2-3 ゴブリン退治
先日完成した魔力を射出する杖、これを魔力の弓、“魔弓”と名付けた。この魔弓は魔法適性が少し有れば使えるが、その人間によって射出できる魔力は個人差がある。
撃ちすぎると使用者は気絶してしまうし、一度に多くの魔力を注ぎ過ぎると壊れてしまう。
しかも大量量産が出来ないのが痛い、この魔弓はある特殊な素材が必要で、それはほとんど手に入れられない代物だそうだ。詳しくはわからなかったが、先代王の時代からわずかな量を備蓄していたものを合わせても20本作るのが限度とのことだ。
魔弓を軍隊に組み込む場合一斉に射出する20人くらいの軍団を束ねて運用していくようになるだろう。魔弓の数が少ない分、丁度良い魔力の持ち主を厳選する必要がある。
当面の課題は人材だ。首都の若者をもっと軍隊に入れなくてならない。
「それでは、軍隊の有用性を宣伝するために、ゴブリン討伐を行いましょう」
定例会議の最中、ディートリヒは志願兵を増やす提案をした。
「我が国の歴史書、ラムレス王国紀によりますと、初代国王ラムレス1世は若き日には領内のゴブリン討伐を行い、民の支持を得ました。このことは吟遊詩人により、子供や若者に広く知られています。その再現を行うことで軍隊の宣伝をいたしましょう。ゴブリン討伐は先代の王ラムレス2世も盛んに行っていて、その時も志願兵が増大したそうです」
なるほど、しかし、そう都合よくゴブリンの巣があるものなのか。
(黒、この辺にゴブリンの巣はあるか)
(はい、この地域のゴブリンは、洞窟ではなく山に巣を作ることが多いようです、この近くであれば3つ程あります)
ゴブリン級の魔物であれば討伐も簡単か、軍の訓練にもなる。俺はディートリヒに聞いた。
「よかろう、どのような作戦を考えておる。兵の消耗は少ないようにしたいがゴブリンとはどのように戦うのだ」
「私もそのように考えましたので、本日は学識を呼ばせていただきました。入りたまえ」
そう言うと扉の外に待たせていた者を呼びつけた。学識? 魔物に詳しい人間などおるのか、珍しい。
「おひさしゅうございます。陛下、フリッツにございます」
入ってきたのは、若い貴族の男であった。いかにも育ちが良く、武芸とは無縁といった感じの優男。
柔和な表情をしているが、目の奥は底知れない印象を受ける、”曲者”特有の雰囲気を持っている。
”おひさしゅう”と言うことは知り合いと言う事になるか。ここは話を合わせておこう。
「おお、フリッツ、久しいな、変わりないか」
「はい、本日は日頃のマモノ研究の成果を存分に披露いたしますよ。うふふふふ」
なんだか、気味の悪い奴だな。魔物研究などしているくらいだ。変わり者なのだろう。
「まずはゴブリンちゃん達の習性からお話しいたしましょう! 」
フリッツはそのまま、ゴブリンの習性や行動基準、効率的な駆除の仕方など、長々と説明をはじめた。終始何かに陶酔し、まるでゴブリンに愛情を注ぐように語っていた。
確信したが、こいつは変態だ。魔物を研究しすぎて、頭がおかしくなってしまったようだ。
「よって作戦はこうです。まずは囮を出し、外に出てきたゴブリンちゃん達を殲滅します。然るのちに、巣の中の残りを片付けるという寸法でございます。ゴブリンは定住をしないマモノなので、ある程度叩けば逃げていくでしょう。あ、いくつか検体を確保してくださいね。生け捕りが理想です。それから——」
説明が長いな。しかし、このフリッツとかいう男、ゴブリン供の習性を見事に言い当てている。余程魔物が好きなのだろう。なんにせよ、ゴブリンを追い払い、訓練ついでに軍の人数が増えるのだ。これは成功をさせなくては。
後日、国王自ら近くの村の外れにあるゴブリンの巣に進軍するため、一軍を引き連れて村に入った。歩兵を中心に編成された部隊だが、今回初めて“魔弓隊”を編成した。この戦で戦法を見極めなくては。
「ご機嫌麗しゅうございます。ワシはこの村の長でございます。この度はゴブリン供を成敗してくださるとのことで、村民一同感謝をしております」
挨拶をしてきたのは村の長だった。
「昔、先代の国王様にもお会いいたしました。二度も国王様にお会いできるなど、身に余る光栄でございます」
「そうであったか、その時もゴブリン退治に来たのか? 」
「いえ、この村に伝わるドラゴンの伝承を調べに来たようでした。その時はお忍びだったようですが」
伝承を調べに、か。先代の王は伝承や古典の愛好家であったという。だから古典研究に予算を多く割いていたのだろう。親子揃ってお気楽なものだ。
明日はゴブリンの討伐に向かう。ただ勝つのではない。人間の人気を得るため、完璧な勝利を演出しなければならない。
ゴブリンを駆除することはもちろん、兵も傷ひとつなく凱旋しなくてはならない。ゴブリンだからと言って甘く見ると手痛い目に会うだろう。ちょうど俺が人間を侮った時のように。
「陛下、すべての魔弓の整備が終わりました」
村長の次はサファイアだ。今回魔弓の初めての実践ということでこの村まで同伴することとなった。さすがに戦場には連れていけないが。
「あと、……はい、これは私が作ったラムレス様用の魔弓です」
そういっておずおずと差し出したのは、通常の魔弓より一回り大きく、装飾が施されたものだった。
ぶっきらぼうに渡されたかと思うと、サファイアは俺に再三念を押すのだった。
「いいですか! これは、ラムレス様のために作った”特別製“ですからね! 高威力ですが、まだ試作品です。絶っ対に1発以上撃たないでくださいね! 絶対ですよ! 」
さすが研究熱心だな。ありがたく使わせてもらうとしよう。
「そうか、ありがとう。これをお前だと思って持っていくことにしよう」
「なっ……! とにかく大事にしてください! 失礼します! 」
サファイアは顔を真っ赤にして出ていった。人間には変な表現に聞こえたか。魔族同士であれば臣下の信頼の言葉として通じるのだが。次からは言葉の選び方を考えるとしよう。奴はこの魔弓を開発できる唯一の人間だからな。
翌日、国王率いるゴブリン討伐隊が村を出発した。村人はその勇敢な姿に歓声を送り、勝利を確信しているようだった。
物見の報告によればゴブリンは谷の奥にある洞窟を巣にしているようだ。普通ゴブリンは知能が低いが、稀に知能が比較的高いゴブリンに統率され、人間にとって厄介な群れになる時がある。長い間駆除されていないところを見ると、統率しているゴブリンがいると見て良いだろう。
しかし低級な魔物であるが故に魔王である俺もよくわからない部分が多い、ここは聞いてみるか。
「フリッツ、群れを統率しているゴブリンには特徴があるのか? 」
「はい、陛下、体がひとまわり大きく、頭に飾り物をしているゴブリンがそうです。しかし陛下! ゴブリンの長がいるとなぜ分かったのですか! もしかして陛下もゴブリンに興味がおありですかな! 」
しまった。ゴブリンの生態に詳しいのは怪しいか。とっさに誤魔化す。
「じ、実は最近本を読んでな」
俺は後悔した。不用意な発言のせいで、フリッツから道中ずっとゴブリンの交尾についての考察を熱烈に語られながら、巣まで行く羽目になった。