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5

 メイドは夜勤となったことにより、活動時間が反転した。

 今までとは異なる生活リズムでの勤務となるため、その調整日として丸一日の猶予が与えられた。

 日が落ちてから起床となるため、まだ日の高いうちから床に付き、夜に備えていたのだが、思ったより早い時間に目が覚めてしまった。

 今の時間から二度寝すると、仕事の時間に目を覚ます自信がなかったので、持ち込んだ私物で時間を潰していた。


「入るぞ」


 そこへ、お嬢様が来訪し、入室を告げる。

 どうやら彼女も、同じく調整に難儀しているようだ。


「これはこれはお嬢様。呼んでもらえればあたしの方から……」


「よい。私が来てみたかったのだ」


 仕事の時間にはまだ早いが、ご所望ならば時間外勤務も(やぶさか)かではないと、メイドは居住まいを正しかけるが、お嬢様は特に申し付けたい用事があったわけではなく、メイドの私室に興味があったから来たのだと言う。


「でも、使用人の私室なんて嬢ちゃんには相応しくないんじゃないの?」


「私は、構わん」


「へーへー、では大したもてなしもできませんが、くつろいでってくださいな」


 そして、無邪気な表情で室内の方々へと視線を這わせるお嬢様。

 部屋の作り自体は他の部屋と変わりがないので、改めて確認するようなことなどない。

 目の動きが止まる頻度は、やはりメイドが持ち込んだであろう物の周辺に偏っていた。

 最終的にはメイドの手元へと集約し、興味津々と言った様子で彼女に問いかける。


「何かしておったのか?」


「特には。強いて言えば暇つぶしかな」


「暇つぶしとはなんだ?」


「地雷探知機を使わずにV48コング探してました」


「その作業? を暇つぶしと言うのか?」


 どうやら、お嬢様には暇つぶしという概念がわからない様子。


「ああ、暇つぶしって言うのは退屈を紛らわすためにやるいろいろな事です」


「では、他にもあるのか?」


 そして、メイドによる暇つぶしの指南が開始された。


「ストマックXを綺麗に並べてからTTフリーザーで一掃してみたり」


「ほう」


「イベント終ってるのに、ドラム缶を押しに行ってみたり」


「それらは楽しいのか?」


「あんまり楽しくは無いね。ぼーっとしてるよりはマシってだけ」


 責務でも娯楽でもなく、ただただ虚無なだけの時間を虚無と自覚しないように、認識を誤魔化し、脳に指令を出させる。

 目的意識だけを持って没頭できさえすれば、特に生産的な行動でなくとも、高尚な思想に基づいていなくとも構わない。

 そんな講義でお嬢様の耳を汚しているうちに、活動時間になったようで、執事が訪ねて来た。


「こちらにおいでで御座いましたか。お嬢様」


 いくつかの心当たりを探すも、なかなかお嬢様を見つけられなかったようで、若干疲れているようにも見えた。


「今、メイドに暇つぶしの手ほどきを受けている。後にせよ」


「左様で御座いますか」


「なかなかに興味深い」


「お言葉ですが、暇つぶしなど、お嬢様ひいては我々には無用で御座います」


 執事が選民思想にかぶれたような口調で忠言を放った。

 どうやら、彼には暇つぶしと言う行為が必要ないらしい。


「なにゆえか?」


「無為を無為と受け入れられぬ弱き者、つまり人間達の逃避行為に他なりません」


 執事曰く、暇つぶしは弱者の逃避行動であり、自分達は弱者ではないので、そんなものは必要がないとのこと。


「では、お前は仕事などもなく、食事でも寝るでもない退屈な時間はどう過ごすのだ?」


「外壁のレンガの総数を数えたり、中庭の石畳の石を数えて時が過ぎるのを待ちます」


「ほう」


「それよりも、新月が過ぎましたのでお嬢様には眼を入れていただきたく……」


 そして、茶番は終わりだと言わんばかりに、執事から本題が投げ掛けられた。


「おお、そうであったな」


「眼?」


「メイドにも教える手筈になっております。ご同行願えますか?」


「そうか、お前はスミスも、ヨハンセンも、えーと……とにかく知らぬのだな」


 そして、人名と思われる単語を幾つか、お嬢様が挙げる。


「あとは、グナイゼナウ、シャルンホルスト、マーフィー、マンフレッティ、トンヌラ、サトチーで御座いますね」


 お嬢様が挙げたものは、ほんの一部に過ぎなかったようで、彼女が挙げなかったその他の名前を、執事が補完した。


「名前など意味を持たぬ」


 お嬢様から名前が挙がらなかったのは、彼女が覚えきれていなかったからのようだ。

 誰もそのことを責めてはいないのだが、直に指摘されたように感じたのか、彼女は少し不機嫌になった。


「?」


 メイドは、眼を入れるという作業と、挙げられた人名の関連性が見えず、確認すべき内容を迷っているようだ。

 一応、人名に関しては、先日、執事に確認した際に、居るとも居ないとも言えると評された他の使用人であろうとは予想している。


「ですが、ご自分でお付けになった名前を忘れるのはいかがなものかと」


 命名したのは、お嬢様のようだ。

 にもかかわらず、それを覚えきれないというのは些か可哀想な話だと思うが、名前は意味を持たないとも言っていた。

 まあ、説明してくれるというのだから、あれこれ考えずに聞くのに集中しようとメイドは思うのだった。


「こちらで御座います」


