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30  エドガルドの原点——①

 北方騎士団”玄武”の総団長エドガルドが率いる大規模な討伐隊は、風を切り大地を鳴らしながら進軍していた。

 形態は乗馬ができない冒険者も当然いる為、騎士団員が前後で馬を走らせ、冒険者は中央にまとめて馬車や荷台へと乗せている。

 これだけの大人数での行進ともなれば、王都近郊では襲ってくる魔物も野盗もいるはずもなく、順調に事は進んだ。


 それ故に討伐隊が大森林の手前に着くまでそう時間はかからなかった。

 早々に拠点を設営し、本部となる大テントが建ち上がるとエドガルドは一人地図を広げる。


 皆が作業している内に、ルートの確認とクリスがまとめた手記の確認をしなくては。

 ふぅ。


 どかりと椅子に座り、目頭を押さえながら地図と睨みっこをするエドガルドは、疲労と寝不足からかそのまますぐに寝落ちしてしまった。


 ……


 …………


 ………………


 俺は夢を見た。

 それは、俺がまだ子供だった時の夢だ。


 幼い頃に両親を亡くし、一人で生きていく事を余儀なくされた俺は寝泊まりする場所も、食べる物もお金もない、そんな苦しい生活をしていた。


 生きていく為にはお金が必要だ。

 しかし、冒険者には年齢制限があったり、身元保証人のいない子供の働き口がなかったり等で、俺はならず者の悪ガキになった。


 夜中に酔っ払った人達から盗みを働いたりもしたし、弱そうな連中からの強奪だって厭わなかった。

 危険はあったが、そうでもしないと食事にありつけなかったのだ。




 そんな生活を送り続けていたある日のこと。

 俺はいつも通り昼から賑わう酒場に忍び込み、金品を持っていそうな奴を品定めをしていると衛兵の会話が耳に届いた。


「——なぁ聞いたかよ、なんか最近魔王が復活したらしいぞ?」

「——おいおいマジかよ」

「——大変だなこりゃ、勇者様を呼ばなきゃだな。ガハハハッ」


 奥に座る三人組の衛兵は金の詰まった袋を机にだだっ広げ、複数の女に囲まれながら昼から酒を浴びていた。

 俺は金、そして話の内容に動きを止める。


 街を守る衛兵が、守る為に税金をどう使おうが納得せざるを得ない。

 もちろん衛兵達の給料も税金から出るが、彼らが日夜街の警備をしてくれているからどう使おうが勝手だ。

 しかし、それはまっとうな衛兵の場合。


 魔王が復活した可能性があるにも関わらず、危機感はなく、周囲の人間にあえて聞こえる声量で喚く衛兵。

 無駄に恐怖心を撒き散らす衛兵。

 仕事もせず昼間っから酒に女に溺れる衛兵。

 俺たちの税金で豪遊する衛兵は該当しない。


 俺は腸が煮えくり返り、身を隠していたカウンターテーブル裏からバンッと音を立てて立ち上がった。


「俺の父さんも母さんも、お前らに払う重税を稼ぐためにたくさん働いた。街を守ってくれているからと必死になって働いた。そのせいで過労で死んだんだぞ!」


 一人の衛兵に飛びかかり、胸ぐらを掴む。


「俺は……俺は命をかけて守ってくれている()()()衛兵のために死んだ父さん達を、かっこいいと思っていたのに……まるで馬鹿みたいじゃないか! 父さんと母さんを返せ! お前達が殺したんだ。酒と女にしか興味のないお前達が。責任とってここで死ね!」


 パッシャーーーーン!!


 俺は衛兵が頼んでいた酒瓶を握り、頭をカチ割った。

 たかが子供の戯言だとでも思っていたのか、油断しきっていた衛兵の額から血が流れる。


「……ってえなあ!? んの、クソガキが」


 殴った衛兵に髪の毛を鷲掴みにされ、俺は宙に浮く。

 小さい子供だった、俺の拳は相手に届くことなく空を切る。

 ジタバタと暴れる俺を見て、血を流していない他二人の衛兵がゲラゲラと笑う。

 俺の頭を鷲掴みにしている騎士は、一発一発ゆっくりと重く腹を殴る。

 苦痛に顔を歪めようが、反吐を吐こうが止める者はいない。


 でも、そんな痛みよりも俺は悔しかった。


 くそっ。

 コイツらのせいで……コイツらなんかのせいで。

 なんで、俺らが血反吐を吐いてまで金を作って渡さなきゃいけねえんだよ。


 この時、俺には何の力もない無力なガキだとだと気付かされた。

 悔やんでも、悔みきれない。


 もっと他にもやり方があったかもしれないのに。

 両親が過労で死なずに済んだかもしれないのに。


 最後に衛兵は酒を口に含みぶっ掛け、俺を投げ捨てた。


「次舐めたことしたら、お前の親と同じところに連れていってやるからな」

「やっさしー」


 それだけ言い残し、衛兵達は金を払わずに店を出る。


 クソクソクソクソ——…

 俺の両親を馬鹿にしやがって。

 殺す。


「おい、大丈夫か坊主?」


 ギシギシと歯軋りをしている俺に、横から店主が手を差し伸べた。

 が、そんな手を握りたくもない俺は手を叩き怒鳴り散らす。


「俺に触るな! あいつらも、見て見ぬふりをしているお前らも同類のゴミだ、芥だ。お前らはこの現状を知っていて、あんな衛兵もどきごときに金を与えているんだろ! 馬鹿なのか? これじゃあ、ますますゴミが増長するだけじゃねえか! これじゃあ、俺の父さんと母さんが無駄死にじゃねえか!」


 俺は衛兵を追いに店を飛び出た。

 酒場の隣、武器屋の店頭に並ぶ剣をひったくり衛兵の後を全力で追った。


 あいつらだけは許さない。

 両親の死を馬鹿にした奴は、皆殺しだ。

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