24 VS魔王軍幹部の蛇女——③
誤字報告をしてくださった方、誠にありがとうございます。
自分でも見落としていたので、とても助かりました。
「これ以上ルキ様を傷つけるのはやめて下さい! 私ならなんでもしますから!」
いきなり飛び出てきたツキの言葉に、レヴィーラは口端を吊り上げる。
「貴女に何ができるのかしら? もしかして、ルキちゃんの代わりにでもなるつもり?」
「……」
痛いところを突かれたツキは口を噤む。
「悪いけど、もうルキちゃんは私の物なの。死んじゃってたら同僚にでも頼んで蘇生してもらえるし、ね? あっ、その時呪いでも付与しちゃいましょうか。私の愛玩ペットにでもしましょうかしら?」
レヴィーラの言葉を聞き、ツキは鋭い眼光をぶつける。
が、徐々に力が抜けていく。
くっ、毒を吸いすぎてしまいました。
ルキ様がこんな奴に負けるなんて、死んじゃうなんてありえません。
だからこそ、私がルキ様の意識が戻るまでの時間を――
――息を吹き返した俺の目に最初に映ったのは弱っているツキの顔だった。
俺の鼻や口を両手で覆うように押さえ、震える身を寄せている。
「ツキ?」
「……ルキ様。おかえ……な……い」
所々火傷の跡があり、気化毒を近距離で浴び続けていたせいか顔色が悪いツキは、俺の安否を確認してすぐ眠るように倒れ伏した。
ゲイルは数秒の誤差って言っていたけど、その僅かな間にここまでボロボロに?
身を挺して、俺を守っていたのが見てわかる。
「ありがと。ちょっとだけ寝ていろ」
俺はツキを抱き抱え、自らの背に影の手を生やす。
それから素早く前方へ地を蹴るのと同時に、影の手で上方へと飛び上がり近場の木陰に身を隠した。
これ以上、戦闘の巻き添えにならないようにツキを横にし、頭を撫でる。
その瞬間、ツキの姿と死なせてしまったキリムの姿が被った。
原因はなんとなく察している。
また目の前で、親しくしてくれた者が死にそうにしているからだろう。
俺の未熟さが原因で、失うところだったからだろう。
「やっぱり、まだ生きていたのね!」
……まだ?
さっきまでいた所から、レヴィーラの笑い声が聞こえてきた。
「ルキちゃんにしんみりした顔は似合わないわよ。お仲間の獣人ちゃんは、あなたのせいじゃないのよ?」
なんの悪気もない無意識なレヴィーラの発言が、俺の怒りに触れた。
これの半分は逆ギレだ。
でも、押さえられそうにない。
こんな感覚を前にも一度、味わったことがある。
俺の逆鱗に触れた騎士達に対しての感情。
俺は甘えていた、舐めていた。
緊張感はあったつもりだけど、覚悟はなかった。
相手がいくら美女であろうと、魔王軍の幹部を務める存在であり俺の敵だ。
そんな存在と戦うという覚悟が足りなかったから、ツキがボロボロになった。
戦うとはどういうことか、思い出した。
「……………………オマエを殺す」
「なに? どうしたの?」
考えるよりも先に体が動き出す。
”憤怒”
煮えたぎる怒りの炎、黒炎が両の手を燃やす。
「何その変な色の火? もしかし——…」
レヴィーラが何か言っているみたいだけど、耳に入ってこない。
聞こえてくるのは鼓膜に響く早い鼓動の音と、サーッと体内を巡回する魔力の流れる音。
ただそれのみ。
なんとなく、今までと黒炎の感覚が違う。
しかし、それは些細な問題でしかない。
俺はレヴィーラへと一直線に飛びかかった。
俺の全力では、まだレヴィーラの速度は越せない。
動きを見られている、目で追われている。
でも、関係ない。
俺は拳を振りかぶった。
レヴィーラは大剣の腹を盾のように用いて俺の拳を弾こうとする。
しかし、案の定その行動の意味はなかった。
ゲイルに教えてもらえた通り、黒炎の威力は凄まじかったのだ。
盾の役割を果たそうとした炎と毒の大剣は、黒炎を纏う俺の拳が触れた途端に溶けだした。
その未知なる威力を前にレヴィーラは大剣を捨て、後ろへと滑り距離を取った。
何よ、あの炎は。
炎を実体化させた剣を溶かす炎なんて、聞いたことないわよ。
それにルキちゃんの傷が無くなっているのも……。
どういうこと?
レヴィーラは己の知らない未知の攻撃を危惧し、濃度の濃い黒霧を周囲に吐き散らした。
俺の視界に黒いモヤが生じる。
レヴィーラの黒霧が原因なのか、怒りで周りが見えていないのか分からない。
どちらにしろ、視界を半分奪われているのに変わらない。
そんな時だった、前へと進み続けようとする俺の足が不意に止まったのは。
右肩に何かが触れている?
いや、それはありえない。
ツキですら、近づいただけであの有様だったんだ。
ここにいるのは俺とレヴィーラだけだ。
「……もういいっすよ」
小さく硬い感触で、少し震える真っ白な手。
聞き覚えのある声。
「ここは我らが村、我らが居場所っす! 他所の者がボロボロにって戦っているのに、息を潜めて隠れている。そんなのは、格好悪いっす! 交代っすよ、ルキ様!」
俺の斜め後ろ。
そこには、震えつつも胸を張り覚悟を決めた目をしているゴーの姿があった。