「ここに他の人がいるの?」


「足元にお気を付けください。スミスが控えております」


 庭園灯が少なく薄暗い庭の奥、垣根を越えたその先は、むき出しの地肌が見えており、規則的に(うね)が切ってある畑のような区画だった。

 執事が言うには、ここにスミスと言う名の使用人が控えているらしい。


「足も――うわっ!?」


「ご紹介いたします、こちらがスミスでありますれば……」


「骨! ほねだコレ! いわゆるBone!」


 足元に気をつけろというので、ぬかるみでもあるのかと思ったが、踏むなと言う意味だったようだ。

 人一人分あると思われる白骨が、雑に寄せ集めてあり、メイドはもう少しで頭蓋骨を踏み抜いてしまうところだった。


「いえ、こちら、スミスで御座います」


「スミスさんの骨?」


「では、お嬢様。よろしくお願いいたします」


 執事はそう言ってお嬢様に促すと、行く末を見守るように、自らは二歩ほど下がってメイドに並んだ。


「うむ」


「…………」


 お嬢様は、スミスと思しき骨に近づくと手をかざして、ささやくような小声でなにごとかを呟く。

 対する白骨は、当然ながら無言で虚空を見つめている。

 眼窩が空っぽなので、見つめているというのは適切ではないかもしれない。


(かしず)け」


「ケタケタケタケタ!」


「!!」


 最後にひときわ強い口調で、お嬢様が命じると、白骨死体は立ち上がって笑い出した。

 正確には笑っているように見えるだけであり、実際は上顎骨と下顎骨が打ち鳴らされて、カスタネットのような拍子を刻んでいる。

 空洞のはずの頭蓋には、何かぼんやりと光るものが入っており、眼窩を通して卓球玉ほどの球体であることが窺えた。

 即頭部、後頭部の表面を走る頭蓋縫合からも、うっすらと光が漏れて見える。


「どうだ? 上手く行ったか?」


「お見事に御座います。久々に初回でのご成功であらせられますね」


「…………」


 お嬢様は一応の確認を取るが、自分でも薄々実感しているようで、その顔は喜色に満ちていた。

 対する執事は、評価はすれど少々辛口のようで、その言葉には毎回こうあってくれればという要望が込められている様子。

 メイドは言葉を発しない。


「このように、お嬢様がアニメイト――ん?」


「……」


「立ったまま居眠りとは、器用な奴だな」


 グロにもホラーにも耐性は持っていたメイドだったが、全くの無警戒だったところに衝撃的な場面を見せられ、彼女の防衛本能は入力情報の遮断を選択していた。

 気絶したメイドは食堂へと運ばれ、執事はその介抱を、お嬢様は眼入れといわれたその作業を続行する。

 執事が代わることはできず、お嬢様に任せるしかなかったための分担である。


「人食い酋長が大太鼓――あ!?」


「気がつかれましたか?」


「えーと……かなりショッキングなモノを見たような気が……」


 謎の絶叫とともに覚醒したメイドは、状況を把握しようと記憶を巡らせる。

 執事は彼女におしぼりを差し出すと、ゆっくりと事情の説明を始めた。


「アレが当家の労働力、収入源で御座いますれば、早めに馴染んでいただければ」


「あの骨が?」


「以前はそうではありませんでしたが、使い続けるうちにあのような姿に」


「お嬢ちゃんが動かしてるの?」


「左様で御座います。とはいえ、お嬢様の魔力は新月の度に消えてしまいますので」


「毎度毎度かけなおしてる?」


「左様で御座います」


 執事の説明によると、お嬢様が骨に仮初めの命を与え、彼らを労働力として使役することで収入を得ているらしい。

 ただし、彼女の魔力は新月を迎えると消えてしまうため、ただの骨に戻ってしまう。

 その度に使役のやり直しをする必要があり、その儀式を指して、眼を入れると呼んでいるようだ。

 メイドが落ち着きを取り戻し、骸骨に対しての接し方を吟味していると、お嬢様が返って来た。


「済んだぞ。全員に眼を入れて来た」


「ご苦労さまに御座います」


 目上の者に当たるであろうお嬢様に対して、その声掛けは問題があるのでは?と思うメイドだったが、執事もお嬢様も気にする様子はない。

 これがこのお屋敷の流儀みたいなものなのだろうと、静かに納得した彼女は、骸骨たちの勤務内容について尋ねた。


「労働力って?」


「館の手入れや、農作業を担当させているのだ」


「農作業?」


「主にマンドラゴラや、ゲルセミウム・エレガンスの栽培をさせております」


 業務については、お嬢様も関与しているらしく、執事を伴ってメイドに解説をする。

 まあ、使役している本人が把握していないというのも不自然だし、彼女独自の着眼点といったものもあるのかもしれない。

 農作業以外でも収入を得る方法はありそうなものだが、骸骨ならではの利点など素人にはわからない秘訣などもあるかもしれない。

 そして、おそらくは共同部分の清掃なども任せているのだろう。

 

「アレらは単純作業の反復しかできんのでな」


「恐れながら、それは使役者が未熟なためで御座います」


「ほう」


 作業員のお披露目も無事に終わり、メイドはまた一段とお屋敷に馴染むことに成功するのだった。

目入れ:

画竜点睛の故事成語から、目を書き入れると命が宿ることになぞらえて執事が考案したお屋敷限定用語

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