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 本日は定期の配達の日である。

 メイドは執事の提案に従い、食材の搬入に立ち会う。

 お屋敷の搬入口の脇に業者のものと思われる幌馬車が係留され、中から配達員らしき人物が現れた。

 御者台には誰も乗っておらず、ジャックオーランタンとかいう所謂ハロウィンのアレがぶら下げてあるだけだ。


「あのコが配達のヒト?」


「左様で御座います」


「なんか、イメージと違うね」


「左様で御座いますか?」


 執事にとっては馴染みの相手ではあるが、メイドは初対面である。

 自らが思い描いていた配達員とはずいぶんと差が開いていたようで、彼女は執事に確認を取った。


「なんかこう、ツギハギだらけのムキムキボディに鉄仮面を想像してた」


「左様で御座いますか」


「あのコは猫娘? ワーキャットっていうのかな? そういう分類?」


 配達員は、ツナギのような作業服を着た小柄な人物であったが、人間とは明らかに異なる三角の耳が側頭部についており、作業服の後ろからは毛に覆われた尻尾が伸びていた。

 メイドは、尻尾の部分の服の構造がどうなっているのかも気になったが、それについてはおいおい明らかにしていくつもりで置いておき、配達員の情報を求める。


「わたくしどもと異なり、彼女は獣人では御座いません。もっと下等な存在でありますれば」


「下等て……」


 同一視されるのは心外とばかりに語気を強める執事に対し、歯に衣着せぬ彼の物言いにドン引きのメイド。

 執事は少々強く言い過ぎてしまったと自らの失言を自覚したが、気を取り直して配達員の説明を始める。


「使い魔で御座います」


「なにが違うの?」


「契約者の魔力によって人化しておりますが、中身はただの動物で御座います」


「そうなの?」


 単独で種として成立しているのが獣人で、彼らは生まれてから死ぬまでその生態は変わらないし、思想も意思も彼ら自身のもので、繁殖についても自分達で完結している。

 一方、使い魔というのは種ではなく、何らかの種が契約による魔力的影響で変化したものの総称に過ぎない。

 自我こそ持ってはいるものの、その行動はやはり契約に縛られて制限が課せられている。

 繁殖に関しては元の生物に順ずるが、産まれてくるのは元の生物であり、使い魔が増えるわけではない。

 逆に言えば、繁殖に頼らずとも契約相手を増やしていけば使い魔は増えていく。

 この配達員は、猫を素体とした使い魔のようで、外見的な特徴が猫に準じた少女と言う出で立ちをしていた。


「もっとも、契約と申しましても、合意のない一方的なものの場合がほとんどで御座いましょう」


「動物相手に合意なんかとらないってことか」


「契約者の中には、慰み物として使役している輩もいるようです」


「なんか可哀想だね」


「左様で御座いますね」


 執事は尚も説明を続ける。

 どうやら使い魔というのはかなりぞんざいな扱いをされており、それはこの配達員も同様であるようだ。

 しかし、対象が何であれ、可愛いものは正義というのがメイドの信条である。

 メイドの目には、この配達員を任されている使い魔が、保護すべき存在として映っていた。


「一時期はお嬢様も自らの使い魔を欲した事が御座いまして……」


「嬢ちゃんもそういうことできるんだ?」


「契約体系は当家のアニメイテッド達と大差ありませんので」


「でも、今はそういうのいないね」


「お嬢様には、お嬢様ゆえの問題が御座いますれば」


「なんだろ?」


 過去には、お嬢様も使い魔を使役していた時期が在ったらしい。

 そいう者が今尚居るとすれば、彼女は意気揚々と紹介してくれる筈なので、それがなかった以上、現在は居ないと言い切れる。

 お嬢様を伴ったワン娘ニャン娘ハーレムを夢想したメイドは、その野望を阻む()()というのが気になってしまう。


「混血であらせられますゆえ、新月になると魔力が消えてしまいます」


