17 ゴブリンとの出会い
意気込んで飛び出した俺達だが、現在、集落に向かう途中で武装したゴブリンに囲まれていた。
貧相な緑色の小柄な体に服の原型を留めていない布切れを纏い、刃こぼれしている見るからに切れ味最悪な槍を小刻みに震わせながらこちらに向けている。
囲まれているんだけど、脅威を感じないな。
「な、何用でこちらにいらしたのですか? 襲撃でしょうか? 徴兵でしょうか?」
ゴブリン達の後方、頭に鳥類の羽で作られた冠をかぶるゴブリンが話しかけてきた。
おそらく村長とか族長とか、その辺だろう。
「そちらの獣人の方はともかく、貴女様からは尋常ではない魔力を感じ取れます」
俺はフードを脱ぎ、質問に答える。
「少なくとも俺達の目的は襲撃でも徴兵でもない。たまたま見かけたから寄っただけだ」
「……左様ですか。では、そちらの獣人の方も?」
「俺の仲間だ。基本的には、俺はゴブリン達と敵対するつもりはない。武器を向け続けるのであれば、話は別だけどな」
「っ!?」
村長と思わしきゴブリンは慌てた様子で「下ろせ」と告げ、槍を下させる。
別に脅したつもりはなかったんだけど、結果的には脅した形になってしまった。
でもまぁ、友好的というよりは敵対はしないって感じと見ていいだろう。
「聞きたいことがある」
見窄らしい武装を解除したゴブリン達は、村に俺たちを招いた。
今いるのは、村の中で一番大きく、集会所としての役割がある建物だとか。
中にいるのは俺とツキ二人と、ゴブリン十数人。
「まず初めに、俺はルキ・ガリエル。見ての通り、魔族で魔人だ。で、これがツキ・サーク。獣人だけど、俺の唯一の仲間な」
「唯一の仲間のツキです」
胸を張って言うツキに、俺はジト目を向けた。
そこ強調せんでいいのに。
「左様ですか。私はここの村長をやっております、グリノーンと申します」
「でだ、少し聞きたいんだけど、なんでこの周辺には魔物がいないんだ?」
俺の言葉に周囲のゴブリン達は深刻そうな面持ちになる。
「はい。つい先日のことなんですけど、魔王軍幹部の一人がここに訪れまして」
「みんな逃げちゃったと?」
「はい、まぁ。どうやら、何か大掛かりな企みが実行されたとか何とかで」
うーん。
それで魔物達が逃げちゃったのは分かるけど、なんでゴブ達も深刻そうなんだ?
こんなに弱そうな種族なんだし、脅威が減ったと思えば良くなかろうか?
「なぁ。お前達は何にそんなに怯えているんだ? 魔王軍の幹部なら、魔人であるお前達の味方じゃないのか?」
「いえ! 味方だなんて!」
グリノーンが声を荒げる。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。
「すいません。我々ゴブリンなんて、奴らにとって使い勝手の良い捨て駒みたいなものですよ。下手すれば非常食といったところでしょう。そして、直に魔王軍の手の者が我々を徴兵に来るんです」
「うわぁ」
思った以上にシビアだな。弱者の肉を強者が食らう。
さすが弱肉強食の世界。そう、弱肉強食。
覚えたてのことだから、もう一度言おう。
弱肉強食だ!
怯えている理由は何となくわかった。
「お願いします! 我々とて無駄死には嫌なのです。平穏に暮らしたいだけなのに、人間は我々を見つければ殺しにかかり、魔王軍は我々を捨て石に。弱者に安寧の地なんてないんです。どうか、どうかお助けお願いできませんか? 貴女様の慈悲深くも強大なるお力を、私達に」
「ちょっ、待って! いったん落ち着け、あと離れろ」
グリノーンは頭を下げ、俺にしがみつきながら泣いて懇願してきた。
悪いけど、おっさんのガチ泣きはキツいって!
「はぁ。魔王軍はともかく、人間に襲われるのはお前らが手を出すからじゃないのか?」
「そんなことはあり得ませんよ! 少なくともウチの者は勝ち目のない人間を襲おうとは思わないです。強いて言うなれば正当防衛です。人間からは小鬼とか呼ばれていますけど、元々は森の番人で妖精です」
「そ、そうなのか」
妖精は無理があるだろ、と思うけど口にはしないでおこう。
ま、コイツらも種族が違うってだけで、ツキ達獣人とさほど変わらない感じだろうな。
でだ、なぜだか彼らは俺が慈悲深き強大な力の持ち主だと思っているみたい。
そんな視線に一抹の不安を感じた俺は、一言物申す。
「言っておくが、俺は善良な魔人じゃないからな? そんな見ず知らずの魔人を信じて、危機感大丈夫か? こう見えて、俺も世界征服を企んでふぉっ!?」
ずっと隣で黙っていたツキに脇を突かれた。
言っちゃダメなの?
俺は咳払いをして続ける。
「コホン。第一、お前達はなんで俺をそんなにも信用しているんだ? 俺よりも大きくて強そうなツキではなく、なぜ俺なんだ?」
「この村の呪術師の知らせで、貴女様と出会う前に魔力感知で調べはついておりました。その額から伸びる角の艶や形、立ち居振る舞いに身なり。そして、お連れされているツキ様のご様子を拝見して確信いたしました」
えっ、何を!?
角の艶ってなに?
身なりって、俺が裸体を隠すために作ったローブのことを言ってんのか?
てか、魔力感知だって!?
是非、教えを乞いたい!
「そもそもですけど、上位魔人ら高位の魔人の方々は我々ゴブリンの事を魔人として扱いません。あくまで使い捨ての道具なのですから。ルキ様に対してこれ以上信用に値するかどうかなど、考えるだけ無駄なのです。分かっていただけたでしょうか?」
俺が随分と好印象を抱かれてるってことは分かった。
褒められ慣れていない、チヤホヤされ慣れていないから、少し恥ずかしい。
けど、悪い気はしないかな。
「分かった。やるだけやってみる」
「ほ、本当ですか!?」
「その前に、報酬。見返りの話をしよう、な?」
「ルキ様!?」
俺のその一言に、ツキが前のめりに立ち上がるが俺は続けた。
「さっきも言ったけど、俺は善良じゃない。当然、見返りは求めるし、その権利は俺達にはある。さ、何を差し出す?」
正直、矛盾するけど何も差し出さなくていい……というか、望んだ物をコイツらが持っているとは考えにくい。
でも、体裁を整える必要がある。
もし、ここで俺が無償で助けちゃうと、次来たピンチに自分たちで争えなくなる可能性がある。
それに、報酬は何も物だけではない。
俺には彼らにやってほしいことがあるのだ。
「わ、私たちにできることであれば。何でも。私たちの忠誠をお送りいたします!」
俺は口の端をニイッと上げた。
作戦通りだな。
「よしっ! 契約成立ってことで!」
俺は膝まずいたままのグリノーンの手を握り、握手を交わした。
グリノーンはかなり戸惑っていたけど、ここに契約(仮)が結ばれた。




