2-9 宣戦布告文
一抹の不安を抱えながら、俺は天下を分ける大戦に臨むか止めるかの瀬戸際にいる実感がにわかに湧いた。
しかし考えようによっては今回の戦は勝ち目がある。新兵器の魔弓、北の国のジジイこと“猛将赤槍アレス“そして西の国の領主をこちらに引き込めば、戦力でこちらが上回るはずだ。
国を統一する前に膿は出し切っておいたほうが良いという考え方もある。
どちらにしても味方は多い方が良い。俺は早速、西の国について調べ始めた。
(黒、西の国の領主はどんな奴だ)
(はい、名前はケイ・ハリアンという者で、古くから西の国に住む先住民族の末裔です。その民族は勇者がこの国を建てるはるか前からこの地に住んでいるとのこと。勇者が反乱を起こし、国を盗った時も静観したようです)
(なぜだ? どちらかに味方はしなかったのか)
(それはわかりませんが、当時の領主と勇者との間になんらかの密約があったのではないでしょうか)
なるほど、ここの領主も曲者のようだ。
俺は取り寄せておいた西の国の本を読んだ。本よると、奴らはイェクサ族というらしい。その本にはこう書かれている。
“西の国は険しい山々に囲まれた山岳地帯にある。霊峰“グラン山”を中心に周りを渓谷が取り囲み、そこには太古の昔よりイェクサ族が住まう。彼らは獣を狩り、山の恵みを食べ生きる。
イェクサ族は自らと山の神との間に契約があると考える。
そのため、自らが行うあらゆる契約に於いて、履行できないことは何よりも恥ずべき事と考える。
イェクサ族は男のみならず、女、子供に至るまで全員が戦士である。
彼らは西の国に住んで以来、侵略をされたことがない。
その勇猛果敢で、死を恐れない戦いは、自らと山の神の間に、聖地を侵すべからずという契約を立て、勇敢に戦って死ねば神の元に行けるという考えに基づいている。
歴代の王が幾度となく征伐を試みたが、それは叶わなかった。西の国は侵すべからず。西の国と戦うべからず。“
記述はたったこれだけか。この本が書かれたのは、数百年前だ、その頃から恐れられていたということか。
城内にも西の国の出身の者はいなかった。ずっと昔から外との関わりを絶っているようだ。
と言うことは、西の国はまだ味方とは言えない。
至急何か手を打たねば。明日ディートリヒを西の国に派遣するか、いや、国王が直接言ったほうが良いか。悩みどころだ。
数日後、王室会議は始まるなり様子がおかしかった。俺は皆に聞く。
「ディートリヒはどうした」
おかしい、奴はこの会議を欠席したことがない。しかし、皆一様に奴の所在を知らない。
すると、扉の外から甲冑が揺れる音が近づいてくる。そしてまもなく扉が乱暴に開けられた。
「失礼します! 南の国の領主オットー・カールワ卿より宣言文が届けられました! 読み上げます! 」
少し焦りながら衛兵が文を読み上げる。
——宣言文
愚王ラムレス3世は人民のことを顧みず
いたずらに国政を弄び、国家の基盤を破壊するに至る
我々反国王貴族連盟はこの傍若無人たる国王を除き国家安泰の道を進む
現国王は即刻その王位を返上し、城を明け渡せ
さもなくば、王の首は城下にさらされることとなるだろう。
反国王貴族連盟
【オットー・カールワ】
【ガーズ・カールワ】
【アウグスト・ヒューデル】 ——
来たか。予想よりも早かったな。
それにしても清々しいまでに国王をこき下ろした文だ。
どれ、見てやろう。文を寄こすように衛兵に伝える。文をざっと読むと、やはり宣戦布告文のようだ。俺は返事を出すことにした。
「そのナントカ連盟に返事をせよ。お主らの待遇はできる限り改善するから謀反はやめよ、と」
もちろん言う事を聞くとは思わないが、この際だ。
「それと、その連盟に入っていない貴族に文を出せ、戦の準備をしておけとな」
