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37  虎の尾を踏む

 レヴィーラはエドガルドの口からルキの名前を聞き、口の端を吊り上げた。


 やっぱり、ルキちゃんか〜。

 ルキちゃんったら、私達の魔王様よりも早く人間に喧嘩を売っちゃったのね。

 しかも、一応人族の獣人を庇うだなんて、何か面白いことでも企んでいるのかな?

 あっ、そういえば、あの時獣人が一人いたっけ。

 ふふふ、もっと欲しくなってきちゃった。

 私のモノになってくれないかな。


 レヴィーラが何かブツブツと言っているうちに、エドガルドは指示を出す。


 今回だけは見逃してもらいたいところだが、隙は見せんぞ。

 いつ戦闘が始まってもいいように、指示を行き渡らせる。

 それを見計らったようにレヴィーラは口を開いた。


「もしかしなくても、ルキちゃんのことを不相応にも殺そうとしているでしょ」

「……」


 その言いぶり、やはり知り合いか。

 そう考察するのであれば、魔人ルキは魔王軍関係者と見て間違いないだろう。


 しかし、不可解な点もある。

 この森の惨状、攻撃跡とその先にいた傷だらけのレヴィーラの説明ができない。

 仲間割れ……って感じではない。


 どっちにしろ、こんなところに魔王軍の幹部がいることは見過ごせないんだが、予定を変更すべきか……。

 俺一人が引きつけさえすれば、実力を伴わない者の戦線離脱の時間くらいは稼げる。


 エドガルドがどう対処するかで頭をフル回転させて考えている時、レヴィーラは樹上からドスンと音を立てて飛び降り着地した。


「あのさ、わざわざ大人数で行軍しているところ悪いんだけど、ルキちゃんは私の(ペット)になるのよ?」


 頬に手を置き、首を傾け、わざとらしく困ったような笑みを浮かべ続ける。


「あなた達程度じゃルキちゃんに手も足も出ないと思うんだけどね、ルキちゃんが汚い人間に汚されるのは嫌なのよね。だからさ、ここで死んでくれないかしら?」

「な、なにを」

「最初にも言ったと思うけど、私、今、少し機嫌が悪いのよ」


 レヴィーラの纏う空気が変わり、深紅の髪が重力を無視して揺らめきだした。

 その様子を見て、すぐに戦闘態勢に入る討伐隊員。


「抜剣せよ!」


 相手から目を逸らさず、ずっと観察していたエドガルドは瞬時に判断できた。

 対応も早かったし、仲間達の動きも迅速で完璧だった。


 しかし、レヴィーラとの距離が一番近かった六人組の玄武騎士団員は既に生命活動を停止していた。


 一瞬だったのだ。

 六人は立ったまま、首より上が無くなっていた。

 何が起きたか、魔法もスキルも使っていない状態だと目視することもできない。


「うわああああぁぁぁぁーーーーっ!!」


 一人の冒険者が発狂する。

 それなりにランクを上げてきた冒険者は、皆が無策で突っ込む程馬鹿ではない。

 常に死と隣り合わせで、生きるか死ぬかの冒険者は相手の力量を見れば、ちょっとした未来視のように今後の局面がどう進むか分かってしまうのだ。


 魔王軍幹部の力の一旦を目にし、純然たる恐怖を叩きつけられた。

 勝率は皆無だと。


 しかし、逃げようにも背を向けて走ろうものなら殺される。

 どうしようもない。


 この時、要らぬ虎の尾を踏んだと討伐隊メンバーは気付いた。

 騎士団員はかろうじて踏みとどまっているが、冒険者の大半が逃げ腰だ。


 そんな様子をニヤニヤと一人高みの見物を指定いるレヴィーラ。


「あ、一人も逃すつもりはないわよ? そうね、手始めに——」


 レヴィーラは自らを中心に、周囲にいる人間全員が入るほどの広範囲な魔法陣を展開させる。

 その魔法陣を読み取った騎士の一人が声を上げた。


「第Ⅲ位階の”炎海”がきます! いや、規模を察するに第Ⅳ位階の可能性もあるかと!」

「手始めで第Ⅲ位階以上とは厄介な」


 エドガルド達の会話を聞いてか、レヴィーラは口の端を上げた。


「あれだけの物理攻撃力があって魔法の実力もあるのかよ!?」


 元々逃げ腰だった冒険者達、かろうじて踏みとどまっていた騎士達の過半数が脱兎の如く全力で敗走を始めた。


「はぁ、逃さないって言ったのに。紅蓮炎海(グレン・エンカイ)


