48 迷い人
「ちょっと聞きたいんだけどさ、この洞窟って妙に綺麗だけど人間は入ってこないの?」
これまでこれといった人の痕跡はない。
「ルキさん、あんな小さな穴に入ろうとする馬鹿な奴はいませんよ」
「馬鹿なって、お前な」
「それにこの洞窟の外壁は凄まじく強固っすから、外から掘ることはできないっすよ」
「要は、入り口となる穴を見つけないとここには入れないってことか」
「そう言うことっす」
ゴーは腕を組み、得意気に大きく頷いた。
ゴーは馬鹿な奴とは言っていたけど、要するにこの洞窟は危険はあれど人が入ったことのない秘境ということだ。
なんだか、胸が高鳴るのを感じる。
俺はこの瞬間、好奇心が恐怖心に勝ったと自覚した。
もちろん恐怖心が消えたわけではない。
けど、誰も見たことも触れたこともない景色を見ることができる。
その事実に、元・男としての琴線に触れた。
これは、そうトレジャーハンターにでもなった気分だ。
「あ、あの、ルキ様?」
「どうしたの?」
モジモジしているツキが俺に話しかける。
視線はどうやら俺の頭上、カメ吉を見ている。
「頭にずっとカメ吉さんを乗せていて、首とか痛くなりませんか?」
「ならないよ? カメ吉は大人しいし軽いからな」
気を使ってくれたのか。
そう思ったのに、俺の返答を聞いてすぐにツキは頬をぷくーっと膨らませていた。
カメ吉を抱っこしたかったのか?
「持つ?」
俺は頭上のカメ吉を持ち上げて、ツキに差し出す。
が、なんかそうじゃないっぽい。
ため息混じりで、悄げている感じ?
元気がない。
容姿はすっかり大人に近づいていても、まだ子供。
流石に無休は辛かったのか、疲れてきているのだろう。
ここは大人である俺がリードしてあげようじゃないか。
「手でも……繋ぐか?」
な、なんだこれ!?
自分から言っておいて、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?
「は、はい!」
差し出された俺の手をツキはしばらく嬉しそうに見つめ、最高の笑顔で手を握るのではなく腕を組まされた。
つ、疲れてたんじゃないのか!?
いや違う。
別にいいんだ、タラシと呼ばれようがこれは特権だ。
俺はチキる自分にそう言い聞かせて、表情を崩さず平常心でいられるよう舌を噛む。
ツキは俺に密着し、定位置と化してきた頭に戻されたカメ吉と俺にほっぺたをスリスリと擦っている。
そんな様子を後ろで何やらニヤニヤと見ていたゴーが、ボソッと口を開いた。
「……ルキさんもやり手っすね」
フッ、聞こえてるぞゴーよ。
「ゴーも手を繋ぎたいのか?」
「いや、遠慮しとくっす」
ゴーは引き攣ったような表情で、激しく首を左右に振った。
俺は気づいていなかった、俺の視界外でツキがゴーに睨みを利かせていたことを。
それからまたしばらく歩いた頃。
俺の好奇心が伝染したのか、それともこの緊張感に慣れたのか、ツキもゴーも見るもの全てが新鮮なこの洞窟内で徐々にはしゃぎ出していた。
「ルキ様ー! 見てくださいこの虫、フワッフワですよ」
ツキは顔が蝶で体がバッタに近い全身真っ白な羽毛に覆われている、人の赤ちゃんサイズの巨大な虫を捕まえてきた。
「こっちは池が段々になっているっすよ!」
道が下り気味になっている時に現れた棚田に、テンションマックスで飛び込む。
その段々池には微生物がいたのか、水面を刺激すると青や黄や緑にピンク等様々な色で輝いた。
夢世界、それはここにあった。
「こっちには大きな鍾乳石までありますよ! しかも虹色です。魔力、ですかね?」
ツキはゴーに負けじと俺の手を引っ張っる。
ツキの視線の先には鍾乳石状の虹色に輝く巨大な宝石の氷柱があった。
抱きついても、後ろに手が届かないくらい直径は大きい。
何だよ、問題なんて起こらないじゃん。
ただただ楽しい時間だけが過ぎていくだけやん。
今が何時なのか外の状況が分からないけど、時間を忘れて楽しむなんてこの世界きて初だよ。
俺たちは、何も考えずにこの幻想洞窟を満喫していた。
そんな時、俺はふと思い出したかのように声を漏らした。
「あっ」
「どうしたんっすか、ルキさん?」
突然歩みを止めた俺にゴーが尋ねる。
「はしゃぎ過ぎた……」
「どうしたんですかルキ様ー! 楽しくていいじゃないですか!」
俺の胸中とは真反対のツキが、また珍しいもふもふな生き物を捕まえて走ってきた。
確かに、楽しいことは悪ではない。
でも、この状況は最悪だ。
迷ったら出られない、吸血鬼の存在する洞窟で無防備にもはしゃぎ過ぎた。
いや、恐怖故にあえてはしゃいだ節もあるけど。
それで最悪の状況になっては本末転倒。
俺たちは分岐点も気にせず、印もつけずに適当に進み過ぎたのだ。
「迷ったかも」
「「あっ」」
その一言で、ツキとゴーも我に返った。




