19 嵐の前の静けさ
ツキとゴーを連れた俺は一旦村から出て、近場の木陰に隠れるようにしゃがみ込んだ。
ここなら、誰も見てはいないだろう。
「いきなりだけどさ。ゴーは夢を持ってるか?」
「夢、っすか……」
ゴーは俺やツキの顔色を伺いながら小さな声で喋り出す。
「一度でいいから、周りの目を気にしないで自由に何かに打ち込んでみたいっすね」
ゴーの口端が少し上がっている。
まだ明確にこれがしたいってのは無いんだろうけど、うん、いい表情になった!
「よしっ! じゃあ、これは提案だ。この一件が片付いたら、村を出て俺たちと一緒に来ないか? 仲間として」
「「えっ!?」」
いや、なんでツキも驚いているのよ。
なんか「私には勧誘なかったのに」とブツブツ言い始めたけど、それを尻目に俺は続ける。
「どうだ? 自由な旅に行かないか?」
「しかし不幸持ちの災いをもたらす色無しっすから」
色無しか。
ゴーはあまり村人に好かれてはいないようだが、一番ゴーを卑下しているのはゴー自身だ。
そして、俺は偽善者は嫌いだ。
手を差し伸ばして、それで救われる人を見て優越感に浸っている人を見ると反吐が出る。
それは何の解決策にもなっていない事を理解していないアホだ。
まだ私欲の為に何かしたっていう方が、見ていて清々しいと、俺は思う。
それに他者の力ではなく、自分の力で動こうとしなくては、自分の価値観を変えることはできない。
「いいか。ここからはぶっちゃけトークだ。お前はバカか?」
「えっ?」
「ルキ様!?」
「災いだの不幸だの、俺からすればなんだよそれって感じなわけよ。悪い方へばかり考えるから、成すこと全てが悪いって感じるんだ」
「そうは言っても、俺は行かないっすよ。俺は嫌いなものから逃げ出したとかって思われたくないんっすから!」
「嫌い?」
「いや、口が滑りました。嫌いというか好きになれない、です。自分は好きで色無しになったわけじゃないのに。ゴブリンの言い伝えに嫌われるくらいなら、自分から嫌いになったほうが……」
ゴーは俯きながら、俺の誘いをキッパリと断った。
まぁ、無理に勧誘する気はなかったから別にいいんだけど。
結局、ゴーの考えは逃げている気がしなくもないんだよな。
分からないわけじゃないけど。
「ま、そう思うならそれでいいや。でも、最後にこれだけは聞いてな」
「なんですか?」
もし、本当に不幸にあうだけのスキルだったら、嫌だけど強力ではない。
言い伝え通りなら、ゴーのスキルも強力なモノでなくてはおかしい。
きっとまだ、ゴーのスキルは開花していないのだろう。
「誰しもが不幸と幸福を生まれ持っている。スキルがどうのとか関係なく、一つの不幸に対して一つの幸福が訪れるようなバランスができているんだよ。お前のスキル【不幸】は、お前らゴブリンが思っているほど悪いモノじゃないと思うぞ」
俺は尻をパンパンと叩き立ち上がる。
「じゃ、戻るか」
「……はい」
「はい! ってそんなことよりルキ様、何で私には勧誘しな——…」
まだツキは根に持っているのか。
なんかゴーは負のオーラ出ちゃってるし。
はぁ。
とりあえず、もうお節介を焼くのはやめよう。
ゴーが自分で残るって決めたんだし。
※
それから数日後。
俺とツキはこの集落に訪れてから、毎晩毎晩食事を持て成されていた。
貴重な食事を譲ってもらって申し訳ないという気持ちと、徐々に逃げ場が無くなっていくプレッシャーで俺は灰になっていた。
「それにしても来ないですよね」
「だ、だな」
ツキは夜ご飯に出されたネズミ肉にパクつきながら俺の顔を見ている。
「ねぇグリノーン、本当に来るの? 気のせい、勘違いって可能性は?」
「間違いありません」
グリノーンはハッキリと口にした。
予定なら2,3日後に来た幹部の徴兵をお断りするって流れだったのに、もうかれこれ1週間くらい経っている。
時間が経てば経つほど、逃げ出したくなるこの心理的状況。
こんなに長居するつもりはなかったのに、なんで。
くそっ。
そんな気分を紛らわす意味でも、毎日暇を持て余しているゴブリンを見つけてはこの世界の情報収集をしたり、パミザの元を訪れて魔力感知を学んだりとしていた。
だから、退屈はしていない。
これが唯一の救いだな。
何もせずにはいられない、そんな感じだ。
そうこう考えていると、呪術師パミザの家の周りにゴブ達が集まり始めていた。
「どうしたんだ?」
俺達はゴブリンをかき分けて家の中に入る。
するとパミザが一言。
「とんでもない魔力がこちらに真っ直ぐと向かってきています」
「ん? あ、本当だ」
俺が魔力感知できる範囲はまだかなり狭いし荒い。
大体、半径100メートルくらいだし正確性がない。
実際ここまで狭いと目視できちゃうけど、それは言わない約束——えっ!?
俺の魔力感知でも分かるってことは、100メートル圏内じゃない!?
緊張感のある嫌な空気が背筋を刺す。
しかし、俺には疾うの昔に逃げだすという選択肢が潰えていた。
だからこそ、この日のために準備してきたものをがあるのだ。
頭の中ではシミュレーション済み。
俺は素早く指揮をとった。
「村に松明を! 暗闇じゃ分が悪いから、急いで!」
「「はい」」
「物見櫓に行って周囲の確認と報告!」
「「はい」」
「余った奴は作り直した柵を確認した後、槍の準備を!」
「「はい」」
ゴブリン達の動きは素早く、皆テキパキと動き出し指定の位置についた。