連盟に名を連ねる貴族を見ても東の国と南の国が中心のようだ。西の国の貴族はまったく入っていないように見受けられる。
西の国の諸国を味方につければ軍隊は五分五分だろう。こちらには北の国のジジイもいる。
とはいえ、なるべく戦は避けたい。金もないし時間もない。と考えていると、文を覗いていたライナーが指をさす。
「陛下、ここです。ここをご覧ください」
俺はライナーの指の先を追う。
……そこには見覚えのある名前があった。
“ディートリヒ・ランデルマン”
「なぜ、ディートリヒが……? 」
思わず声が出た。しばらく考えてしまった。この文にこの名前があるのはおかしい。同姓同名の者がたまたまい居たのだろうか。
そして気が付いた。裏切られたのだ。信じたくはないが、まんまと裏切られた。
なぜだろう、沸々と怒りが湧いてくる。魔王時代にも幾度となく裏切られたことがある。今とは比べられないほどに。
しかしディートリヒ、奴は許せん。魔王の時から裏切りはあった。問題ない。問題はないが、なぜ裏切ったかが気になる。
反国王同盟がわが軍を圧倒する兵力を持っていて、勝ち目がないと踏んだのか。隠密の報告ではそのようなことはなかったはずだ。
ならば何故だ。あいつが裏切る理由がわからない。
「ディートリヒ……! 」
俺は思わず口に出していた。ライナーも口開く。
「やはり、ですか」
俺はライナーに尋ねる。
「何故裏切りがわかった? 」
「あの会議の時、東の国の裏切りよりも、南国の裏切りの部分に驚いていたからです。おそらく南の国の裏切りは最後までバレないと思っていたのでしょう。部下の報告でも、入念に隠蔽された痕跡があったとのことです」
「それもディートリヒが手引きしていたのか……」
国の中枢にいる人間が手引きをしていれば、こちらは気づかない。俺はライナーに再び尋ねる。
「ライナー、昨日はディートリヒのことを調べろと申していたな」
「そうおっしゃると思いまして、ディートリヒのことを調べてまいりました」
胸の内を見透かされているようで不気味だ。さすが隠密の長と言ったところか。
「どうであった」
「結論から言うと、ディートリヒ南の国と非常に強いつながりを持っています」
「強いつながり? 」
俺は説明を促した。
「まず、ディートリヒはランデルマン家の次男ではありますが、養子として迎えられています。ランデルマン家は長男がいるので養子をとる必要はないはず、なのにです。下級貴族で養子をもらうとはおかしいと思い調べましたところ、実はディートリヒはオットー・カールワの息子のようで、それを隠して養子に入ったと思われます」
「何か秘密があるのか? 」
「もし、ディートリヒが剣士サイガーの一人娘の子供で、サイガーの血筋だと考えると辻褄が合います」
剣士サイガーの? どういうことだ? 俺は思った疑問をそのまま口にする。
「で、あればなぜその事実を公表しないのか、サイガーの正統な後継者なら、なびく者も多いだろう」
ライナーは困ったように言う。
「そこなのです。これも私の推測ですが、オットーが息子のガーズを正当な後継者にさせたがっていて、ディートリヒの存在が邪魔になったのでは、と考えております」
「ならばなぜ奴はオットーの味方をしておるのだ! 」
俺は苛立って問う。ライナーは悪くないのだが。
「その理由こそが、南の国を突き崩す鍵となりましょう。引き続き探りを入れます」
ううむ、今は情報が少ない。戦場で直接会って聞くか。
今は反乱を沈めることに注力しよう。相手にディートリヒがいるとなれば、厄介な戦になるだろうからな。
第二章 国家騒乱前夜編 完
第二章は前半部分になります。後半も読んでいただくと、全体の構造が見えて、少し納得がいくと思います。
よろしくお願いします。