38 負け戦と狂戦士
「美談のつもり?」
人間達の行動を黙っていていたレヴィーラは呟く。
本当に意味がわからないわね。
「殺さずに見逃してあげたことを、感謝して欲しいわ」
「ふっ、お節介をどうも」
残った騎士の一人がレヴィーラの言葉に相槌を打ちながらも覚悟を決める。
「すまないがお前ら、貧乏クジだ。一秒でも時間を稼ぐぞ」
「何を今更。最初からその覚悟はあったさ」
「おっさん舐めんな!」
お互いの顔を見合い、笑顔を浮かべるベテラン騎士達。
勝率はゼロ、万に一つも勝ち目は無い。
それを分かっているのにもかかわらず、笑っている人間達を見てレヴィーラは”人間ってホント戦闘狂ばっか”と心の中で呟く。
軽く言葉を交わし、最期を覚悟しながら残った騎士達は一斉に攻撃を仕掛けた。
後方にいる数人は魔法の詠唱を、前方では剣を振りかぶる。
しかし——
「もう飽きちゃった」
レヴィーラは斬りかかる騎士三人を尻尾と両手で掴んだ。
そのまま、近接戦に持ち込もうとする騎士の前へと持ち上げる。
盾のように扱われている仲間を無闇に攻撃できず、騎士達の動きが止まった。
「ま、人間の力が大したことないってのが分かれば、魔王様も許してくれるわよね」
「お、俺達に構うな! そのまま——…」
「あなた、うるさい」
レヴィーラは叫ぶ盾一号の脊髄を尻尾で絞め砕き、黙らせる。
その直後、詠唱を済ませた後方の騎士達が叫びながら魔法を飛ばした。
が、レヴィーラは尻尾で払うような仕草で炎を出し、魔法をかき消した
手にしていた盾達も不要になり、頭を握り潰してその場に捨てる。
「もういいでしょ?」
力の差は歴然。
まさに時間の無駄。
こんなことをする暇があるくらいなら、ルキちゃん達の後を追いかける方がよっぽど有意義。
それに、引き出せる情報もなさそうなのよね。
レヴィーラはため息を吐くように、口から濃い紫色の霧を吐き出した。
その霧は即効性も強く、極めて殺傷能力に特化していた為、徴兵が目的だったゴブリンの村では使っていない。
相手を弱らせながらも、圧倒的なパワーで押しつぶす。
それこそがレヴィーラの本来の戦闘スタイル。
今までのは、本当に”手始め”で様子見だったのだ。
そんな毒霧に飲み込まれた前衛の騎士も後衛の騎士も、皆が平等にバタバタと倒れ伏していく。
もちろん後衛で支援魔法を唱えようとしていた者も中にはいたが、それらは真っ先にレヴィーラの標的にされ命を落とした。
「まだ……おわ…………って……」
かろうじて息の残っている騎士が泡を吹きながらも地面を力強く掴み、レヴィーラを睨み上げる。
しかし、無慈悲にもその男の頭は兜諸共叩き潰された。
「ん? もう終わったわよ? 安心しなさい、そう時間が経たないうちにあなた達は胃袋の中に入れるから」
事実まだ息がある奴が大半だ。
それはさすがベテランの騎士と言わざるを得ない。
しかし、息があろうがなかろうが無意味なのだ。
レヴィーラがこれまで殺した人間達は、あえて血が飛び散るような形で惨殺されている。
そして、ここは数多の魔物が跋扈する危険地帯である大森林。
この数の餌を相手に、血の匂いに敏感の魔物が放っておくわけがないのだ。
レヴィーラは体をクネらせ、身を翻す。
「あぁ、ルキちゃん成分が足りないわ……」
そう呟きながら、自分が任された砦へとトボトボ帰っていった。
※
テレポート先は玄武騎士団本部の大広間だった。
エドガルドは剣を片手に空いている手を差し伸ばしている体制で、転送させられた。
「エドガー! 無事だったか」
声をかけてきたのは、サミドルだろうか?
何を言っているのかわからん。
「無事、だと? どこが無事なのか説明してもらおうか?」
エドガルドは剣をその場にボトリと落とし、サミドルの目を見て問う。
「サミドルは、無事に見えたのか?」
「は?」
「俺は守護者、玄武騎士の長なのだぞ! 先輩であり部下でもあるあの方達を見捨てて、何が無事か!」
エドガルドの頰を涙がつたう。
「いや、それ以上は言うな。あの方達がどんな気持ちで俺たちを逃したか——…」
「いつも怠けて、飄々としているお前に何が分かる!」
厳格で常に先導してリーダーシップを発揮し、自分の中に一本確かな正義を持っている男が涙するその光景は、運良く生き延びた未だ震えている周囲の人達の視線を集めるのに十分だった。
『死を無駄にするな』
もう、正解がわからん。
どうすれば、どうすればいいのだ。




