1-3 勇者再来
「以上が、今後の国政の編成となる。各大臣よ、しっかりと確認し、必要なものは引き継ぎを行うように、解散! 」
……全員が立ち上がれないでいる。頭がついていけないのか、皆一様に虚空を見つめている。
まあ無理もない、自分たちがやってきた仕事が明日から変わってしまうのだ。我ながら無茶を言っている。
「陛下! なぜ私が土木副大臣なのですか! 」
我慢ならなくなったのか、1人が叫び出した。うるさいやつだな、納得がいかないらしいが……ちゃんと説明をしてやるか。
「お、そうか、ちゃんと説明していなかったな、“元”穴掘り大臣。……なぜなら! 穴掘りは! 土木に含まれるからだ! 」
「しかしそれでは陛下からの賜った大切な仕事が! 」
「だから、それも引き継いでやれと言っているのだ! 逆に自分の仕事が穴掘りだけって辛くないのかよ! 他の者もよく聞け! これまでの体制ではこの国はほろびる! 命令に背く者は大臣とて容赦はせんからそのつもりでおれ! お前らも“元”盛り上げ大臣のようにはなりたくないだろ! わかったな! 」
皆一様に口を閉じた。流石にああはなりたくないのだろう。見せしめは抑止力の要だな。
「質問をさせて戴いてよろしいでしょうか、陛下」
お、頭の良さそうなやつがいるな、質問を許可しよう。俺はうなずいて見せた。
「恐れながら陛下、今回の改革は中央に権力を集めることが目的とお見受けいたします。そうであればなぜ、中枢機関は国王直轄ではないのでしょうか。各省庁の上に政策を吟味する機関を設けてはいかがでしょう」
なるほど一理ある。俺はコイツを試すことにした。
「余の政策のどこが不足している? 」
「今の状態では組織の最終決定までに時間がかかりすぎます。組織をもう一段階簡略化し、すべての決定が陛下の元に集まるようにしなければ、改革はなり得ません」
盲点であった。コイツは頭が切れるな、重宝せねばならん。と考えているとすぐさま他の大臣が叫んだ。
「これ! 下級貴族が恐れ多いぞ! 陛下こやつはまだ若く経験も浅いので、ひとつご容赦ください」
ほう、こいつは下級貴族なのか。
(黒、こいつは何者だ。)
(私は存じ上げません。目立った功績はない下級貴族のようです)
黒には有力な大臣の調査をさせているが、引っかからない程度のやつにしてはできそうだ、ちょうど良い。
「貴様、名は? 」
「私はディートリヒ・マンデルマンと申します。家は南の……」
「家など良い。ディートリヒよ、国家に一番必要な事はなんだ」
間を置いて、事もなさげにディートリヒは答えた。
「家柄に寄らない、有能な人材の登用にございます」
皮肉の効いた、良い答えだ。ちょうど良い、皆にも分らせてやるか。俺はディートリヒを指差し、宣言した。
「すべての王国機関の上部組織として`王室`を設置する。そして、ディートリヒ•ランデルマン、貴様は今日から国王直轄の王室に入ってもらう」
場内が騒めいている。睨んだ通り、この国の人事は家柄が中心になっているようだ。
「余の考えを先読みした具申。見事であった。皆の者聞け! これからは能力のあるものは下級だろうが上級だろうが、たとえ平民だとしても取り立てる! もちろん大貴族だとしても、改革の邪魔になるものはその身が滅ぶと思え! ……そうだ、今の言葉! 御触としてこの国のあらゆる町村に張り出せ! これは勅諭である! 」
どうだ! 改革はこのくらい徹底してやらないとな。我ながら良い案だ! 見ろ、あの大臣たちの唖然とした表情を!
「陛下……」
「ん? ディートリヒよ、どうした? 遠慮せず申せ」
「平民の殆どは文字が読めませんゆえ、あまり効果はないかと……」
え? もしかして学校とかもないの? 魔族でさえ思想統一のために最低限の読み書きはできるように学校を建てているのに! 徴兵の際はどうしているのだ? そうかだからこの国は軍隊もないのか。
うわ、恥ずかしい……
「みたいなね……、じゃあ後の指示は追って出すわ。解散……」
俺はまた冗談だった事にしてゆっくりと座り、静寂に包まれた場内を逃げるように後にした。
ああ、あの笑ってくれた奴。盛り上げ大臣だったのだな。クビにしなきゃよかった……。
俺は自室に戻り、今後の戦略を考える。
戸籍の創設後は予言の勇者を確保するための兵隊がいる。必ず捕まえるためには全国統一の警察機関が必要だ。
そうなってくると大規模な改革中に他国に攻められたら終わりだ。諜報機関が必要だな……。
「黒よ、この国に諜報機関はあるか? 」
「私が調べた限り、この国に諜報機関はありません。」
まあ、そうだよな。おそらく他の国の諜報機関も入り込んでいるだろうに。危機感のない国だ。
「では諜報機関は魔族で編成することとしよう。黒、魔族の中から諜報に向いているものを集めよ。」
「承知しました。しかし、常に城に潜んでいるのも難しゅうございます。万が一見つかった場合面倒かと。いかがいたしましょう」
「では、城の使用人として採用しよう。変幻ができる者を頼むぞ」
「承知しました。我一族より遣わせま……」
「王様! 危ない! 」
突然飛んできた声と光るものに俺は動けなかった。これは? 包丁か⁉︎
「お下がりください! 王様! こいつはスライムです! 」
お前は使用人の小僧!
