2-4 爆ぜる石
1時間ほど行軍すると、大きな門が見えてきた。あれは「巣」というより「砦」ではないか。やはり知能が高いゴブリンが相当な統率力を持ってこの砦を縄張りとしているに違いない。
立ちはだかるのは、見るからに強固な門と、そこまで続く一本道だ。ここまでゴブリンの気配は無いが、逃げ場が無い。もし中に入って待ち伏せをされていたら厄介だな。こちらは500程度の寡兵。アベリアを連れてくるべきだったか。
しかし、この戦、勝たねばならない。俺は兵に喝を入れた。
「聞け! 我が兵よ! 今日が初陣という者もおるだろうが、ゴブリンを侮るな、下等な生き物と舐めてかかると痛い目を見るぞ」
かつての俺がそうだった。人間を侮った結果、人間を率いて魔物と戦っている。不思議なものだ。
「貴様らは騎士ではない! 下級貴族、平民がほとんどだ。しかし、今日からお前らは兵士となる! 自分の領土にしがみつくあの騎士ではない、国を守る本物の兵士だ! 武功を挙げよ! まずは余が開く道を行け! 」
俺は魔弓を構えて強固な門にむけて放った。
ズドォォオオオン
この魔弓は特別に開発された大型魔弓。サファイアから絶対に一発以上撃つなと念を押された、威力特化の特別仕様だ。ゴブリンの集団をまとめて蹴散らすために持って来たが、砦の門を抜くにはちょうど良い。
魔弓のおかげで砦の門に大きい穴が空いた。兵士は皆、この圧倒的な火力に兵士は目を奪われていたが、その煙の奥、睨みを効かせていたゴブリンどもと目が合うと全員が息を飲んだ。ざっと数えて300は下らない。やはり待ち伏せされていたようだ。
「ウギャぎゃギャギャあああ! 」
醜い叫びと共にゴブリンが一斉に突撃をしてくる。もちろん織り込み済みだ。
「魔弓隊前へ! 」
訓練通り、魔弓隊は隊列を組み二段になって構えをとる。
「まだだ、まだ撃つな、引きつけよ! 狙いを定めろ! 」
ゴブリン達は一気呵成に迫ってくる。……今だ!
「放て!」
魔弓から放たれた光はゴブリンの群れの先頭を捉え、先頭のゴブリンは次々と倒れていく。何が起こったのかわからない群れは大混乱となった。
史上初の魔弓の一成掃射は成功したようだった。立て続けに号令を飛ばす。
「次射用意! 気絶した者は後ろに下げよ! 構え! 」
やはり何人か倒れてしまった。練度はまだまだということか。しかし数はまだ十分だ。
「放て! 」
二射目も群れの中心を捉え、爆炎が舞う。谷の一本道、逃げ場はない。ゴブリンは総崩れだ。ここで一気に叩くぞ!
「槍兵前へ! 突撃! 」
号令とともに控えていた槍兵が入れ替わり、雄叫びと共に突撃を始めた。
こちらは練度十分、鬼のアベリア教官に鍛え上げられた不屈の戦士だ。さすが士気が高い。あっという間に門までの一本道を制圧し、砦の内部に雪崩れ込んだ。
よし、巣の入り口までは制圧した。一旦隊列を組みなおし、少数で突入だ。ここまでは予定通り、消耗も少ない。このまま……、と、遠くの部隊に声に出して命令を飛ばそうとした瞬間。
地面が盛り上がり、爆ぜた。
何が起きた、爆発する魔法か? 魔術を使うゴブリンがいるのか。いや、それよりも兵を引かせなくては。
「下がれ! 隊列を組みなおせ! 」
俺は兵に命令を飛ばすが、一箇所に固まったところに爆発が起きたせいで、身動きが取れなくなっている。不用意に突撃をしてまったのだ。これはまずい、次の手を……。
その瞬間、集団の中に何か投げ込まれる。また爆発が起きた。あの石のようなもの、魔力を発している⁉︎
「陛下! あそこです! 」
誰かの声、その指の先に目をやると、ゴブリンが祈祷をしているようだった。馬鹿な! ゴブリンが爆発を起こす程の魔力を持っているはずがない! 石に仕掛けをしているのか? そんな石がこの世にあるとは、いやそれよりもゴブリンだ!
