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52  四人目の仲間

「では、どうぞ」


 俺を膝の上に乗っけたツキはブティールとの会話を回し始める。


「……そ、そうじゃな。妾はずっと一人で生きてきたのじゃよ。アンデットの上位種族である吸血鬼(ヴァンパイア)は長命故に、数少ない知り合いは皆先立ってしまったのじゃ。同族も、妾以外残っていないようでの……。別れの時は必ず訪れる、それなら誰にも出会さないで済むように引き籠ったというわけじゃな」


 哀愁に満ちる憂いた瞳が目の前のティーカップに入っている赤い液体に反射する。

 ブティールはそのままティーカップを口へ運び、美味しそうに飲み込んだ。

 その仕草はブティールの幼い容貌からは想像もできないほど大人びている。


「こんな最奥に住んでいる事は理解したよ。でもさ、誰にも会いたくないのになんでゴーを拐ったの?」

「何か変かの? この洞窟は妾の家じゃぞ? そんな家にズカズカと入ってきた侵入者がどんな奴なのか気になるじゃろうが」


 ぐうの音も出ない。

 確かにここで暮らしているブティールにとって、俺達は侵入者だ。


「ご、ごめんなさい」


 俺の謝罪を聞きクスクスと笑うブティール。


「冗談じゃよ。見ての通り、妾は暇つぶしに話し相手が欲しかっただけじゃ。ルキさんらがとても楽しそうにしておったからの」


 な、なんだ冗談か。

 俺にとって不老不死なんてロマンの塊程度にしか感じなかったけど、実際長命はかなり大変なんだろう。


「ブティールさんの食事って血ですよね? どうしているんですか?」


 次は俺の頭を撫でながらブティールが手にするティーカップの中身を目で差すツキが尋た。


「簡単なことじゃよ」


 それだけ言うと、ブティールは指をパチンと鳴らす。

 直後、ブティールの影の一部が千切れてコウモリへと姿を変えた。

 そうして召喚されたばかりのコウモリは素手で掴まれ、ギュッと握りしめられて血液を絞り出されている。


「眷属の血を飲んでいたのじゃ。この部屋は血液が目立たないようにするため、黒や赤色の物が多いのじゃよ。気づかなかったのかの?」


 俺とツキは眷属とやらの断末魔を聞いて、顔を青くする。


 だいたい血の汚れを誤魔化すための色彩とか、それに気づいた奴はイカれてんだろ!?

 サディストが行き過ぎているサイコ野郎。

 もしくは、狂気に満ちた脳の持ち主だな。


 ブティールは搾りたての血液をティーカップへ注ぐと、優雅に口へと運んだ。

 そんなブティールを見て俺は少し違和感を感じた。


 なぜ、拐った相手が俺達三人の中でゴーだったのか。

 なぜ、侵入者でもある俺達がこの部屋に入ってくるのを止めなかったのか。

 なぜ、力ある上位種族なのに基本下手の対応で”さん”付けなのか。

 なぜ、俺達の会話や行動は邪魔をせずに微笑みながら静観しているのか。

 時折見せる哀愁はなんなのか。


 俺は唐突に片手を軽く挙げ、真剣な表情で口を開いた。




「あの、もしかして寂しかったんですか?」




 返事が来ない。

 もしかして、触れちゃダメなことだった?

 そもそも、こんなところに自ら選んで暮らしているくせに寂しいとか感じるわけないか。

 いやでも、話す事は好きそうだし。

 というか、俺にやんわりそれとなく聞くとかそんな器用なことできない。


 自分の発言にオロオロとする俺を見たブティールは、儚げに笑みを浮かべた。


「ふっ、ルキさんじゃったかの? そうじゃな、少しだけ寂しいかもしれないの」


 返答キタ!

 でも、なんて言い返せば……。

 俺は言葉を選びながらゆっくりと喋りだす。


「……じゃ、じゃあこれはもしもの話です。もし、俺が『俺たちの仲間になりませんか?』って聞いたらどうします?」

「ちょっ、ルキ様!?」


 ツキは俺を撫でるのをやめ、ゴー勧誘時と同じ反応を見せる。

 一方ブティールは、眉間にシワを寄せ顔をしかめていた。


「なぜ、妾を?」

「いや、なぜって」


 そんなに表情を険しくするような質問だったか?

