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メイドは漸く骸骨の使用人たちに慣れた。
彼らは見た目こそ悍ましげだが、特に害意なども感じられず、与えられた作業にのみ没頭しており、動く置物だと思えば基本的には無害だった。
意図しないタイミングで鉢合わせてしまうと、叫声を上げてしまうこともあるので、そこだけが厄介なところだ。
しかし、彼らが悪いわけではないことは理解しており、仕事に精を出しているだけの姿を見て、脅えて竦み上がるのは気の毒すぎるとの自覚もあった。
メイドは、取り入れたお嬢様の洗濯物を収納するために畳んでいたのだが、お嬢様からの呼び出しが聞こえた。
「誰か居らぬか?」
「はいはい、ただいま参ります」
メイドは、自らの今の状況を相当にメイドっぽいなと自惚れながら伺候すると、お嬢様が怪訝な顔つきで彼女を迎えた。
「む? 何者ぞ?」
「へ? 誰か来たんですか?」
「メイドの声がするが……」
「なんか変だね」
どうにも噛み合っていない言葉を交えながら、互いの反応を窺うように見詰め合っていると、お嬢様が均衡を破った。
「貴様、メイドをどうした?」
「いや、あたしメイドですけど?」
お嬢様は、メイドが見えていない様子で、メイド本人を威嚇の形相で凝視した。
メイドにとっては、まったく心外のことであり、どうやって身の証を立てたらものやらと、狼狽するばかりであった。
「偽りを申すでない。メイドは頭に尻尾など生えてはおらん」
「そんなもの生えてませんって」
そして、お嬢様から、現状を打破し得る手がかりが放り投げられた。
「ああ、そういうことか。鬱陶しいから編んでみただけですよ」
メイドは三つ編みに結った自分の髪を肩から前に流し、指差すように説明を加える。
「隠し立てするとためにならんぞ?」
「では、メイドを呼んでまいりますのでお待ちください」
「うむ」
メイドは、ヘアゴムを解くと、せっかく綺麗に結い上げた三つ編みを、毛先のほうから解いていく。
「…………」
根元まで解くと、若干の編み癖が付いた髪を櫛で梳いて整える。
「む? どうした? 早く行かぬか」
「今呼んでる最中なんですってば」
「ウソではあるまいな?」
急くお嬢様。
メイドは髪を整え終えると、一度後ろを向き、頬を揉み解してから笑顔を作ると、勢い良くお嬢様に振り返った。
「じゃーん!」
「おお! メイド! 無事だったか!」
「編んでたの解いただけですけど?」
お嬢様は、待ちに待ったという様子で破顔するとメイドの帰還を祝福した。
「先ほどお前を騙る者が現れてな」
あくまでも先ほどの三つ編みの女性は、メイドとは別人の扱いであるようだ。
髪型をいじる度に別人扱いで騒ぎを起こすのも不味かろうと、メイドはお嬢様にも体験してもらうことを提案する。
「嬢ちゃんも髪長いし、三つ編みしてみない?」
「使用人とはいえ、私は身柄を預かる立場だ」
「またなんかスイッチ入っちゃったなぁ。」
しかし、お嬢様はまたもや自分だけの世界を築き上げ、我関せずと入り浸っているようだった。
「お互いの信頼なくして主従関係を築くことは出来ぬ」
「ま、いっか。勝手にやっちゃいますよ」
メイドは、高貴な女性が自らの髪を触らせることに、何某かの含蓄があったような気がしなくもなかったが、深く考えないでお嬢様の髪を整え始めた。
「お前に危害を加える者が現れたら、私がお前を守ろう」
「♪~♪~……」
メイドは、鼻歌などを交えながら、三房に分けたお嬢様の髪を撚り合わせて編み込んでいく。
「フッ、謝辞など不要だ。仕事で返す気概を持てばそれで良い」
「いっちょあがり!」
「ん? どうした?」
「これ、ね? なかなかお似合いじゃない。」
メイドは、結い上げた髪の先端をゴムで止めると、眼に入るようにお嬢様の胸元へと差し出す。
「ぬわ!? 私の頭にも尻尾が!」
