51 隠し通路のその先へ
一歩踏み込むと、そこには洞窟の中とは思えない程の豪華でゴシックロリータ調の快適な部屋が広がっていた。
部屋の奥には、一国のお姫様や貴族令嬢様が使っていそうな屋根付きで黒色のキングサイズのベッド。
中央には座敷用の大きな丸テーブル、それをぐるっと囲う真っ赤でフリルがたくさんついたクッション。
黒を基調に赤色の家具が可愛らしくも、文化的な部屋がそこにはあった。
そんな丸テーブルには二つの影が向き合って座っている。
一つは色素が抜け落ちたような雰囲気に淡い桜色の唇とチラッと見え隠れする牙。
長く艶やかな睫毛に縁取られた真っ赤な瞳が綺麗な美少女。
雪のような白い肌と、さらさらな白髪をハーフツインテールに結えて瞳の色と同じ真っ赤なドレスを着ているお人形のようなロリっ子だ。
そして、もう一つは言わずもがな――…
「ノックもせずに、どちらなのじゃ?」
「あぁ、ズズズッ。ふぅ。ルキさんと姉御っすよ。ね、ルキさアイダッ!?」
呑気に茶を啜ってから口を開くゴーの後頭部を、俺は思いっきりグーで殴った。
「な、何するんっすか!?」
「”何するんすか”じゃねぇよ!」
何言ってんだこいつ!
マジで何なの!?
ってか、被害者面やめろ! もう一発殴るぞ!
「痛いじゃないっすか!」
「痛くしてんだよ! お前、黙っておいてやろうと思ったけどよ、湖で俺たちの水浴びを覗いていた事、ツキにバラすぞ?」
「ル、ルキさん!?」
俺はゴーの頭を両手で掴み顔を近づけ言い寄った。
後方では俺の言葉の”覗き”というワードにツキの耳が反応している。
「………………なんですか、その話? 詳しくお聞きしたいのですが?」
判決を言い渡す、死刑。
ツキはゴーが両手で持っている湯呑みを取り上げ、首根っこを掴み上げた。
「突然あなたが消えたせいで、散々歩き回ったんですよ? それなのに、何呑気にお茶を啜っているんですか? まぁ、それもこれも今となっちゃどうでもいいですけどね。尊きルキ様の一糸纏わぬ姿の覗きの件、全部話はこっちでゆっくり聞きます」
「い、いやっすよ! だいたい覗きは未遂っす。ルキさん、助け――…」
未遂って。
もうそれは認めたようなもんだぞ。
稀に見ないツキの本気度に、流石のゴーでも怖気付いている。
プークスクス、ざまぁ~。
「少しだけゴリラを借ります。話があるので」
ツキは俺に短い言葉を残して早々に部屋を出て行った。
「で、どちらなのじゃ?」
俺達へっぽこパーティーの痴態を黙って見ていた目の前の美少女が、部屋に残っている俺に問う。
敵意は感じない。
けど、事情はどうであれゴーの拐った犯人はこの子だろう。
俺はさっきまでゴーが座していた場所に腰を下ろした。
「まず初めに自己紹介からしようか。俺はルキ・ガリエル。さっきまでいた獣人がツキ、お前と話していたゴブリンがゴーだ」
「そうか、其方が眷属が接触を試みた――…」
なんかブツブツ言い始めたよ。
俺はまだ君がどちらさんなのか知らないんだけど。
そういえば、この独特な喋り方をつい最近聞いたような?
――ガチャッ
ガチャ?
「お待たせしました」
なんとかさんの自己紹介が始まる前に、ついさっき出て行ったばかりのツキとボッコボコにされたゴーが入ってきた。
早過ぎんだろ。
しかも無音だったのに、こんだけボコボコに?
話をするんじゃなかったのかよ。
どう考えても口よりも先に手が出ちゃってるじゃん。
有無を言わさずの鉄拳制裁ってか?
……まぁ、自業自得だし殺されんかっただけマシだな。
「すいません。会話、遮っちゃいましたか? 続けていいですよ?」
部屋の隅にゴーを投げ捨てたツキはニコッと微笑んでいる。
目の前の美少女の顔が引きつっていますよ。
気づいてツキさん、あなたの第一印象はやばいですよ~。
「コホン。それで、君の名は?」
「も、申し遅れて悪かったの。妾はこの洞窟で生活している吸血鬼のブティール・メイデンじゃ」
やっぱり吸血鬼だったか。
思ったよりも怖くはないけど……。
「ブティールさんは、こんなところで何をしているんですか?」
ツキはしれっと俺の隣に座り、質問を投げた。
もっとも俺も気になる質問ではあるけど。
生物として、生きていく為にはそれなりに食事というものは重要だ。
俺みたいに食事を取らなくても大丈夫な種族であっても、食事はかなり重要な行為だろう。
ただ生きているだけだと、自分が生きている理由がわからなくなると思うし。
それは吸血鬼だって例外じゃないはず。
この洞窟に人の出入りは無い。
でも吸血鬼の食事、即ち吸血行為をできる相手は洞窟にはいない。
しかもわざわざ隠し通路まで作って孤立して。
もしかしてゴーを食料に?
「妾はずっと一人で——…」
「コホッコホッ!」
「わ、妾は一人で——…」
「コホンッ!」
横に座るツキはブティールの話を遮り、わざとらしく咳払いをする。
というか、なんで膝の上をポンポン叩いているの?
なんで俺を見ているの?
気のせいか?
そうか、気のせいだな。
「んじゃ、ブティール」
「ル・キ・さ・ま?」
……気のせいじゃなかったみたいです。
ブティールは俺とツキを交互に見て困惑している。
こっちから質問しておいて、話を遮られる上に意味不明のジェスチャーを見せつけられて。
そりゃ困っちゃうよね、俺だって困っているもん。
「ツキさん、じゃったか? それは何なのじゃ?」
「ブティールさん。私はルキ様の秘書なので。この際、そこで寝ているゴリラは好きにしていいですけど、ルキ様に勝手な真似はしないでくださいね? さぁ、ルキ様。こちらへ」
ツキは自分の膝の上に座れとでも言っているつもりなのか、膝の上をポンポンとし続けている。
これじゃ保護者としての面子が立たない。
「重いと思うし、その体制で辛いでしょ?」
「何言ってるんですか、大丈夫ですよ〜。ルキ様は軽いですし、下にクッションも敷いてますからね」
「あ、はい」
あくまでも逃すつもりはないようです。
俺は言われるがまま抵抗することなく、ツキの膝の上に座った。
話が進まないし、ゴーの容態を見ればこれ以上逆らうのは愚策と判断したからだ。