 レヴィーラの宣言と同時に、辺り一面が炎で包まれた。

 スキルとして行使できる技をあえて魔法として時間をかけて放ったのだ。

 理由はシンプル、人間達の慌てふためく醜い様を見たかったからだ。


 エドガルド側の大半の人間は魔法の階位でレヴィーラに劣っている。

 それでも、第Ⅲ位階の使い手である玄武騎士団員数人と冒険者数人が支援魔法をかけた。

 しかし、縦横無尽に逃げ回る人達に魔法を当てるのは厳しく、十分な支援魔法がかかる前には身につけていた金属製の鎧が熔解し始めていた。

 皮膚は焼け溶け、血液は蒸発し、断末魔を上げて消えていく


 心が折れた時点で、彼らに耐え凌ぐ力は残っていなかったのだ。


 一撃の重さが段違いすぎる……。

 俺の雷は全力でも第Ⅳ位階、まだ生きている奴らだけでも退避させる時間を稼がなくては。

 エドガルドは地面に剣を突き刺し、叫んだ。


蜘蛛の雷(スパイダー・ボルト)!」


 炎海を展開する土台の魔法陣に、蜘蛛の巣のように稲妻を張り巡らせる。

 本来の用途とは違うが、直接魔法陣に同等階位の別属性魔法を当て、相殺させる。


「へー。人間の中でなら強い方を引けたかな?」


 レヴィーラは未だに余裕のある笑みを浮かべている。


 クソ。

 一撃で半数持っていかれ、士気は完全に削がれた。

 それに俺の全力を持ってしても、このままじゃジリ貧。

 もう、戦えるほどの力はこちらにはない。


「命令だ! 時間は俺が稼いで見せる。だから、一人でも多くこの場から撤退しろ!」


 エドガルドは乱れた呼吸を整え叫んだ。

 しかし、指揮をとる瞬間の僅かな隙を見逃さなかったレヴィーラは、エドガルドの頭部目掛けて尻尾をしならせた。


「あぶな——…」


 プシャーーッ!


 目の前で血飛沫が上がる。

 エドガルドを庇い、押し飛ばした部下の顔に穴が開き尻尾が貫通した。

 まるで時が止まっているかのように、鮮明に脳裏に焼きつかれる。


 またなのか。

 また……。

 俺に騎士の器はあるのか?

 部下一人守れず、恩人も守れず。

 醜い感情が溢れそういなる。

 駄目だ、こういう時こそ落ち着け。


 仲間の死を無駄にはするな!


「おい、総団長。いや、()()()!」


 心が乱れている最中に声をかけてくれたのは、エドガルドが騎士団に入った時から在籍していたベテランの先輩騎士達だった。


 って、他の者はどこにいったんだ!?

 振り返ったエドガルドの視界には、その先輩騎士達しかいない。


「ほ、他の奴らはどうしたんですか」

「非常用のテレポーターで王都に強制帰還させたぞ」

「何があるか分からないからな、持ってきていたんだよ」


 そう言うと、先輩騎士の一人が懐から長方形の黄色に輝く魔石を取り出して見せた。


「あとは、老いぼれ達の仕事だ()()()()


 エドガー——サミドルは茶化して呼んでいるが、このあだ名は騎士団に入ってすぐの頃、彼らにつけてもらった物だった。

 総騎士団長になってからはあまり呼ばれていなかったせいか、懐かしさを覚える反面、彼らの口ぶりから一抹の不安がよぎる。


「達者でな、お前達は俺たちの希望だ」

「後のことは任せたぞ!」

「ちょ、待ってくだ……」


 先輩騎士十数人はエドガルドが消えるその瞬間まで優しく微笑み、そして強制テレポートを実行した。

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