34 エドガルドの原点——⑤
貴族、騎士になって最初にした活動は領民への挨拶だった。
だから俺は王国内の権力者で唯一信用に値する西方を担当する白虎騎士団マルティンの付き添いで故郷の地へと戻った。
挨拶といっても、そんな型式ばったものではない。
軽く挨拶しながら街を歩き回るだけだ。
裁判の状況は国民全員が見ていた。
この地の元領主であるフリバーンクが貴族位を失ったことも、裏での悪事も全てが公になった。
しかし、だからといって貧困民で成人もしていないポッと出の子供が北方の元締め候補として名が上がったことに難色を示す者が多数いるのも事実。
何しろ国民全員に見られていたのはフリバーンクだけでなく、王侯貴族批判をする子供も見られていたのだから。
だからと言っていいのか、俺はこうしてマルティンと一緒に挨拶回りをしている。
それが蓋を開けたらどうだ?
俺を批判する者は北方にはいない。
むしろ、皆が思っていたことをよく代弁してくれた、と称賛される始末。
彼らの都合いいその手のひらの返しっぷりに、正直俺は気分を害した。
「……黙れクソが」
「そうは言ってやるな。彼らとて自分が生きるために必死だったのだよ」
マルティンは苦笑しながら俺を宥めるが、そんなことは言われなくても分かっている。
頭では理解している。
俺だって、生きていく為に盗みを働いたりしていたし、貴族だけを悪く言える義理はない。
そんなのは百も承知だ。
でも、それとこれとでは話が違うだろ。
理屈じゃない、何かがあるだろ?
そう思考を巡らせ、嫌になった俺は視線を地面へと落とした。
ちょうどその瞬間に、後方から声がかかった。
「少年!」
振り返ると、そこには見覚えのある腰下のエプロンを付けた中年の男性。
事の発端となった酒場、そこで吹き飛ばされた俺に手を差し伸ばした店主がいた。
店主は有名で人気者なマルティンには目もくれず、俺を真っ直ぐと見据えながら脱帽して頭を下げた。
「あの時は、本当にすまなかった!」
「……」
戸惑う俺を無視して店主は脱いだ帽子を強く握り、後の言葉を続ける。
「本来であれば大人である私達が止めなくてはいけなかった。君の言葉を聞いて、気づかされたんだ。本当に申し訳ないことをした」
俺は戸惑いながらも、不貞腐れた様子でその店主を見ていると頭に手が乗っかった。
「素直に相手の声に耳を傾けるのも重要だぞ」
マルティンは優しく告げる。
手に握られている帽子とエプロンの裾には、これでもかってくらいシワができている。
それでいて、少し震えている。
そんな店主を見てか周囲の人たち、あの夜酒場にいた客達が一斉に頭を下げた。
「この謝罪は本物だ。分かるだろ?」
「……」
「謝っている人にはなんて言うんだ?」
「子供扱いすんな」
分かっている、見れば分かる。
この人たちの謝罪に嘘偽りが無いことくらい。
でも分からない、なんて返せばいいのかなんて分からないのだ。
俺は生まれてこの方、あの日まで謝罪なんてされたことがなかった。
だから、「なんて言うんだ?」なんて言われても。
「もしや本当に知らないのか? 答えなんてなんでもいいんだ。どういたしましてでも、なんでも。自分の言葉で答えればそれでいい」
俺はマルティンを睨み上げると、彼は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「き、気にするな……」
「なんだお前、照れているのか?」
「照れてねぇよ! 子供扱いしてんじゃねぇ!」
俺の頭をわしゃわしゃと掻き毟るマルティンの手を弾き、俺は早歩き気味でその場から離れた。
これは後で聞いた話なのだが、しばらく周りの連中は頭を上げなかったらしい。
次に、俺は一つの屋敷に案内された。
ここが王様が用意してくれた俺の拠点になる、らしい。
そして唐突に始まった、マルティンとの一対一の地獄のトレーニングが。
将来的に俺は北方の”玄武”の総騎士団長になるらしい。
だからこそ、仲間と民を守るために人一倍強くならなくてはいけないと言われてはいるが。
こんなのはただ一方的に痛めつけられているようにしか感じない。
木刀を握りしめ、高らかに笑うマルティンの顔は見ていて腹が立つ。
訓練初日に俺は言われた、”お前には才能がある”と。
これは嫌みでも嫉みでもない。
才能。
すなわち努力をしても凡人には追いつけない持って生まれた”力”である。
俺にはどうやら魔法の才能があるらしく、属性は”雷”だとのこと。
だからと言って、努力もせずに最初っから強いと言うわけではない。
その力を本当の意味で自分の力にして剣技を極めてこそ、己の持った才能が輝くんだとか。
だからってこの仕打ちは……。
「なんだ、もう弱音か?」
クソ。
この男は信用はできなくもないが、気に入らない。
俺は木刀を握りしめ、力一杯に地面を蹴った。
下段から上段に斬り上げ、後ろへと重心が移ったときに振り上げた剣を脳天目掛けて——
※
そんな訓練の日々が続き、俺は16歳の成人の日を迎えた。
俺は少しずつだが実力を上げていった。
もちろん、魔法の勉強も疎かにはしていない。
親を亡くした俺に対して、マルティン親戚の子供のように接してくれていた。
時たま顔を見せに来るベクスル王は、俺を親族同様に可愛がってくれた。
今では、あの時の酷い態度も改心しているつもりではある。
そんなたわいもない日常で事件が起きた。
俺を救い出してくれた恩人でもあり、家族を亡くした俺にとって祖父の様な存在になりつつあったベクスル王が暗殺されたのだ。
どうやら犯人は王からの信頼も強かったみたいで、隊長格の実力を有す同年代の獣人だったらしい。
騎士という守る立場になり、力も権力もそれなりに手にしたはずなのに、俺はまた大事な人を奪われたのだ。
当時は憎くてしょうがなかったが、今は真逆の気持ちしかない大恩人。
返しても、返しきれない恩のある王が暗殺されたのだ。
俺に久しくも再び憎悪の感情が芽生える。
この瞬間から、俺は獣人全てを敵対するようになった。
『獣人は魔族と同じ。残虐な存在だ』
「……ち…………て」
『俺がもっと強くなっていたら』
「だん……お…………い」
俺が——…
「総団長、起きてください!」
「あ、あぁ、すまない」
夢だったか。
昼寝なんて何年ぶりだったか。
目覚めの悪い夢を見たが、随分と懐かしい光景だったな。
「うなされていましたけど、大丈夫ですか?」
起こしに来た部下の騎士が心配していそうな表情で声をかける。
「大丈夫だ、問題ない。そろそろ作戦会議でも始め——…どうした?」
「いえ、その涙が」
普段は厳格な態度のエドガルドが涙しているのを見て、驚いた様子で告げる。
エドガルドは慌てて、しかしそれを悟られない仕草で涙を拭い、椅子から立ち上がった。
「見苦しいところを見せたな」
それ以上は何も言わせまいと圧をかけるような覇気を纏い、作戦会議用に建てられた大きなテントへと足を運んだ。