 ふぅ。


「俺が寂しいのが嫌いだから?」


 何言ってんだ俺は!

 寂しがりやってなんだそれ!

 恥ずかしいぃ。

 ちょっとツキさん、笑わないでくださいよ。


「は?」


 ブティールの間の抜けた一声に、俺はさらに顔を紅潮させる。

 ふぅ、一旦落ち着こう。


「ま、まぁ、多分俺は長命だ。(どうせ死んでも死なないし)だから、死別による寂しい思いはしなくて済むんじゃないかなって。あとは、打算からだけど夢のためかな」

「ゆめ?」

「うん。こんな(なり)だけど、一応現在進行形で世界征服実施中なんだよ。ブティールが加わってくれれば、戦力の増強もできるかなって」


 ブティールは目を見開いた。


 妾は古から強者として君臨していた種族、希少なうえに強力な吸血鬼(ヴァンパイア)族故に数多の魔王からの勧誘が何回かきていた。

 ()()()()()()とされる今この瞬間でも、勧誘がなくなる事はなかった。

 やれ力を貸せだの、やれ魔族としての矜恃を示せだの——…

 妾はそんな勧誘は全て断ってきた。


 しかし、今、目の前で語られたルキの言う世界征服()()()()()()には惹かれるものがあった。

 ルキさんは人族である獣人のツキさん、魔族であるゴブリンの亜種であるゴーさんの為と言い切った。

 これがもし真実なれば、もしかしたらあの時の彼女の想いは報われるかもしれない。


「先程の”もしもの話”、承諾したのじゃ。妾も()()()の配下にさせてもらっても良いかの?」


 ブティールは改まって跪き、頭を下げた。


「あの、そういう堅苦しいのは仲間内では無しでお願い。どう対応したらいいか分からないし」

「は? し、しかし、ルキ様は世界征服の首謀者なんじゃ……ろ」


 ブティールは喋りながら辺りを見回す。


 ずっと見ていたはずなのに、この違和感に気づかなかった。

 ルキ様を膝の上に座らせ、ハァハァしながら頭を撫でるツキさん。

 いつの間に目を覚ましたのか、隠れてお茶を飲んでいるボロボロのゴーさんと、その近場にいる亀?

 魔力量が絶大で圧倒的存在感なのに、何も言わないルキ様。

 首謀者とその配下であるはずの関係、そこに上下関係はなく対等な関係が築かれていた。


 魔族とは弱肉強食。

 人族を連れているだけでも異様なのに、上下関係があるようでないこの関係は——…


「俺たちはあくまでも自由を掲げているからな!  この、窮屈なわだかまりしかない世界に”自由”を的な?」

「……そうか、分かったのじゃ。お主ら、これからよろしく頼むのじゃ」

「ああああぁぁぁぁーーーーっ!?」


 ブティール立ち上がるとツキの見様見真似で俺の頭を撫でた。

 ツキが耳元で叫ぶもんだから、俺はそれどころではなかったんだけど。


「ツキよ、安心するのじゃ」


 ツキがなぜ発狂したのか察っしたブティールは、さらっとカミングアウトする。


「妾の好みは死者じゃから、生者に性欲は湧かぬ。恋愛対象もそういうことじゃから、安心してよいのじゃ」

「そ、そうだったんですか。よかったぁ」


 ツキは安心したのか、ふーっと息を吐いて再び俺の頭を二人で撫で始めた。

 そんな中、俺は部屋の隅で茶を啜っていたゴーとバッチリ目があっていた。


ブティール(これ)絶対にやばい奴だ』


 きっと考えていたことは同じだろう。

 ゴーが両手で持っていた湯呑みをストンと地面に落としているくらいだし。


 と、とりあえず吸血鬼(ヴァンパイア)のブティール・メイデンが仲間になりました?

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