14 おかしい、何かがおかしい
歩き始めて数時間、前方には超えるべき山がずっと見えているのに、俺たちは一向に近づけないでいた。
「ツキ後ろ!」
「は、はいっ」
戦い方を学びながらとは言え、この状況はマズい。
短めの脚に幅広な頭部、鋭く発達した牙を持つ四足歩行の魔物。
ツキ曰く恐狼という大きな狼みたいな魔物の大群に俺達は囲まれていた。
俊敏性に特化した連携をとる狼達に、影の手を使っても躱されてしまう。
魔法になれていない、魔力をコントロールできていないのが原因だろう。
恐狼がツキの背後から飛びかかる。
俺は飛びかかっている狼の尻尾を咄嗟に掴み、地面に叩きつけた。
「視野を広く持って! 死角をつくっちゃダメ」
「は、はい」
それっぽい事を言ってはいるが、俺だって戦闘の初心者。
これはツキの特訓でもあり、俺の特訓でもあるのだから。
今後、魔力の制御や基礎的な戦闘ができないと絶対苦労する——というか、死活問題だ。
ま、そうだとしても、これだけの数に囲まれちゃ訓練にもならないけど。
はぁ、しゃーない。
「ツキ、伏せて!」
俺の合図でツキは頭を抱えて地面に伏せた。
「黒炎!」
魔力制御ができていないせいか広範囲高威力の暴走気味な黒い炎が俺を中心に波打ち、波紋のように広がって周りの恐狼を一掃した。
ツキ達の村での際は、魔法が使える様になったって感じていたけど。
実際は、動いていない敵に火をつけたり、一直線に逃げる多数の敵を捕まえたり、焚き火をしようとして全て灰にしちゃったり、隠れて暗殺者まがいなことをして狩りをしたり……。
こんなのは、できたとは言わないよな。
恐狼が倒れたのを確認して、俺はツキに話しかける。
「で、どうだった?」
「んー、難しいです。魔法も小さな風が出せたと思ったら霧散しちゃったりとかで……」
やっぱ、魔法に近道はなさそうだな。
一朝一夕で使える様にはならなさそうだな。
「まぁ、地道に頑張って行こうな!」
「はい!」
楽観的な考えだけど、ツキは見るからに努力家タイプだし、きっと大丈夫だろう。
問題なのは、勉強ギライで飽きっぽい俺の方だ。
「とりあえず、今日中にあの山の麓まで行って野営したいかな」
「はい! 急ぎましょー!」
ツキは元気よく右手を上げ、「おー!」という掛け声と共に歩き始めた。
途中、群れから逸れたのか単体でいた恐狼や幼虫型の魔物ワームなどをツキ主体でなんとか倒しつつで、山の麓に辿り着いたのはすっかり暗くなってからだった。
肉体的疲労は俺には生じないが、精神面は別である。
元の世界では学校以外は自室から出ず、アニメとゲーム三昧だった俺には難がある。
冒険者を目指しているくせにインドア派。
登山、ましてや山越えとか心が折れそうになる。
もう、ぶっちゃけるとツキがいるから格好つけているだけだ。
はああああぁぁぁぁ〜〜〜〜っ、もー歩きたくなーい。
「そういえばルキ様はなんでリンピールに向かっているんですか?」
不意を突かれビクッとしたが、それを誤魔化すように答える。
「え、えーっと。あれだ、俺は魔人だけど冒険者に憧れていて?」
綿密に言えば、転生者が冒険者になって無双チーレムを謳歌する生活に憧れているんだけど。
まず、男じゃないし、山を吹き飛ばすくらいのチートもないし。
あ、これ手遅れなのでは?
「……ま、まぁそんな感じなんだけど、王都じゃ追い回される始末だし、ね?」
「なるほど」
察しが良くて助かるよ。
「それでね、知人に教えてもらった冒険者の始まりの街的な所で、亜人差別があまり浸透していない共和国内にあるリンピールに行こうかなって」
「……僕もなれますかね?」
「大丈夫じゃないかな。まぁ獣人だからって危害を加えてきたら、ギルドを潰す勢いで暴れるし、ツキは心配はいらないよ? 少なくとも、ツキが幸せになるまでは守るつもりだからな」
俺によくしてくれたキリムに代わって、その娘であるツキに恩返しをしないといけない。
親元離れて、家族や仲間と離れて俺に着いてきているのだから、保護者としてはツキは幸せになって欲しい。
不安気に俺を見るツキの頭を撫でながら、笑顔で返答する。
——がツキの様子がおかしい。
なんか、気に触る事言っただろうか?
俺が親代わりが嫌とか? 保護者面やめてと思われている?
「…………信じてますからね」
「ん? なんて?」
「はい? 何も言ってませんよ?」
ツキはそそくさと野営の準備を始めた。
気にはなるけど、まぁいっか。
どうやら今日のご飯はツキが作ってくれるみたい。
俺はというと、寝床と火の準備。
木を殴り倒し、焚き火を中心に丸太をベンチのように置く。
寝床はさっき倒して剥いでおいた恐狼の毛皮を敷き完成。
即席とはいえ、恐狼のもふもふな毛皮はかなり寝心地がいい。
ちょうどその頃、食材を採取し終えたツキが戻ってきた。
「すごいです、ルキ様。もうできたんですね!」
「まぁ簡易的だけどね」
「今からご飯作るので、しばらく待っててくださいね」
「あー、うん」
ツキは疲れていないのかな?
一日中森の中を戦いながら歩き回って、その後に料理なんて。
妙に生き生きしているのは、若さからか?
その理論で言うなら、俺も元気じゃないとおかしいか。
「なんか、夫婦みたいですね」
「うん——…うん?」
突然ツキが変な事を言い出した。
自分で変な事を言っておきながら照れている。
両手で赤くなった頬を隠している。
小さな丸い尻尾もフリフリと動かしている。
どういう感情?
「あのー、ツキさんや? 一応、俺はこんなナリでも女だぞ? あと、自分で言うのもあれだけど、ちんちくりんだ。母性溢れるボンッキュボンッならともかく」
「僕も……、私もまだちんちくりんですし、愛に性別とかは関係ないですよ?」
んー。ん?
おかしい、何かがおかしい。
俺は訝しげな視線をツキに送る。
「冗談ですよぉ。本気にしないでくださいよ」
それは本性、本音なのか?
普通、冗談で夫婦みたいとか言うか?
愛に性別かは関係ないとか言うか?
言わないだろ。
「なんですか?」
「いや……」
まぁ、一時の気の迷いだろう。
俺はツキの冗談案を飲むことにした。
そうこうしている間にご飯ができた。
手足の生えた変わったキノコと顔のある山菜のスープ、恐狼の串焼きが今日の献立だ。
見た目は不思議すぎる食材たちだけど、どれも美味い!
話を聞くと、ツキはお母さんの手伝いをよくしていたらしい。
それに比べて俺は、おばさん達に迷惑ばっかかけていたな。
はぁ……。
もう少し、孝行しておけば良かったな。
ご飯を食べ終えた俺達は少し雑談をした後、眠りについた。