お嬢様は三つ編みになった自らの髪をしげしげと見つめてから、それを引っ張って間違いなく自らの頭に繋がっていることを確かめたり、根元に手をやって構造を確認したりした後、不安に満ちた表情でメイドに訴えかけた。
「尻尾じゃないから! おさげってゆーの」
「ふむ。これはこれでなかなかに興味深いぞ」
メイドによって未知だったものの名が知れ、情報欠如がもたらす底知れぬ恐怖から脱したお嬢様は、振ってみたり回してみたりと、三つ編みライフを堪能していた。
「あんまりおめかしとか、したことないのかな?」
「おめかしとは何だ? するというからには食べ物ではないな?」
「お洒落のこと……って言ってもわかんないよね?」
そんなお嬢様の様子を見て、今までお洒落に縁がなかったようだと、メイドは推量した。
「飲み物でもないことくらいはわかるぞ」
「自分を可愛く・キレイに見せるための細工って言えばいいかな」
「容姿を装飾するということか?」
「まあ、そんなところだね」
メイドは軽く概要を説明しながら、お嬢様が興味を持つかどうかを見定めていた。
「したことは無いな。というよりは知らぬのだ。執事から聞いたこともない」
「そっか。なんだか勿体ないね」
「勿体ないと言ったか?」
「素材はいいんだから、もっといろいろ試してみよっか?」
「ほう」
思わず口から漏れたそれは、打算などまったく混じらないメイドの率直な感想だった。
試してみようという提案に対し、お嬢様も肯定的な様子だったので、自分の時より気合を入れてお嬢様を天使様、女神様へとアップグレードしていく。
なお、天使様、女神様はあくまでもメイドの主観である。
この髪型ならこの服を、この色ならこれをアクセントに、この丈ならこの靴が映えると、髪型を変え、服を換え、履物も厳選しながら、様々なコーディネートを試してみる。
初めはメイドのなすがままだったお嬢様も、次第に楽しくなってきたようで、自ら組み合わせを提案するようになった。
二人してあーでもない、こーでもない、そーでないと、こーでねえと、組み合わせの妙を試しているうちに、食事の時間になったようで、執事が報せに来た。
「失礼いたします。お食事の用意が整いました」
「あ、わざわざありがとう御座います」
「おお、もうそんな時刻になるか」
初めてのおめかしに、時間を忘れ没頭していたお嬢様。
そんな彼女を前に、執事は怪訝な顔つきでメイドに尋ねる。
「おや? お嬢様はどちらへ行かれました?」
「へ?」
「眼の前に居るではないか」
「お声は聞こえますが、姿が見えませんね」
目の前のお嬢様をあえて無視し、困窮した様子で執事はそう言い放った。
「あんたもか」
「私だ。私がわからんのか?」
「上手く成り済ましたつもりであろうとも、わたくしの目は欺けません」
執事は、そこで初めてお嬢様と向かい合い、恐れ多くも自らをお嬢様だと騙る目の前の少女に対して、自らの見解を述べ始めた。
対するお嬢様は、不届き千万、無礼億万、烏滸の沙汰ならプライスレスと、大層ご立腹の様子で執事をねめつけた。
もちろん、そんな言葉は存在しない。
「不忠なるぞ。あるじの顔を見忘れたか?」
「忘れようはずがありましょうか、お嬢様は耳元にドリルなど付いておりません」
「いやいや、これ巻いてみただけだし、嬢ちゃんで間違いないよ」
お嬢様の烈火の如き追求に対し、執事が得意満面で根拠を述べる。
メイドはデジャヴを感じながら、お嬢様を補助すべく、彼女に施したヘアアレンジについて言い及ぶ。
「貴様、人狼であれば目よりも鼻に頼らんか。この木偶人形」
「その悪態……お嬢様に間違い御座いません。申し訳ありませんでした」
「ほう」
「耳か」
お嬢様の一喝に従い、執事がその抜きん出た知覚を総動員して裏づけを取ると、彼は恭しく頭を下げて謝罪した。
装いの違いによるものだったか、その日の食事は、お嬢様にとって、いつもより美味しく感じられたのであった。