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56  大地震から奈落へ

「そろそろ行くか」


 それなりの時間をかけて休憩をとったおかげで、しっかりと回復した。

 ツキもゴーも顔色が良くなった感じだし。


「あと半分だから、頑張ろう!」

「はいっ」


 ツキは元気よく手を挙げた。


「では眷属達よ、頼むぞ」


 ブティーは再び眷属に騎乗し、進行方向を指差す。


「ついでというか、今更聞くまでもないとは思うけど、ブティーって戦闘経験とかってどう?」

「舐めるでない、あるに決まっとるじゃろ。妾は吸血鬼(ヴァンパイア)じゃ。相手の血を摂取する種族じゃぞ」


 そりゃそうか。

 というか、魔王直々にスカウトに来るような奴が戦えない訳ないか。

 うちのパーティーの戦力の底上げにはなるかな。


 俺は欠伸をしながら眷属の背に揺られるブティーにジト目を向ける。


 細かな仕草はどこか大人っぽくて品のあるお嬢様って感じだし、雰囲気も優しくお淑やか——…なんだけど。

 他人の性癖をどうこう言うつもりはない。

 それでも危険な匂いしかしない。

 自分から誘っておいて、何言ってんの? って感じだけど、アブノーマルだ。


 俺はそのまま下へと視線を落とし、尻に敷かれる眷属を見た。


 さっき休憩を取ったばかりなのに、すでに不格好で辛そうな様子。

 一応、落とさないように運んでいるけど。

 接着剤的な何かでくっついてんのか?


「俺も乗れるかな」


 俺は意識せずにボソッと呟いていた。


「うむ、ルキくらいなら容易いのじゃ」

「あっ、そ、そうなんだ……」


 ブティーは振り返り、クスッと笑うように返答してくれた。


「あ、あの、私はどうでしょうか?」

「無論じゃな」


 モジモジした様子で俺に続いて問うツキに対しても、ブティーはいい笑顔で返事した。


 やっぱ、乗りたいかどうかではなくても気になるよね?

 俺はたまたま口に出しちゃったけど、これはラッキーだな。

 辛そうな眷属の上に乗る行為に目を瞑れば、歩かなくて済む可能性があるんだから。


 俺はツキと顔を合わせ、一度だけコクりと頷く。

 そして、俺たちはブティーに新たに召喚してもらった眷属達に恐る恐る座った。




 結論から言おう。

 乗ることはできた、と。


 ただまぁ想像以上に揺れは激しいし、気持ち悪くなるしで数分もしないで下乗した。


「ゔぅっ」

「ぎもぢわるいですぅ」


 グラグラするとか、立てなくなるとかそんな次元じゃない。

 空っぽのはずの胃の中身が逆流する。

 吐き気がする。ぐわんぐわんする。

 言葉にできないけど、とにかくものすごく気持ちが悪い。


「あー、俺は遠慮しておくっすよ。歩くの好きなんで」


 誰も何も言っていないのに、ブティーと目があったゴーは丁寧に遠慮を申し出た。

 そのゴーの言葉にツキが吐き気を押さえながら、口を開く。


「何事もっ……うぷ。経験でふよ、()()()()