「マモノがなんでこんなところに! 」
睨み合うタシパと黒、どうしよう。このスライムは俺の仲間だとは言えない。この小僧を亡き者にするか……
(どうにかしろ! 黒! )
「……きゅ、きゅーん」
は? 黒のやつ、急に弱々しく鳴き出したぞ……?
——そうか!
「待ってくれタシパ、こやつは裏庭で弱っておったので手当てをしてやっていたのだ。」
よし! 黒! なんか敵じゃない感じを出せ!
「……ぼ、僕は悪いスライムじゃないよ! 」
いいぞ! なんだかすごく敵じゃない感のある台詞だ! ……あれ? 小僧の顔がこわばっていく。
「……マママ、マモノが喋ったああ! 」
え! 魔物も喋るだろ! え? 喋らないの?
「こいつは危険です! きっと人間に化けてこの国の情報を仲間に知らせる気ですよ! 」
バレている! こいつ案外が鋭いな。
(おい! なんで喋るのだ! 黒! )
(仕方ないじゃないですか! 魔王様が! )
こうなれば、ヤケだ!
「落ち着けタシパ! このスライムはオウムスライムと言って、簡単な言葉ならオウム返しができるのだ! 」
俺は黒に強烈な目配せを送った。察しろ! 黒!
「え? ……え? あ、ボクハワルイスライムジャナイヨ、ボクハワルイスライムジャナイヨ」
ここだ! ハッタリで押し切る!
「ほらな! これだけしか喋れないんだけどな! な! 」
「本当だ……、ということは無害なんですね。よく見るとかわいいかも」
小僧は完全に警戒を解き、黒をつつきだした。
「そうだろ! なんか、かわいいよな! ここで飼うことにしたのだ! 」
「そうだったんですね、ボクってばてっきり……」
馬鹿でよかった!
「しかし、これは大発見です! 日頃のマモノ研究が実を結びましたね! 王様! 」
魔物研究? 木偶の坊はそんなこともしていたのか? いったい何のために? 疑いは晴れたが、木偶の坊の行動に奇妙な点があるな。
これは調べる必要がありそうだ。と思っていると扉の向こうから衛兵の声がした。
「陛下、お時間です」
助かった! このまま出るぞ!
「おおそうか、タシパ、これから会議でな、留守を頼むぞ。あとこのスライムのことはくれぐれも内密にな」
「はーい、誰にも言いませんよー。」
タシパが黒を手でこねているのを奪い取り、気の抜けた返事を信じて、私は中庭に急いだ。
さて、中央集権の第一歩は徴税だ。まずは王室の直轄領の徴税を担当している地頭どもを集めて、徴税権を取り上げる。素直な奴はそのまま使ってやってもいいが、地頭なんて仕事は、中抜きか賄賂がないと割に合わない仕事だ。何か仕掛けてくるに違いない。
「陛下、地頭が集まったようです」
衛兵に連れられて謁見の間へ急ぐ。さてどんな奴らなのか、俺は地頭どもの前に出た。
「あー……」
思わず心の声が漏れた。なんか、魔物みたいなやつもいるな。魔族の俺が言うのもなんだが、ガラが悪いな。
行儀よく座って殊勝な態度を取っているが、腹の中はどうだか。俺は地頭どもに宣言した。
「あー、皆のもの、これまで徴税の役務、ご苦労であった! これからは王国の徴税官が貴様らの代わりに徴税を行う、引き続き徴税の役務に付きたいものは徴税官試験を受けよ! 」
(いいのですか魔王様! そんなこと言って)
(受けても全員落とすに決まっているだろう。さて、どう出るか見ものだな。)
「よろしいですか王様」
うわ! すごい強面だな……もうバケモノだろこいつ、と思いながらも発言の許可を与える。
「ワシは地頭衆の頭をしております者です。今回の件、ワシらは構わんのですが、なに分ずっとこの仕事をしているもので、部下も大勢います。もし他の徴税官が出入りするようになったら、うちの若い衆が間違った行動を起こすかもしれません。例えば……その徴税官とかいうヨソ者を簀巻きにして町の外に埋めるとか……ですね」
全員がニヤニヤ笑い出す。王に向かって脅しとは、なんとも舐められたものだ、デクめ、こんな奴らをのさばらせておいたのか。頭が痛くなってきた。
「いかがでしょう、こちらも妥協しますので、明日またワシと話し合いをしてもらえないでしょうか。お互いにとってより良い形にしましょう。」
