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28  始まる宴

「我々の居場所を体を張って守って下さったツキ様。幹部の脅威から逃げずに戦ったゴー。そして、我らを先導してお守り下さっただけでなく、更なる強みへと導いて下さったルキ様。今宵は貴方方の為の宴でございます。盛大に盛り上がってくだされ!」


 その日の夜、グリノーンの申し出通り宴が開催された。


 ゴブリンの集落は、レヴィーラとの戦いでほぼ全てが吹き飛んでしまった。

 燃やされたというより、文字通り吹き飛んでいったのだ。

 誰かさんのせいで。


 一応簡易住宅が何軒か建てられてはいるが、森の中にポツンと穴が開いた不自然な広場がある、そんな空間へと変わっていた。


 更地と化したその広場の中央、そこで俺たちは今宴をしている。

 炎を高く焚き上げ、昼のうちに森から集めてきた木の実や果実、それらで作った飲み物。

 そしてメインの肉が大量に並べられている。


 この集落では今まで肉はご馳走で、滅多に得られない代物だった。

 ネズミ肉や野鳥の肉は量は少なくとも、ゴブ達にとっては御馳走の部類だ。

 なぜなら彼らは体も知能もあまり良くなかったからだ。


 しかし、今は違う。


 広場に並ぶそれなりに大きな魔物の数々。

 恐狼(ダイアウルフ)とも協力して狩りもできる様になったからか、飛躍的に肉の量が増えた。

 これからはもっと肉が身近な食料になっていくだろう。


 俺はそんなゴブリン達を見ながらふとグリノーンの音頭を思い出した。


「……俺が守ったのか?」


 助けたのはゴーだ。

 更なる強みと言っていたけど、それはゴブ達の努力の賜物。


「守れましたよ」


 悩む俺の隣に腰掛けているツキが、俺の独り言に返事をした。

 目が合うと、ニコッと微笑むツキ。


 良い子だわー。


 そう思った時にはツキは次の動きを始めていた。

 何の躊躇も迷いもなく流れ作業の様に俺の脇に手を通して持ち上げ、自らの膝の上に座らせる。


「……」


 薄々感じていたんだけど、今日の昼時にゴーが仲間になってからというもの、俺の傍から片時も離れようとしない。

 もうかれこれ六時間くらい?

 いや、嫌われるよりはずっといい。

 でもさ、ずっとピッタリとくっついているんだよ。

 懐かれてる……ってレベルではない。


 俺の脳裏に先日のツキの夫婦発言が過ぎる。


 別にツキが嫌いってわけではない。むしろ好きだ。

 でもそれは、恋愛的な感じじゃないと思うんだよな。


「ツキ? まだ怪我人なんだから——…」


 俺はツキの膝の上から立ち上がる。

 立ち上が……立ち……。

 ツキに両肩を上から押さえつけられて無理でした。


「私はルキ様を抱っこしていると早く怪我が治る体質なんです」

「どんな体質だっ!?」

「それと、言わせてもらいますけどね。あの淫乱女(レヴィーラ)に抱きつかれた時、ルキ様は良い顔してましたよね?」

「えっ……」

「抱きつかれるの、好きなんですよね? じゃあ私が抱きつきます。だから、もし、今度他の女であんなことが起きたら、タダじゃ済ませませんよ」


 ツキの抱きつく腕に力が篭る。


 こっわ。

 え、タダじゃ済まないって俺がか!?

 だって、レヴィーラの時は不慮の事故というか、別に俺が意図してやったわけじゃないじゃん。

 顔がニヤけたのだって不可抗力というか、条件反射というか。


 そもそも、ツキの保護者が俺だぞ!

 なんで俺が保護対象なんだよ!


「姉御、もうルキさんを放したらどうですか?」


 ツキの締め上げが強まる中、救いの声が差し伸ばされた。


 もう一声だ!

 言ったれゴー、負けるなゴー、勝つんだゴー!


「これじゃ、せっかくの宴なのにルキさんが飲み食いできないじゃないっすか」

「私が飲み食いさせるので問題ないです。部外者は口を挟まないでください」


 え?


 サラッと冷たく突き放すツキに、ゴーの顔が引きつる。


「部外者って……。まぁ、程々にっすよ姉御。ルキさんも頑張ってくださいっす。俺ちょっと挨拶してきますんで」


 え?


 ツキの圧力から逃げ出すようにゴーが去っていく。


 ちょっと待て、待つんだゴー!

 さっき俺の脳裏には夫婦の二文字が過ぎったけど、そんな生温い状況じゃないと理解した。

 このままじゃ、完全に子供……否、赤子扱いされかねない。

 何がヤバイってツキの目がヤバイ。


 俺はゴーに助けを求めるが、見向きもしない。


「ルキ様。ほら、お肉ですよー。はい、あーん」

「いやツキ、俺は自分で食べ——…」

「あーーーーん!」


 こんな有無を言わせぬ強い”あーん”は初めて見た。

 もっと甘い体験なんじゃないの?


 もうここは大人しく言う事を聞くしかないのだろうか。

 俺は口を開け、餌付けされる。


 味?

 うまいよ。美味いんだけどさ、自分で食べたいんだよ。


 くっそ、周りの目線が気になる。

 こんな羞恥プレイは、早く終わらせなくては。


「美味しいですか?」


 笑顔だけど笑っていない気がするツキが俺の顔を覗き込む。


「……うん。すごく美味しいけど、あとは——…」

「あーーーーん!」

「むぐっ」


 俺は為す術なく、再び餌付けられた。


「ルキ様、逃げようったって無駄ですからね? 蛇女(ビッチ)への態度、私はまだ怒っていますから。今日は一日は私の言う事を聞いてもらいますよ」


 怖い。


 ゴーはお父さん(パミザ)と会話が弾んじゃっているのか、こっちを見向きもしないし。

 周りのゴブリンも何故か近づいてこようとしない。

 俺は俺を抱き抱えているツキを再度見る。


「……私は、まだ。怒っているんですよ?」


 次のツキは若干拗ねた感じで言ってきた。

 その態度はずるいと進言いたします。


 いや〜、俺チョロいっすわ。

 自分でも、思う。俺チョロいと。


「分かった。今日というか、この宴の間だけね? できる範囲で言うことを聞くよ」


 俺は敗北した。

 敗因はきっと、前世で異性に対しての耐性をつけなかった弊害だろう。

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