 顔を青くしたままニコッとぎこちない笑みを浮かべるツキ。


「あ、姉御? こういう時だけ名前で呼んだってダメっすよ?」


 ツキは自分たちだけが辛い思いをしているのが嫌だったのだろう。

 回避しようとしているゴーの道連れを企み、強引に眷属に乗っけようとしている。

 対するゴーは全力で拒絶している。


 しかし、ブティーの悪気ない一言でゴーの行動が180度変わった。


「悪いんじゃがな、ゴーは多分じゃが重すぎると思うのじゃよ。だからの、その、妾の今出せる眷属じゃお主(ゴー)は運べぬ。すまぬな」


 眉を八の字に曲げ、困っている様子のブティー。


 ブティーはこの喧嘩を止めたかったのだろう。

 だから、優しい笑みを浮かべながら申し訳なさそうに告げたのだ。

 その優しさが逆効果だとは知らずに。


「そ、そんなに重くないっすよ! 見ててくださいよ、今乗ってみせるっす!」


 ”重い”という単語に傷付いたのかムキになりながら、あんなに嫌がっていた眷属の背に手をかけた。


「失礼するっするっすよ、眷属のの旦那方」


 ゴーは俺とツキの倍の数の眷属を尻に敷くことで、なんとか宙に浮いた。

 ——が、見るからに乗り心地最悪な眷属騎乗は数秒と保たずにゴーはやられた。


「そんなに無理しなくてもっ……よかったのに」

「ゔっ、ざまぁですね……」

「吐ぎぞうっ……っす」


 そんなアホみたいに平穏な時間は、突如として終わりを迎える。




 キキキキキキキキキキキキッ!




 メンバーの内3/4が乗り物酔いで倒れてからすぐ、眷属達がいきなり騒ぎ出した。


「な、何じゃ!? 急にどうしたのじゃ!?」


 ブティーと眷属達が慌てふためく。


 だが、実際のところ俺達はそれどころではない吐き気に苦しめられていた。

 吐こうにも吐けない。

 今、胃袋が空っぽのせいで、嘔吐という行為ができない。

 ゔっ、気分悪い。


「な、なんじゃと!? ルキよ、もう直ぐ——…」




 ドドドドドドドドドドドドッ!




「——…地震が来るのじゃ」


 ブティーの進言よりも先に地震が起こった。


 立っていることもままならないレベルで揺れる大地。

 原因不明の大地震。

 氷柱のように先の尖った鍾乳石が天井から降ってきたり、人力じゃどうもできない程強固なはずの壁が割れたりetc。


「も、戻るのじゃ!」


 ブティーは慌てて眷属を自分の(からだ)に戻す。

 俺はカメ吉を胸に抱き、そんな俺をツキが抱いて倒れ込んだ。

 横ではゴーが仰向けで大の字になって倒れている。

 そんな無防備すぎるゴーに俺は手を伸ばし、影の手(シャドウハンド)で傘を作った。


「世界が、世界が回っているっすよぉ。まるで大地が動いているような感じっす」


 何を言っているんだ、こいつは。

 俺たちはこの地震に少しだけ……いや、かなり心当たりがあった。


「もしや、これもゴーの不幸なのかの?」

「十中八九そうでしょうね……うっぷ」

「きっと酔った影響で、暴走したんじゃ……ゔっ」


 非常事態にも関わらず酔いから覚めない。

 あれ、というか転生特典の【状態異常無効】は?

 俺はなんで酔ってんだ?

 そもそも、今まで乗り物酔いなんて——


 もしかして認識、知覚していないとダメな(スキル)なのか!?

 『死』を状態異常として認識していたのに、乗り物酔いは認識不足なのか?

 んな馬鹿な!?


「ルキ、道がっ!?」


 地震は収まることなく激しくなっていき、小さなヒビは徐々に大きくなり亀裂へと変わっていく。


「はぐれないように集まって!」

「分かったのじゃ」


 洞窟崩壊、落石時に俺が対処できるように指示を出す。

 しかし、その判断に地震が瞬時に牙を剝く。


「ねぇ、これ……」

「で、ですよね。よかったです、私だけが変な物を見ているんじゃなかったんですね」


 俺達を中心に、と言うよりは俺達の中にいるゴーを中心に円を描くように地面に亀裂が入った。

 直後、ピンポイントで洞窟が崩壊した。






「あの、質問なんだけどさ。これってどういう状況?」

 理解が追いつかず冷静に問いを投げるルキ。


「うっぷ……やばいっす、絶対にやばいっ…………オエェェッーー」

 胃液を撒き散らしながら叫ぶゴー。


「ルキ様ーーっ!? なんでそんな冷静、って汚いですよゴリラ!」

 ひたすら発狂しつつも、胃液を華麗に避けるツキ。

 

「なっ!?」

 自らの力で浮遊できるはずのブティー。


 俺達は落下した。

 それも数メートルとかっていう次元じゃなくて、底の無い奈落に落ちる、そんな感覚で。

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