33 エドガルドの原点——④
「只今より、先日の王都での暴行と落雷についての裁判を始める。説明不要かもしれないが、今この空間には結界が張り巡らされている。そのため、もし嘘偽りのある発言をすれば全身に”裁き”、電気が流れる。王の御前で嘘をつく愚か者はおらぬと思うが、正直に話すように」
裁判官の宣言で裁判が始まった。
裁判を行っているのは、王城の壁内にあるドーム状の建物。
建物内には俺達関係者と偉そうにしている裁判官、王と近衛数名と計20人弱が集められていた。
裁判について深くは知らないが、観客等は居ない。
少ないな。
そう感じていると、補足するように裁判官の一人が口を開いた。
「この度の裁判は映像を通して全国民へと状況を流されることになっている」
よく分からない、よく知らない。
しかし、どうやらこの公開裁判で国民にも証人になってもらう必要があるらしい。
「まず、三人の騎士に問う。あの日、君たちは何をしていた?」
「それは巡回ーーーーっ!?」
騎士の一人が答えている途中で、三人に電気が流れたのか一斉に叫び出した。
その様子に無機質な表情の裁判官は続ける。
「質問を変えよう。”はい”もしくは”いいえ”で答えなさい。君たちは先日、仕事をサボり領民から過剰に巻き上げた重税で酒に酔っていましたか?」
「いいーーーーっ!?」
「そこにいる少年、エドガルドの両親の死を笑い、公衆の面前で子供を袋叩きにしましたね?」
「いや、あれはーーーーっ!?」
その後も裁判官からの質問はいくつか続いたが、終盤では電流に耐えられなくなったのか全て肯定した。
正直、言葉が見つからない。
こんなことで、こんなことをして俺が許すとでも思っているのか?
これは、世間体の目を気にした貴族が評価を上げるためにやっているだけだ。
こんなので許してもらえると思っている王族貴族が憎い。
「次にフリバーンク卿に問う」
「お答えしましょう」
フリバーンク卿とは三人組の衛士の主人にして、エドガルドの住んでいる地域の領主だ。
卿は裁判中にも関わらず、どこか落ち着いた様子で応答する。
「卿には必要以上に領民に重税を下し、収められない者には拷問を、気に入った娘がいれば誘拐し犯した、という噂が存在しているのですが、真実ですが?」
「すいません、機密事項なのでお答えすることはできません。黙秘させていただきます」
フリバーンク卿に電気は流れない。
「では”王の間”での発言、卿の職務とは一体なんですか?」
「そうですね。領民から税を徴収し、土地を守り潤わすことだと存じておりますが」
フリバーンク卿には、またも電気は流れなかった。
こいつが嘘を言っていないのだとすれば、相当な馬鹿か根っからの腐ったクズかの二択だ。
俺の怒りは頂点に達し、飛び出して殴りかかりにいく。
今にも噛みつきそうな俺の姿はまさに狂犬の様だったのだろう。
そんな俺が一歩踏み込んだ瞬間、後ろに立つマルティンに羽交い締めにされ止められた。
そんな俺を見かねた能面のような裁判官が質問をぶつける。
「では少年、エドガルドに問う。なぜこんなことになった?」
……なぜ、だと?
こいつらは本気でそんなこと言ってんのか?
