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 お嬢様は、今日も今日とて使用人を呼びつける。


「オイ、キタロウ!」


「お呼びで御座いますか?」


「うむ。お前は優秀であるな」


 彼女はこの頃、まるで限界を推し量るかのように、様々な呼びかけを試していた。

 執事はまるで慣れたものだと、その意図を読み取って馳せ参じた。


「この次からは応じないと肝にお命じください」


「ものは相談なのだが」


「はい。如何いたしましたか?」


「明日は新月だな?」


「左様で御座いますね」


 お嬢様の用件は、月齢の確認であった。

 本日は三十日月、晦日(つごもり)にあたり、明日は新月となる。

 新月を待ち侘びていたのであろう彼女は、喜色を満面に浮かべて自らの展望を語り始める。


「つまり、日光を恐れることなく行動できる日でもある」


「存じ上げております」


「メイドと行動をともにしたいと思うのだが、可能か?」


 以前、同じような提案を挙げたときは、日光を理由に却下されていた。

 今回はその日光が問題にならないため、執事も幾分肯定的に応える。


「わたくしどもは使用人でありますれば、そのようにお命じくだされば」


「だが、お前は逆らってばかりではないか」


「誤解なさらぬよう。使用人と言えど無条件に従うというものでは御座いません」


「聞ける事と、聞けぬ事があるというわけだな」


「左様で御座います。そして、それはメイドも同じこと」


「メイドは聞き入れると思うか?」


「仕事の範疇に収まることであれば、断る理由はないと思われます」


 執事は、最低限の補足をする。

 使用人とて無茶な要望には応えられないし、道理に(もと)ることをさせるわけにはいかないのだ。

 まあ、お嬢様が逆らってばかりという認識を持っているのは、普段彼に向けられる指示がそういったものばかりであるという証左なのであるが……

 死ねと命じられても無辜に死ぬわけにはいかないし、水の中で火を焚けと言われても、できないことはできないのである。

 

「では、明朝、私を起こしに来るよう、言づてを頼む。」


「かしこまりまして御座います。」


 今回は、真っ当な内容であったので、メイドにそのまま伝えればよい。

 それを聞いた彼女も問題なく対応してくれるだろうと、執事は胸を撫で下ろす。

 悪態の応酬もしなくて済んだ。

 そのまま部屋を出ると、メイドへとお嬢様の意向を伝えたのだった。


 そして翌朝、メイドはお嬢様の寝室へと向かうと、彼女を起こす。


「おーい、嬢ちゃん。朝だぞ」


「んー?」


「ホントに棺桶で寝るんだな」


 お嬢様は、木製と思われる黒い棺の中で寝ていた。

 蓋は外して側面に立てかけてあり、赤い内張りが見えていた。

 その布は絹のような光沢があり、綿のような反発材が規則的に詰めてあるようで、肌触りに関しても体圧の分散に関しても、問題なさそうに見えた。

 お嬢様は、メイドの声掛けに反応し、両目を見開いて覚醒する。


「おお、メイドではないか」


「はい。メイドですよ」


「待っておったぞ」


「お待たせしました」


 メイドが働き始めてから初めての光景であった。

 待ちかねた邂逅に顔を綻ばせたお嬢様は、いざ宿願を果たさんと、期待に満ちた目でメイドに告げる。


「早速だが、着替えを頼む」


「その前にひとっ風呂浴びませんか? 失礼ですが、ちょっと臭ってますよ」


「ほう」


 そんなお嬢様に、メイドは入浴を提案した。

 お嬢様にしてみれば、着替えにしても、入浴にしても、執事からはけんもほろろにあしらわれていたので、この提案は渡りに船であった。

 二人連れだって浴室へ移動すると、衣服を脱ぎ始める。

 メイドは、洗体の奉仕をする際の作法など知らないので、自分も脱げばいいのか専用の装いがあるのかと迷ったりもしたが、結局は裸でぶつかることにした。

 

