21 動き出す両陣営
結局、魔王軍の幹部様と戦うことになってしまった。
不幸中の幸いなのが、レヴィーラさんが配下を連れずに一人で来ていたことだろう。
数でゴリ押しにされたら打つ手がない。
俺はツキとゴブリン達にどこかに隠れるよう指示を出す。
巻き込まれたら、簡単に命を落としてしまうだろうし。
それじゃ、後味が悪いからね。
俺は戦局を予測する。
瞬きする暇もなく俺に絡みつくスピード。
攻撃の軌道を予測するのが困難な柔軟な尻尾。
それでいて、魔王の幹部だ。奥の手の一つや二つは持っていて当然だし、実力も折り紙付きだろう。
対して俺は転生してから間もないし、魔力のコントロールも疎かな様。
動いていない敵なら、死角からの奇襲ならまだしも。
それでもって、あの凶器だ。
集中力散漫で動揺しまくりな不安定な精神。
うん、俺の負け色が濃いな。
一応、死ねば復活できる。
耐性もつくし、完全の状態で復活する。
でもレヴィーラさんは言った『殺さない程度に殺す』と。
あの目はマジだと思うんだ。
「準備おーけーかな、ルキちゃん」
「一応……」
余裕の笑みを浮かべるレヴィーラの内心は、対峙するルキの事をかなり警戒していた。
あの子、私の束縛から簡単に抜け出していた。
そんなことができる程の魔人なのに、見たことも聞いたこともない。
私の本気には到底及ばないだろうけど、警戒は必要ね。
手は抜かないわよ、ルキちゃん。
レヴィーラはルキを可愛いだけの魔人ではなく、搾取されるだけの存在ではなく”敵”として認めたのだ。
「じゃあ行くわよ。よーいドン!」
こうして、俺と魔王軍幹部のレヴィーラの戦いの火蓋は切って落とされた。
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——時は少し遡り。
「今宵、我々は憎き獣人を庇護する異質の存在。魔人ルキ・ガリエルの討伐に向かう! 悪いがここにいる何人かは死ぬだろう。だがしかし、それは無駄死にではない! 栄誉ある人間としての死であり、その死は無駄にはならない! 魔人、魔族を絶つ糧になる。何があっても気を抜くな! 我ら人間に栄光あれ! 覚悟ができた奴から我に続けー!」
「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
玄武の総騎士団長エドガルドの号令で、優に100名を超える大規模討伐大隊が王都を出発した。
魔人一人屠るには、誰が見ても過剰戦力だった。
しかし魔人ルキ・ガリエルはエドガルドを怒らせてしまったのだ。
あの、悪夢の災禍を再び起こさせない為にも。
一方で、王都の住民達は軽くお祭り騒ぎ状態だ。
パレードのようにその出発式を盛り上げる。
集まる野次馬。
便乗して商売を始める商人。
水のように酒を浴びる飲んだくれ。
直接討伐に関わらなくとも、たくさんの人間がその場に集結していた。
「エドガルド総団長自らとか。魔人も気の毒だな」
「おいっ見ろ。あの冒険者パーティー”混沌”じゃね? 今、一番勢いのある」
「こりゃ勝利は揺るがないな。俺たち商人も、一時的とはいえこのビッグウェーブに乗るしかないだろ!」
人が集まり、少なくない金が動く。
この大規模な討伐が成功すれば、さらに金が動く。
王都にいる商人はやる気だった。
「だいたいよ、なんでたかだか魔人一匹にこんな人数を動員するんだ?」
「おま、知らないのか!? 相手は動かずにして玄武のカーネリア様率いる小隊を瞬殺にしたんだぞ? 魔王の新しい幹部じゃないかって噂もあるくらいだしな」
それを聞いて野次馬は目を見開く。
「誰だよ、そんな嘘みてぇな話流した野郎は。今回の標的って、この前突然王都に現れたっつうチビだろ?」
「そうだが?」
「おりゃは見た。あいつは弱そうらった」
「お前の言葉には説得力がないんだよ、酒樽ジジィ!」
——といった感じで、大いに盛り上がりを見せていた。
一人の騎士を除いて。
クリスは皆の出発式には出席せず、教会に出向いていた。
彼だけが知っている、奴の恐怖を。
皆は奴を軽視している節があるが、それは怠慢であり悪手だ。
だからこそ皆が無事に戻ってこれるよう、一人でも少ない被害の数で帰ってこれるようカタリーン教の女神に祈祷していた。
エドガルド総団長は信じろと言っていた。
あの方の実力は本物だ。でも、それは人間基準。
あの化け物に果たして人間が勝てるのか。
彼の不安は拭えない。
クリスは左手を胸に片膝付き、何度も何度も祈りを捧げた。




