39 懺悔します、しません
「本当に申し訳ございませんでした!」
宴会で馬鹿騒ぎをした翌日の早朝、ツキの謝罪の声がゴブリンの集落に響いていた。
「いや、もういいって。別に怒っているわけじゃないし、謝んなくてもいいよ」
寝起きの俺の目の前で正座し、綺麗な土下座ポーズをしているツキ。
一向に頭上げる気ないツキ。
恥ずかしかったけど嫌ではなかったし、これぞ役得とか思っていた自分に罪悪感が積もる一方だから、とりあえず土下座はやめて欲しい。
俺はツキの肩をポンポンと叩いた。
「お酒に弱いのは仕方ないって。初めてだったんでしょ? これからは気をつければ、ね?」
「でも、でも……」
土下座するツキは耳を折りたたみ頭を下げながら、真っ赤に染まった顔を両手で隠している。
ルキ様に、あんな破廉恥なことをしちゃった。
はぁ、照れてるルキ様可愛かったな。プニプニでふわふわ——って、何を考えているんだ!?
懺悔しなくちゃいけないのに、邪な考えばかりが〜。
うぅ、嫌われちゃっていたらどうしよう。
顔を合わせられません。
心配の胸中にいるツキは、顔を両手で覆いながらゆっくりと上げ、指の間からルキの顔を見る。
当然、その視線には気付いた俺だけど、そこを指摘したらまた謝罪のループに入るから何も言うまい。
なんでこうなったか。
その原因はシンプルで、ツキは酔っ払っても記憶が残るタイプだったらしく、餌付けや頰ペロ、耳ハムハムに抱き枕等、昨晩あったことを全て思い出したからである。
そもそも昨晩のあれらはツキ曰くレヴィーラに対しての俺の反応の”罰”なのだから、謝罪は不要だ。
というか、本当に怒ってないから謝られても困るのだ。
「本当に気にしなくていいからな」
「……ホント、ですか?」
綺麗な黒い瞳をうるうると潤わせながら、俺を見るツキ。
何も悪いことしてないのに、俺が悪いことをしたんじゃないかって思ってきちゃう。
いや、泣かせたってことは俺が悪いんだな。
見た目は成長したとしても、ツキの中身はまだまだ幼子だし。
うん、俺が悪いな。
「ごめんなさい」
「えっ!?」
俺はツキに土下座をした。
一方でゴーはと言うと、近くで腕を組みながらニヤけた顔で俺とツキの事を交互に見ていた。
言ってしまえば、今回一番の悪はゴーと言っても過言ではない。
過言では、ないよな?
暴走気味になったツキを止めずに俺を見捨てた罪は重い。
うん、悪だ。
ゴーが悪い、悪の権化だ!
謝罪を要求する!
俺はゴーをキッと睨みつける。
しかし、ゴーは何故かニヤケ顔が大きくなった。
…………イラッ。
なんだあの顔。
ツキのことを慰めるなり、なんなり手伝ってくれてもいいだろ?
くそゴリラが、地面に埋めて置いてくぞ!
そんなことを考えていた時だった。
俺の想いが届いたのか、ゴーがツキに話しかけた。
「姉御、もうしちまったことは仕方ないじゃないっすか。まぁ、相手が男じゃなくてルキさんだったのは、気にしない方がいいっすよ?」
なんだこいつ、わざとか?
喧嘩売ってんのか!
それなら買うぞ、言い値で叩きつけてやるよ!
馬鹿にしやがって。
俺は再びゴーにガンを飛ばした。
が、案の定ゴーはとぼけるように視線を背ける。
そんな俺らが視線の攻防をしているとは知らないツキは、身を乗り出して反論を始めた。
「いえ! 相手がルキ様じゃなかったらあんなことはしま……せ…………ん」
再びツキの顔は赤く染まる。
勢いだけで喋り出したツキは、自分の言葉が墓穴を掘っている事に気が付いたのか、尻すぼみになっていく。
もう喋らなくていいのに。
ツキは悪くないんだから、もう黙っていなさい。
ゴーはツキの反応が面白かったのか、肩を揺らして笑っている。
「じゃ、じゃあ俺は最後に挨拶してくるっすよ」
「は、はあっ!?」
笑いながら去っていくゴー。
ってか、アイツ宴中にも挨拶回りしてたよな?
許すまじ。
俺は目の前で顔を伏せ、赤くなっているツキに目を向けた。
元は俺の失態、ツキだけが悪いわけじゃない。
不可抗力とはいえ、レヴィーラのおっぱいに顔をニヤケさせたのは事実だ。
俺は腹を括る。
「よし、分かった!」
俺はツキにぎこちなく抱きついた。
俺の体は小さく傍から見ればアンバランスだが、包み込むようにハグをする。
思った以上に恥ずかしいし、異性に慣れていないから不格好だ。
それに心臓の音が大きすぎる。
多分ツキにも聞こえちゃっているな。
でも、これなら両成敗になるんじゃない?
「こ、これでおあいこでいい?」
「い、いいいいや、あ、あのあのあの、ええええっとえと」
ルキ様が、私にハグ!?
俺以上に動揺し始めたツキを見て、俺は照れを忘れて顔を綻ばす。
本当、可愛いは正義だわ。
「さ、出発だよ」
座り込んでいるツキに手を差し伸べると、ツキはそれをジッと見てから邪念を払うように首を左右に振ってから手を握った。
「は、はいっ」