「おぉ……真っ白でスベスベじゃないですか旦那」


「お前の旦那になった覚えは無いぞ?」


 メイドが頬を緩ませながらお嬢様の服を脱がせていく。

 ライチの皮を剥くように、茹で蟹の殻を剥がすように、その内側から白い宝石が顔を覗かせるのが待ち遠しくてたまらないといった様子。


「しかし、この白さはちょっと病的だな。日にあたってないからか?」


「滅多なことを言うでない。これを見よ。」


「なんじゃこりゃ?」


「私にとって太陽は忌むべきもの、ひとたびその光を浴びればこのように焼けただれてしまう」


 お嬢様は袖をたくし上げ、自らの腕をメイドに晒す。

 その腕はおおよそ人の腕とは思えない配色であった。

 赤や紫、黒の縞模様が織り成す毒々しい前衛芸術は、彼女の肘から手の甲までを覆っていた。


「人間にしか見えないけどな」


「今は新月だからな。今日一日は人間として過ごせるのだ」


「でもこれ……」


「うむ、お前に見せようと思ってな。昨日のうちに描いて色を塗っておいた」


 二人とも一糸纏わぬ姿になると、お嬢様はメイドの肢体をしげしげと眺め、いったん自分の体へと視線を移し、しばらくして再びメイドへと視線を戻す。


「なんです? ジロジロ見て」


「お前は胸が大きいな」


「んー…あたしのは普通ですよ。そりゃ嬢ちゃんに比べれば大きいですけど」


「どうすればそのようになれるのだ?」


「俗説だと揉むと大きくなるとは言いますけどね」


 どうやら、お嬢様は豊かな乳房がお好みの様子。

 メイドの得物は、特筆して豊穣というわけではないのだが、未だ発展途上にあるお嬢様からみれば、十分に羨望の的足りえたようで、お嬢様は彼女に勘所の指南を求めた。


「よし、では揉んでみよ」


「いやいや、あたしは別に大きくなりたくないし」


 知人や各種のメディアを通して、大きさゆえの懊悩を知っていたメイドは、これ以上必要ないとお嬢様の提案を突っぱねた。


「たわけ、私の胸を揉むのだ」


「あー……これも仕事のうちだよね? うん、仕方ない」


 メイドは眉根を寄せて致し方ないという様子を前面に押し出すが、その口元は緩みきっていた。

 彼女はお嬢様の背後に回ると、脇から手を回してなだらかな双丘を麓に沿って優しく揉みしだく。


「おい、手加減せぬか! 痛いぞ」


「そんなに力入れてませんけど? あぁ、あたしも成長期は触ると痛かったっけ」


「ほう」


 一(しき)り将来への投資を楽しんだ後、今度は洗髪へと移る。


「シャンプー目にしみない?」


「目をつむっているので平気だ。しかし……」


「ん、なにか?」


「その気遣いが心にしみる」


「マセてんな、お前」


 洗髪も終わり、二人で湯船につかると、肺の腑から倦怠感と空気を搾り出すように大きく息を吐く。

 人心地ついたところで、お嬢様は神妙な面持ちでメイドに問う。


「時に、メイドよ」


「なんでしょーか、お嬢様」


「夜の間、働くことはできんのか?」


「昼休んでていいなら、夜に働きますけど?」


「しかと聞いたぞ。二言は無いな?」


「ていうか、嬢ちゃんいつも寝てるから暇持て余してますしね」


 思いがけぬ承諾に、瞳を輝かせて言質をとるお嬢様。

 夜勤の提案を明け透けに承諾したこのメイドであれば、自分が何を尋ねようと気軽に応えてくれるのではないか期待を持って話しを続ける。


「つかぬことを聞くが、お前は人間ではないのか?」


「人間ですけど?」


 執事がメイドだという触れ込みで連れてきた者は、なんと人間であった。

 執事が嘘をついたのか、それとも彼もまた騙されているのか、彼女からは悪意も感じられないし、現状ではまだ何ともいえないところだ。


「では、メイドと言うのは偽りか?」


「は? あたしはメイドですよ……たぶん。」


「人間であり、メイドでもあるということか?」


「そういうことですね。なんか不味い事でもありました?」


「ククク、なるほど……わかったぞ、わかってしまったぞ。」


 我が意を得たりといった様子で、お嬢様が何度も頷く。

 メイドはどうにも要領を得ないようで、真意を尋ねようと思ったが、お嬢様は自分だけの世界を構築して陶酔している。

 どうしたものかと視線を漂わせていると、湯船の縁に置いてあるバストイが目に入った。

 これを足がかりに使おうと考え、手に取ってお嬢様に見えるように揺り動かす。


「ところで、このガチョウさんは――」


「見誤るでない。これはアヒルちゃんであるぞ」


「このアヒルちゃんはどうするんです?」


「ゼンマイを巻いて、湯船に浮かべよ」


 体を清め、新しい衣装に身を包んだお嬢様は、すがすがしい気分で執務室へ向かうのだった。

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