「誰か、あのゴブリンを射抜ける者はおるか! 」
俺の注文にすぐ魔弓隊の隊長は誰かを探し始めた。
「ミキーシ! あのゴブリンをやれ! あの高いところにいるゴブリンだ! 」
了解、という高らかな返事の後、魔弓が放たれた。矢は光を発しながら、まるで吸い込まれるように、高台にいるゴブリンの頭を貫いた。魔弓を放つたび、ゴブリンは1匹、2匹と倒れていく。俺は思わず振り向いて、その魔弓の主を見た。
そこには魔弓隊の制服を着崩した男がいた。男にしては長い金髪を掻き上げ、魔弓を肩にかけて、得意げにこちらを見ていた。目が合うとニヤリと笑い、俺に言った。
「陛下! 自分は、ミキーシ・ウェバードであります! 以後お見知りおきを! 」
たいした腕だ。覚えておこう。しかし労いは後だ。
俺は前を見る。そこには悲惨な戦場が広がっていた。巣の前までは制圧することができたが兵は半分ほど消耗してしまった。巣の中にどのくらいゴブリンがいるかはわからない、このまま引き返すか。いや、ゴブリン退治にボロボロの兵と共に帰ったら宣伝にはならない。俺は命令を飛ばす。
「負傷した兵士は手当てをしろ! 無事なものは余と一緒に巣に入るぞ! 」
ここは多少の無理をしてもゴブリンを制圧し、負傷兵を回復させてから帰るしかない。ゴブリンごときに苦戦して帰っては軍の名折れだ。俺は少数で洞窟の中に進むことにした。
洞窟の中は意外にも広く、まるで迷路のように通路が折り重なっている。こちらは20名程度、いずれも腕に覚えがある者を集めたが、分断されてはかなわない。
「気を付けろ! 必ず罠がある! お互いの背中を守りながら……」
と言いかけた時、また地面が爆ぜた。またあの石か! 部隊は大混乱に陥り、そこに岩が無数に降ってきた。次々に落ちてくる岩に逃げ惑う兵士。これはまんまと敵の罠にかかったようだ。
岩が止むと、軍団は見事に分断されていた。岩の向こうに兵士の気配はある。俺は叫んだ。
「そのまま引き返せ! 出口を探し、また体制を立て直す! 余もすぐ行く! 」
もう進むしかない。俺は勘に任せて進み始める。
歩き始めてから気がついた。何故かここに来たことがあるような気がする。道がわかる。この奥だ。この奥が最深部のはずだ。
道中、次々に暗闇から襲いかかるゴブリンを倒しながら、俺は進む。
進みながら違和感がちらついた。妙だ。ゴブリンは群れの大半を失っているはず。なぜここまでしてこの巣を守る?
ここにある何かを守っているのか。考えても仕方がない。進むしかない。洞窟の奥は一本道、その先にドアがあった。中からは魔物の気配。
(黒、部屋の中に数匹いる、わかるか)
(そのようです。ここは私が)
(大丈夫か)
(私とて魔貴族の端くれ、ゴブリンごとき魔物に遅れを取りません)
(そうだな。行くぞ! )
黒が戦闘用の姿に変化したのを確認し、勢いよくドアを開ける。予想通り、待ち構えていたゴブリンが一斉に襲いかってきた。
「ハサスッ! 」
挨拶代わりの目眩しだ。後は黒が片付ける。意表を突かれたゴブリン供は次々黒に気絶させられていった。
煙が晴れると、そこにはへたり込んだ一匹のゴブリンがいた。