32 エドガルドの原点——③
マルティンは俺を竹のような素材で作られた車輪のついた不思議な形の椅子に乗せ、王の間へと案内した。
ここに国の一番偉い奴がいるのか。
ふざけたことを抜かしたら打ち首覚悟でぶん殴ってやる。
「失礼します」
マルティンの一声で壁のようにそびえ立つ大きな扉がギギギと音を立てながら開いた。
天井は高く、玉座まで真っ直ぐ伸びる真っ赤な絨毯。
贅の限りを尽くした装飾品の数々。
左右には近衛隊がずらっと並んでいる。
俺はマルティンに王の前まで椅子を押される。
「連れてまいりました」
そう言うのと同時に跪くマルティンに王が片手を上げる。
「よい、頭を上げよ」
こいつが王だな。
国の元締め、一番上の存在。
下民には見向きもしない無能貴族の親玉め。
「早速だが、先日雷を落としたのは君かい?」
王はマルティンではなく、俺の目を見て尋ねる。
対する俺は王の質問の意が分からなかった。
は? 何言ってんだ?
雷?
昨日のことは、目を覚ましてから全て思い出した。
しかし、その中に雷に関する事なんてない。
「……んだよ雷って」
俺はボソッと答えた。
そんな返答が気に入らなかったのか、王の隣にいる騎士が剣の柄を手にかける。
しかし、王はそれをすぐに止めさせ、髭をいじり出した。
「無意識か……。じゃあ質問を変えよう。なぜ騎士と街中で揉め事に?」
マルティンは促すように俺に頷いている。
そんな顔で見られても、答えは変わんないのに……。
「まず聞きたい。魔王が復活したってのは本当か?」
「無礼だぞ!」
さっき剣に手をかけた近衛の一人が怒鳴り上げる。
それを再び王は抑制した。
「よい、相手はまだ幼子だ。今は礼儀は無用だ。で、魔王と言ったな? 何故斯様な事を知りたいのだ?」
「確かめたかっただけだ。どっちにしろ、奴らは酒と女を俺達から巻き上げた重税で昼から遊び呆けていやがったんだ。重税に苦しみ過労で死んだ俺の親も馬鹿にした。お前ら、知らないとは言わせねぇぞ。特に愚王」
「「……」」
王の間が静まり返った。
それでも俺は玉座に座る初老の男を睨みあげ続けた。
「奴らをここに連れてこい!」
温厚そうに見えた王は唐突に血相を変え、大きな声で正面の扉に向かい声を上げる。
握られる拳は震えていて、誰がどう見ても怒りを露にしていた。
それにマルティンが従い、俺が座っている椅子を玉座の後ろまで押す。
間も無くして音を立てて大扉が開いた。
そこには俺をボコボコにした拘束されている三人組の衛士と、貴族っぽい身嗜みの計四人が立っていた。
なんであいつらもココにいやがる。
愚王の差し金——…
いや、それじゃあ拘束させられている理由がない。
「連れてまいりました」
新顔の近衛騎士が跪き報告する。
「面を上げよ」
王の声は明らかに怒気を纏っている。
今更何を——…と思いつつも、俺は息を殺してその様子を見続けた。
「なぜここに呼ばれたか、心当たりはあるな?」
「いえ、特にはございません。自分は自分の職務を真っ当しておりました」
「……本当か?」
「はい、誠にございます」
一番端にいる貴族は表情を一ミリも変えることなく淡々と答える。
「ふん。では、お主らは?」
王は三人の衛士を見据える。
「は、はい。先日の騒ぎの件でしょうか? しかし陛下。我々は街の警備の巡回中に突然子供に罵詈雑言を浴びせられ、殴られ、それでも飽き足らず陛下御身のことまでも侮辱されたのす。私達はその暴行を止めようとしたのですが、力足りず……。申し訳ございません、今度あの子供を見つけたらしっかりと教育致します」
「それは、誠か? 他に言いたいことはあるか?」
「ご、ございません」
「そうか」
は?
何言ってんだ、コイツら。
何が警備の巡回だよ、何が教育するだよ。
タダ酒飲んで大騒ぎするのが巡回ってか?
俺の親を馬鹿にしておいて、罵詈雑言を浴びさせられただと?
ふざけんのも大概にしろよ。
出鱈目言ってんじゃねえよ。
俺は我慢できなかった。
急激に血の流れが早くなり、体の内から針に刺されるような痛みに襲われる。
歯を食いしばり、唇から血が垂れる。
それでも俺は車輪付きの椅子から立ち上がり、玉座の後ろから飛び出した。
許さねえぞ、クズ供が。
俺は玉座に続く数段しかない小さな階段からジャンプして、そのままの勢いで一人の騎士をぶん殴った。
そのまま馬乗りになり、何度も何度も涙を堪え歯を食いしばって殴った。
「お前らのせいで何人が死んだと思ってんだよ! 何が巡回、何が警備、何が職務の真っ当だ! ふざけんのも大概にしろよ! お前らの仕事は税を引き上げ贅を尽くし、過労で倒れていく人間を酒を飲みながら嘲笑っているだけだろうが! 楽に死ねると——…なっ離せ!」
王はマルティンに指示を出し、衛士から俺を引き剥がす。
「へ、へいか……こいつれす」
「黙れ!」
王は堪忍袋の尾が切れたが、一つ息をつき冷静さを取り戻す。
「すまない、取り乱した。はぁ、とりあえず今から裁判だ。この少年の証言が嘘か真か、お前らの処罰もろとも決めさせてもらう。虚偽の発言はできないと思え。連れて行け」
「「はっ」」
衛士とその主人はそのまま王の間を後にした。
王は何も言わずに立ち上がり、俺をチラッと見てから部屋を出る。
それに続いて近衛隊も出ていき、最後には俺と俺を抱えたマルティンだけが残った。
「裁判だと? 俺が嘘を言っているとでも言いたいのか?」
「いや、すまなかったな。あの貴族はもともと良い噂は聞かなくてだな、何度か調査したが尻尾をつかめず……。いや、これは言い訳だな。とにかく、本当に辛い思いをさせた。すまない。裁判だが、お前の胸の内を証言してくれるだけでいいからな」
それだけ言い残して、マルティンも部屋から出て行った。




