36 思わぬ相手との遭遇
「総団長、この大岩で止まっています」
「エドガルドさん。この辺も木々が倒されている以外特に変わった様子はないぞ」
……うむ、無駄足か?
この規模の攻撃を試し撃ちってことはないだろう。
何が目的だったんだ?
我々に対する威嚇のつもりか?
「とりあえず移動だ。この攻撃の発信源に向かうぞ! 続けて警戒も怠るな」
俺が全体へと指揮を出すと、昨晩の会議で”エドガー”と呼称したサミドルが震えながら木の上を指さし囁いた。
「おい……エドガー……上を、見ろ」
深紅の長髪に褐色の肌、整った顔立ちに抜群のスタイル。
それが人間だったなら、街を歩いているだけで男を虜にできる程の美貌。
しかし、それは人間ではない。
艶々とした鱗が光る黄土色で斑模様の蛇の下半身。
サミドルの指の先、その樹上にいたのは既視感のある魔人蛇女がいた。
「アイツは……」
「あぁ、おそらくお前の考えは正しい。手配書にあった魔王軍幹部が一人だろう」
しかし、何故だか手配書にそっくりな蛇女は傷だらけだ。
それにまだ眠っている。
今なら不意を突いて倒せるかもしれない。
だが、罠の可能性もある。
幹部が一人でこんなところにいるのは——…
この時、エドガルドの脳裏に魔人ルキが浮かんだ。
まさか、戦闘後なのか?
クソッ、どうなっていやがる。
子供のうちからこの力、成長しきったらどうなる?
今は、本物の幹部かどうかも怪しい目の前の蛇女よりも、魔人ルキの討伐が性急になってくる。
何はどうであれ、血気盛んな一部の冒険者が先走らなきゃ良いんだが。
そんな考え事が、フラグが、瞬時に回収された。
「こいつを倒せば英雄じゃね?」
「どっちにしろ、放ってはおけない。やるしかないだろ!」
短いスパンで高ランクになった冒険者は自信過剰な節があった。
それ故に、エドガルドの悪い予感は的中してしまったのだ。
二つの影、最近勢いのある冒険者パーティー”混沌”のリーダーと他一人が蛇女に向かって走り出す。
手柄を上げるべく、地位と名声を求めて眠っている蛇女に斬りかかる。
しかし、彼らの行動は最悪の事態を招くことになった。
たしかに蛇女は寝ていたし、身体中に傷を負っていた。
しかし、それでも魔王の幹部クラスなのだ。
二人でどうこうできる相手ではなかった。
蛇女は斬りかかった冒険者二人の頭部を、鞭のようにしならさた尻尾で寝たまま叩いた。
頭と体が千切れて頭部は横方に飛んでいき、体はそのままの勢いで木にぶつかる。
それは、あまりにも一瞬で呆気ない出来事だった。
「んもぉ、だーれー? 今少し機嫌が悪いんだけど!」
蛇女は目を擦りながら、いかにも寝起きな感じで喋り出した。
人を二人殺した後とは思えない程の脱力感、あくび混ざりの口調でエドガルド達を樹上から見下ろす。
「すまない、俺たちの仲間が突然斬りかかってしまったことは謝ろう。俺の名はエドガルド、この討伐隊の責任者、騎士団玄武の総団長である」
エドガルドの言葉を聞き、蛇女は人間達を冷めた目で見る。
「はぁ、これだから人間って嫌いなのよねー」
「……な、何がだ?」
「あんたさ、私たちの仲間、或いは魔物達が人を殺しにかかって分が悪くなってから謝罪したら許すの?」
「いや……」
「はあ? 馬鹿なの? 死ぬの? 都合がいいにも程があるんじゃない?」
蛇女は尻尾をプラプラと動かしながら、唇を長細い舌で舐める。
「これは忠告よ。下等で雑魚で劣等種族のゴミみたいな分際で偉そうにしてんじゃないわよ?」
蛇女の言葉に、エドガルド達人間は言葉を詰まらせた。
確かに、我らとて敵が謝罪したところで魔族を見逃すなんてことはしないだろう。
これは遊びではない。命のやり取り、殺しあいだ。
だが、ここで怒りを買ってしまうと部下の少なくない命が潰える。
後方からはヒソヒソと怯えているような声が聞こえる。
無理もない、相手は魔王軍の幹部だ。
今回は野良の子供の魔人討伐のつもりだったのに、いきなり魔王軍幹部と戦うことになるなんて。
これで恐怖を感じるのは仕方ないことだ。
黙る人間を見下ろす蛇女はため息をついた。
「はぁ。ま、どうでもいいけど。私はレヴィーラよ。あなた達が言うところの魔王軍の幹部よ。で、何の用?」
レヴィーラはエドガルド達をゴミを見るような目で見下す。
やはり、手配書……。予想通り幹部か。
一つ、希望があるとしたら奴とは会話が通じるという点だが。
「その前に、一つだけ聞かせてくれ。何故魔王軍がこんなところにいる?」
「そんなの一つに決まってんじゃない。この辺に拠点を作って、この辺の人間たちに侵攻するためよ。他の魔王達に対する牽制っていう意図もあるみたいだけど。私も詳しくは知らないわ、興味ないもの」
「……は?」
他の、魔王達だと!?
魔王は一人じゃないのか!?
こいつが、混乱を招くようなことを言っているようには見えない。
これがもし真実なら、早く国に伝えて災厄に備えなくては手遅れに。
魔王は一人じゃない。
さらにこの森にて魔王軍幹部が拠点を作っているなど、洒落にならんぞ。
「まぁ、私は”人間”とかいう害悪種族のことなんて眼中にないから、少し狙いを変えようかなって思っているんだけどね」
レヴィーラと名乗った魔王軍幹部は唇に人差し指を置き、何かを思い出すようにニヤリと笑う。
「で、何しに来たのよ?」
「俺たちはとある魔人の討伐だ」
「へぇー」
レヴィーラは一瞬顔の色を変え、目を見開いた。
が、それに気づいた人間はいない。
「ちなみにだけど、なんで?」
「第一に奴は魔族、魔人だ。お前を含め我ら人間に仇なす害悪種族、殺すべき相手だ!」
エドガルドは人間を害悪種族と言い切ったレヴィーラに、そっくり同じ言葉を返す。
しかしレヴィーラは顔色一つ変えず、フッと鼻で笑った。
エドガルドは負けじと続ける。
「さらに奴は、罪深き獣人如きを庇い、俺の部下を殺した。俺の権限と、人類の存亡をかけて必ずあの魔人は殺さなくてはならないのだ!」
「ふーん。ちなみにだけど、その子の名前は?」
エドガルドは喋るのを躊躇しなかった。
聞くだけ聞いて喋らないなんて結果で、奴が満足するとは思えない。
確かに目の前の蛇女も倒すべき相手だが、今じゃない。
なら、相応の情報だけ与えて見逃してもらうのが良いと判断した結果だった。
「ルキ・ガリエルだ」
ルキという魔人の素性と情報が、この日改めてレヴィーラ所属の魔王軍に伝えられた。