「俺の親は重税に苦しめられ、過労で倒れて死んだぞ。最初は国のため領地のために衛士が騎士達が頑張っているからと、怒りをぐっと抑えていたんだ。それなのに、そこのバカ三人は俺たちが死に物狂いで稼いだ税金で腹を肥やし、酒を飲んでいることに腹が立った。怒鳴ったら俺の親のことまで馬鹿にしやがったんだ。俺はそれが一番許せなかった。だから本気で殺そうとしただけだ」
「では、憎しみに駆られて衝動的に動いてしまったと?」
コイツ、何を当たり前のことを聞いてやがる。
俺は拳を握った。
「はあ? 何とぼけているんだよ! 言っておくが、俺はこいつら馬鹿とそこの無能領主だけが悪いって言ってんじゃないからな。無能領主に仕えるクズ全員、それを黙認しているクソな街の連中、偉そうにしているだけ、形ばっかり気にしてこんなクソ裁判を開くお前ら無能貴族全員に言ってんだよ! 王国の国民は全員馬鹿で無能でクズで芥だ! 貴族なんて、身分制度なんて糞食らえなんだよ!」
俺は腹の内を全て晒し、気付いた時には涙が頰を伝っていた。
それからしばらく両者に質疑応答のようなものが繰り返され、両者の判決が言い渡された。
「王国貴族にあるまじき行為により、只今を持ってフリバーンク卿は爵位剥奪、さらに禁固二十年を言い渡す。並びにフリバーンクの騎士にも同様、禁固刑を言い渡す」
「はあっ!? その判断、考え直した方がいいぞ裁判官殿」
今まで冷静だったフリバーンクが突然顔色を変える。
「まず、なぜ私の爵位が無くなるのだ。私がこの国でどれほどの影響力が――…」
「黙れっ!」
今まで黙って見ていた王が声を荒げて一喝した。
「貴様、まだ罪の意識が無いとでも言うつもりか! 家を留守にしたこの瞬間、我が手の暗部が証拠をすでに揃えているのだ」
怒る王の手には紙の束があり、それをバシバシと叩きながら続ける。
「税の徴収の割合とお前が国に治めている割合。所得の虚偽申告、闇取引に、希少種族の奴隷売買に麻薬密売。その他諸々。お前の影響だぁ? それはこの国の”影”に暗躍している影響だけだ!」
「……っ!?」
「私は嘘が大の嫌いである。今日いっぱいで国から”影”も消す! お前の領地は、今、この瞬間からこの少年、エドガルドのものだ!」
俺はその急展開に驚き目を見開く。
しかし、それは嬉しさからではない。
王国は貴族国家が故、俺のした発言は無視できないはず。
王族否定はそれなりの罪、最悪死罪すら覚悟していた。
そうして、俺が言葉を失っている間に裁判は終わった。
※
裁判が終わり程なくして、俺はマルティンと共に再び王の間に呼び出された。
「……お主には本当に辛い思いをさせた。これからも苦労はするであろうがな」
そこには、さっきまで確かに存在した『王』という存在感を一切出していない初老が疲れ果てた様子で玉座に座していた。
王の言葉に俺は返答しない。
それでも、王は続ける。
「それでなんだがな、先に述べたとおり、フリバーンクの代わりに北方の領地を収めてくれないか? 無論、今すぐでなくても良いのだ。お主は齢9歳にして、国の”影”足る部分を数多として見てきた。お主なら、民のことを一番に考えて行動できるであろう。そして王国騎士団の北方を担当する”玄武”に入ってもらいたいのだ。次期、総団長としてな」
王は長々と語ったが、要するに仇である貴族位を俺に与え、忌み嫌う対象であある騎士になれと言っているのだ。
はっきり言うが、そんなのはごめんだ。
マルティンはともかく、俺は貴族の国の中のトップに座している王を信用してない。
しかし、そんな俺の表情を読みとったのか王は続けて言葉にした。
「お前は辛い者の、弱者の、貧困民の辛さを、王国内の誰よりも分かるであろう? それを活かしてくれはしないか? お主の両親が亡くなったのは、王たる私の責任だ。でも、それを無駄死ににさせてはならんのだよ。私の考えはな、多少の差異はあるにせよ分け隔てなくみんなが笑って過ごせる国を作ることだ。お主の両親の死を無駄にしない、そのためにも、その経験をこの国のために使ってはくれないだろうか」
俺は答えを渋った。
それでも、付け加えた様な王の言葉が俺の心のどこかに引っ掛かった。
利用されているだけかもしれない。
大嫌いな貴族お得意の”表向き”というやつかもしれない。
そもそも、なんで貴族社会である根底を大否定しておきながら俺に領土を寄越すのかも分かんない。
疑問は尽きない、考えれば考えるほどおかしな点しか見つからない。
そう思考を巡らせても引っかかるのだ。
王は言った。親の死を無駄にするなと。
そして俺は決心した。
搾取される利用される、そんなのはまっぴらごめんだ。
しかし、俺に力があればどうとでもなる、と。
「わかった」
俺は俺が一番理解している。
これ以上父さんや母さんみたいな人を出さないために。
俺のような、俺たちのような貧困飢餓民を出さないために。
そして何より、大好きだった両親の死を無駄にしないために。
俺は短く返事をした。
こうして俺は自らが忌み嫌う貴族になり、仇である騎士になった。




