上位の魔人で古の魔族、吸血鬼じゃ。じゃがの、今ここにおるのは……この世界中を探しても確実な勝利を約束できる者など居らん、そんな奴じゃ」
「……」
悲壮感漂うブティーの言葉に、俺の顔色はどんどん悪くなる。
「地上にいる龍は混血の新参。しかし、今妾達の下におるのは世界に三匹しか残ってはいない古の龍。正真正銘純血の古龍、その一匹じゃ」
「……」
もうやだこの世界。
なんでこうもトラブル続きなの?
古龍って何よ!?
俺の心情とは裏腹に、ブティーは続ける。
「おそらくじゃが、こやつは大地の古龍じゃな。怒らせれば国どころか、大陸……否、世界ごと破壊しかねない伝説の魔物じゃ」
「ブ、ブティーはこの場所に見覚えがあるんだよな?」
「本で見ただけじゃよ。過去に古龍同士で暴れた際の出来事を綴られた物語を読んだだけじゃ」
物語って。
ってか、よく古龍同士の喧嘩で世界が滅びなかったな。
「……だいたい、ここからの脱出方法があるならもう試しているじゃろうが!」
な、なんで急にキレたの!?
情緒がおかしいよ!
というか、そもそもそんな化け物ちゃんと封印かなんかしとけよ!
大地の古龍って何だよ!
じゃあれか? このデカ過ぎる山はただの巣ってか?
ふざけんな!
完全に詰んでんじゃねぇか!
どうすりゃいいんだ、どうすればいいんだよ。
バアアァァァァーーーーンッ!!
突如として地面が盛り上がっていた場所から、一本の手が突き破って出てきた。
片手だけで全員を踏み潰せる程の巨大な手が。
『……』
俺達は言葉を失った。