お互いにとって良い形だと? 寝言も良いところだ。しかし交渉をする頭はあるのか。いいだろう。
「よかろう、また明日、この時間に参れ」
「ありがとうございます。」
そういうと地頭どもはぞろぞろと帰って行った、余裕の笑みを浮かべながら。しかし終始馬鹿にした態度だったな。
(魔王様、いかがいたしましょうか)
(相手の出方次第だな。念のため暗殺ができるものを手配しておくか。)
しかしあの余裕な面は気になるな、交渉に自信があるのか。何にせよあの地頭どもは排除せねば……
「ご報告します! 城の前に野党が! およそ50人! 」
なんだと! 城に野党? ……ああ、なるほど、地頭どもの嫌がらせというわけか。やはり相当舐められているようだ、ここの王は。
俺は命令を下した。
「城の衛兵どもを集めろ、懲らしめてやる」
この輩ども、ここで潰しておかねば、ますます調子に乗るだろう。
「ワシが指揮をする! 直ちに集まれ! 」
——城門前、柄の悪い輩がニヤニヤしながらこちらを見ている。ここで脅しをかけて明日の交渉を有利に進めるつもりか。なかなか大胆なことをするな、地頭ども。
しかしここで全員捕まえさせてもらう!
「全員捕縛せよ! 進め! 」
俺の号令でゆっくりと進んでいく兵士たち、相手はこん棒で武装した野党だ。衛兵と野党では装備が違い過ぎる。数はこちらが上。これは楽勝だろう。とりあえず全員捕まえて首謀者を吐かせれば地頭は始末できる。力任せの戦略、所詮はヤクザ者ということか。
まあ、この程度の人数は……あれ? なんだかずいぶん手間取っているな、衛兵たちは。
というか、負けてないか? どいつもこいつも棍棒でボコボコにされている……。
なんで? 装備はこちらの方が上なのに……、そうか、実践経験が足りないのか。これは衛兵を鍛え直さなければ! ……ってあれ? なんか味方が逃げようとしている?
(魔王様、全員こっちに逃げてきます。)
何を冷静に報告しているのだ! どういうことだ? ここの兵士は輩より弱いのか? 俺は走って城に入っていく兵士の背中に叫ぶ。
「まて! 逃げるな! おい! 戦え! ……ええええ! 」
なんと門が閉まっていく……。王様がいるのだぞ! あいつら完全に逃げやがった!
「おい! あそこに王様がいやがるぞ! 逆らえないように少し痛めつけてやりな! 」
見つかった。輩どもが走ってくる……。足速いなあ……、あ、これやばいな。思わず剣を抜きはしたが、こちらは一人きり、しかもこの体では攻撃魔法も使えない。どうすれば⁉ 使える魔法といえば……こうなれば!
「ハサスッ! 」
うお! 意外と多く煙が出た! この煙で奴ら混乱をしている! ここだ!
「デドリム! 」
この幻惑魔法でしばらく眠ってもらう。この城の者には魔法が使えないことにしていたが、仕方あるまい。
オレはかろうじて立ち上がっているものを剣で軽く叩き眠らせた。魔法耐性がない人間は幻惑魔法に掛かるのも早い。
……それよりも! さっき城の門を閉めたやつを八つ裂きにしてやる! 絶対に許さない! 絶対にだ!
俺は城に向かって叫ぶ。
「開けろ! このやろう! 門を閉めたやつをズタボロにしてやる! 」
聞こえないのか、兵どもの反応が悪い。
「王様が、何か仰っている! 」
「ばか、お前、勝鬨だ! おおおおおおお! 」
ああ? なんかはじまったよ! 畜生! 俺は叫ぶ。
「違うって! 開けろ! このやろう! 」
「おおおおおおおおお! 」
誰も王の言葉を聞かない。俺はまた叫んだ。
「違うって! 聞け! おい! 」
「王様がたった1人で大勢やっつけた! 勇者だ! 勇者の再来だ! 」
「勇者! 勇者! 勇者! 」
巻き起こる勇者の大合唱で俺の文句はかき消され、叫び疲れたオレはもうどうでも良くなってしまった。
この事件後、地頭衆は反逆者として処罰され、王室直轄地には徴税官が設置された。この日の出来事以降、勇者の数々の伝説は、勇者唄の続きとして吟遊詩人により全土に広がり、勇者再来伝説として語り継がれることとなる。