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2

 お屋敷は新たな住人を迎えた。

 住み込みのメイド、歩である。

 彼女がメイドとして働き出してから数日が経過していた。

 そして、お嬢様は今日も使用人を呼び付ける。


「たれか、ある!」


「お呼びで御座いますか?」


 応じたのは執事のギルバートであった。

 彼女は、入室してきた執事に対し、いつもの様子で用件を告げる。


「うむ。着替えを頼みたい」


「承服いたしかねます」


 しかし、執事は応じようとしない。


「なにゆえだ?」


「お召し変えのお手伝いでありますれば、メイドにお申し付けください」


「おお、そうであったな」


「では、わたくしめはこれで」


「うむ。ご苦労」


 執事が拒否した理由を述べ、それに納得したお嬢様は、彼の退室を見届けた後、再び使用人を呼ぶ。


「者ども、であえ! であわんか!」


「お呼びで御座いますか?」


 再び執事がそれに応じた。


「む、お前か」


「はい。わたくしで御座います」


「なにしに来た?」


「お呼びのようで御座いましたので、参上仕りました」


「メイドはどうした?」


「メイドは、自室で睡眠をとっていると思われます」


「そうか。下がって良い」


「は」


 執事は、メイドが来ない理由を述べ、先ほどと同じように優雅な足運びで退室した。

 寝ていると言われたメイドだが、今度は起きて来ることを期待していたお嬢様は、三度(みたび)、使用人を呼び付ける。


「苦しゅうない。近こう寄れ」


「お呼びで御座いますか?」


「なんだ、またお前か」


「はい。わたくしで御座います」


 三度、執事がそれに応じた。


「なぜメイドは来ないのだ?」


「メイドは現在勤務時間外ですので、わたくしが代わって仰せ付かります」


「着替えを頼みたいのだ。メイドでなければ仕えられないのであろう?」


「左様でございます。」


 お嬢様は、漸く得心がいったようだ。

 メイドが来ないのは近くに居ないからではなく、寝ていたからでもなく、そもそも勤務時間外だからであった。

 実際には近くにも居ないし、寝てもいるのであるが……


「つかぬことを聞くが」


「はい。なんなりと」


「メイドはちゃんと働いているのか?」


「それはもう。多少ガサツな所も見受けられますが、さしたる問題はございません」


「しかし、私はメイドが従事しているところを見たことが無い」


 お嬢様は怪訝な顔つきで執事に尋ねた。

 自分の世話をさせるために雇うと言ったのは、目の前の執事に他ならない。

 にもかかわらず、彼女は今の今までメイドが働いている姿を目にしたことがない。

 勤めを果たすこともなく遊んで過ごしているのではないか?そんな疑念すら抱いてしまう。


「あのメイドは、お嬢様が寝た後に仕事を始め、お嬢様が起きる前には仕事を済ませております」


「そうか。それは優秀なメイドだな」


「左様で」


 しかし、執事からの報告は意外なものだった。

 どうやら今度のメイドは、作業を遅滞させたり、先送りさせたりすることなく、自分の目の届かないところでも誠実に働いていて、働き振りをひけらかすようにも見えないらしい。


「ところで、メイドの主な仕事は何だ?」


「お嬢様の身の回りの世話でございます。お忘れですかトコロテン頭」


「ほう」


「手が空いている時などに、誰に命じられるわけでもなく清掃をしたりもしております」


「しかし、私はメイドに世話を焼いてもらったことが無い。何故だ?」


「お嬢様がメイドの勤務時間中に寝ているからであらせられます」


「なるほど」


 そしてお嬢様は悟った。

 世話をすべき時間にメイドが寝ているのではなく、自分がメイドの働く時間に寝ているだけだったのだと。

 執事は、続けて更にメイドを絶賛する。


「わたくしはメイドの勤労ぶりを評価しておりますれば、手当に色をつけたいと考えております」


「うむ。良きに計らえ」


 感謝の言葉だけで労に報いたつもりになるのは、愚か者がやることだ。

 対価を払うことこそが、正当な評価と感謝に相当するであろうと、彼女は思うのだった。


「時に、メイドの勤務時間はどのようになっている?」


「満月の日を除いて、毎日朝の6時から夜の6時までとなっております」


「では、私もその時間に起きていれば、メイドとまみえる事が叶うわけだな?」


「お言葉ですが、お嬢様……」


 お嬢様は、そんなメイドとの面談の場を持ちたく思い、指標とすべく時間の確認をとる。

 しかし、それを受けた執事は、まるで暴挙を働こうとする主を諌めるための言葉でも選んでいるかのように複雑な表情を見せた。


「何だ? 申してみよ」


「この館は窓は少なめですが、月明かりを取り入れるため、最低限の窓は付いております」


「うむ」


「日中はカーテンを閉め切っておりますが、それでも日の光が漏れ入ってくるものです」


「それは嫌だな」


 日光と聞いて、お嬢様も執事と同様に複雑な表情を見せる。

 事の重大さに今気付いた、といった様子で彼女は続ける。


「しかし、日中に働いているとは……あのメイド、本当にメイドなのか?」


「おっしゃりたいことがわかりかねますが?」


「うむ、ひとつ危惧していることがあるのだ。」


「どのような杞憂でありましょうか?」


「メイドを装った人間ではないのか? とな」


「メイドはメイドで御座います」


「で、あるか」


「で、御座います」


 かくして、お屋敷は今日も平和な一日を終えるのであった。

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