43 日本人の誰しもが風呂好きだと思うな!
「ルキ様、寝る前にお背中をお流しします」
ツキは何を言っているんだ?
今から寝るんだぞ?
寝るのに前も後もない、睡眠大事。分かる?
しかし、そんな俺の意思とは裏腹にツキは毛布代わりのローブを剥ぎ取り、寝るために横になっていた俺を抱き抱えた。
ワオ、力持ち——…って違う!
そうじゃない!
な、何をする気だ!?
俺はお姫様抱っこされながらジタバタともがくが、ニコやかなツキは表情を一ミリも変えない。
何この子!?
その細腕のどこに筋肉を隠しているんだ!
俺はすぐ隣で横になるゴーに視線を移すが、ゴーは巻き込まれまいと毛皮を頭まで被せ寝たフリをしている。
肝心な時に、こいつはいっつもこれだ。
「ツ、ツキ! もう夜だし今日はいいよ」
「ダメですよルキ様。ルキ様も女の子なんですから、そこの寝たフリをしている不潔ゴリラみたいなことしちゃ」
「いや、でもな」
俺はお風呂という物があまり好きではない。
理由は単純で、面倒くさいから。
そんな時間があるなら、1でも多くネトゲの経験値を稼ぎたい派だ。
だが、今現在そんなことははどうでもいいとすら感じる。
なぜなら、大きな問題が二つ存在するからだ。
一つは根本的に現代日本の文明を知っている以上、あったかいお湯があるならまだしも、夜に冷たい湖で体洗うとか、普通に嫌ということ。
二つ、これがいちばんの問題。
なんせ今、ツキが後ろで衣服を脱いでいるのだ。
寝床から湖まで、そう遠くは離れていない。
衛生面で汚れや汗、泥等を落としたいのは分からなくもないんだけど。
その辺は今までうやむやにしてきたのに——っ!?
「ルキ様、服を脱がしますよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
肌着姿のツキが俺の服の裾を掴みかかってきた。
ちょっと待ってくれ。
心の準備が、とか言ってる場合じゃない。
ツキは案外着痩せするタイプだったか。
うん、そうじゃない。
「マジで湖に今から入るの?」
俺はツキの方を見ないように気をつけながら問う。
「ダメですよ?」
なんで笑ってるの? 何がダメなの?
意味わからん。
「あのさ、乾かしたりとか、大変じゃない?」
女の人は髪の毛を乾かすのが大変と耳にしたことがある。
この理由なら。
「大丈夫です、私に任せてください!」
ツキは右手を軽く上げると、手に風が纏い髪の毛がふわふわと舞った。
ダメでしたか。
というか、いつの間にそんな繊細な魔法を!?
クッ、ならせめて……。
「水浴びはするから、別々でも」
「ダメです」
ツキは即答だった。
この感覚、つい最近味わった気がする。
ゴーの村の戦勝祝いの宴で餌付けされた時と一緒だ。
有無を言わせない圧力をヒシヒシと感じる。
というか、本当になんでツキは笑ってるの!?
「女の子同士、恥ずかしがる必要ないじゃないですか?」
「いや、あのな」
「それに、背中とかは自分じゃ届かないじゃないですか」
「……そ、そうですね」
どしよ、宴の時とは比にならないピンチだ。
俺はせめてもの抵抗でゆっくりと着ていた服を脱ぐ。
「はぁ〜、ルキ様の髪も肌もすっごく綺麗ですよねぇ」
「……」
怖い。
ツキの息遣いが荒くなり、ギラギラした瞳で俺を見ている。
案外、人の視線ってわかるもんだな。
「じゃ、行きましょうか!」
「……はい」
親代わりとは、リーダーとは、威厳とはなんだろうか?
自問自答するが、一生答えが出ない問題だな。
ツキは全てを曝け出しているすっぽんぽんな俺の手を引いて、ゆっくりと湖に足を運んだ。
手を引き前を歩くツキはタオルで体を隠しているみたいだから、一応女の子としてその辺の羞恥心はあるんだということに少しだけホッとする。
しかし、それも束の間の安心だった。
「ゴリラ! 覗いたら殺しますからね!」
湖に入るや否や振り返り、寝ているゴーに向かってツキは声を張る。
……怖い。まじで怖い。
夜空を映す湖の水面に、ツキの覇気によって波紋が生じる。
満面の笑みとは裏腹に、声に穏やかさを感じない。
今から俺、ツキに背中洗ってもらうんだよね?
大丈夫? 背中の肉とか抉られない?
「ツ、ツキ?」
「さ、ルキ様。洗いますよ」
「あ……はい」
——俺の背中に対する不安は杞憂だったみたいです。
——ツキは包み込むように優しく丁寧に俺の柔肌を洗ってくれています。
——他人にやってもらうというのは、少しこそばゆいし恥ずかしいけど気持ちが良かったです。
そうして俺の体の洗浄は終わった。
「あ、ありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「え? 何が?」
「なんでもありません」
ツキはニコッと笑みを浮かべる。
はぁ。
俺が終わったってことは、次はツキの番か。
このままツキの方を見るとタオルで前は隠しているとはいえ、濡れていたら透けちゃうよな。
反転させれば腰まで湖に浸かっているから、背中は見えちゃうけどお尻が見えることはないか。
自称紳士な俺は気遣いだってお手の物なんです。
俺は振り返るのと同時に、流れるようにツキを反転させる。
しかし——
「ル、ルルル、ルキ様!? わ、私は自分でやりますので!」
予想外にもテンパり始めたツキは、肩までバシャっと湖に浸かった。
そんなに拒否反応を示さなくても。
俺の精神体に10のダメージが入った。
ツキは冷たい湖に肩まで浸かったまま、頬を赤く染めて口を開く。
「その、ですね。ルキ様にやってもらいたくないってわけじゃないんですよ。そ、その、恥ずかしくって」
えぇ、それをツキが言っちゃう?
嫌がる俺を無理やり誘ったのもツキだし、”女の子同士”って言ったのもツキだよね?
確かに、俺も恥ずかしいけどさ。
ツキの背中を流せるかって聞かれるど、返事は渋るけど。
「じゃ、俺は先に上がってるね」
「あ、はい。私もちゃちゃっと洗っちゃいますから、待っててください」
「う、うん。わかった」
ふぅ、何がしたかったんだか。