「使い魔が元の動物に戻っちゃうわけ?」


「左様で御座います」


「魔力の供給が途絶えた時点で、使い魔としての記憶も消えてしまいますれば……」


「再契約してもまた最初からってことか」


「一緒に遊んだ記憶なども失われ、お嬢様は大層悲しんでおられました」


 なるほどそれは由々しき問題だとメイドは納得した。

 個を個たらしめているのは記憶であり、それが残らないというのであれば愛でる甲斐も無い。

 自己を持たない者を可愛がる行為は、ぬいぐるみを相手にしているのとそう変わらない。

 短い期間であっても関係を築くことは可能かもしれないが、それが確実に失われると分かってしまえば空しさばかりが募ることになるだろう。


「嬢ちゃんは何を使い魔にしてたの? 蝙蝠とか?」


「お聞きになられますか? いえ、なりたいのですか?」


「え?」


 まあ、それはそれとして、お嬢様がどんなものを使い魔にしていたのかは気になるところである。

 メイドは興味本位で、当時の使い魔について執事に尋ねてみた。

 執事は芯まで闇に浸かったような虚ろな目で、瞬きもせずに意思確認をしだした。


「無邪気さは時に、残酷な凶器となり、知らず知らずに他者を傷付けてしまうことも御座います」


「え? なにそれ? 知らない方が幸せな方向?」


 意思確認といっても、メイドの意思などまるで聞き入れる様子はなく、死なば諸共、毒を食らわば皿までと濁った笑いを浮かべて話を続ける。

 どうやらメイドに尋ねられたことで嫌な記憶を思い出し、道連れを欲しているようだ。


「お嬢様は寝室に這い出た一匹のゴ――」


「わー!わー!ナシ!今の質問ナシで!」


「だらず! らーら! だらず!」


 執事がまさに死神の鎌を振り下ろさんとしたその瞬間、配達員が何かを主張するように叫び出した。


「何か言ってるけど?」


「どうやら、また商品に手を出してしまったようですね」


「納品するやつ食べちゃったの?」


「干物の数が合いません」


「ぎょーぎ? しご? しご?」


 配達員が何を言おうとしているのか、メイドにはまったく分からなかった。

 身振り手振りから察しようとしても、配達員は手を伸ばしたり曲げたりするだけで、動作に含まれる情報が殆ど無い。

 常習なのか、執事にはある程度察しが付いているらしく、納品分を検品すると、目録と数が一致していないものを見つけ出した。


「吐き出せってわけにもいかないしねぇ……」


「このような場合、死なぬ程度の嗜虐が認められておりますが……」


「よく見たらこのコ、尻尾が途中で千切れてるじゃないか」


 配達員の尻尾は、先端の方の毛が剥げており、縫合したような(いびつ)な凹凸で肌が硬変してしまっている。

 嗜虐という言葉から、遊び半分での虐待行為を想像したメイドは、執事を耽々とねめつける。


「そのような視線を向けないでいただけますか。わたくしの所業では御座いません。

 わたくしめは叱るよりも、褒めて伸ばす心積もりでおりますれば」


「けど、またやったって事は効果が無かったってことじゃない?」


「いえ、配達を完遂した事が御座いませんので、褒める機会が無いので御座います」


「あー……完遂を待ってるだけじゃ、永久に無理だろ」


 完遂した際に褒めるのではなく、たとえ不完全であろうとも出来ている部分の中から評価すべき箇所を見つけ出して褒めていく。

 そうして意欲を高めていくことが、ゆくゆくは完遂に繋がるのではないかとメイドは考える。


「最近はつまみ食いを見越して余分に発注しておりますので子細は御座いません」


「んまんま! まぶり! らーら! かつれ!」


「お腹が空いてるんじゃないの?」


「左様で御座いますか?」


「いや、そんな気がしただけだよ」


 ゆったりとした服装のため体躯の方は分からないが、頬は()けているように見えるし、髪には艶がなく、肌は荒れていて、栄養が十分に摂れていないのは明らかだった。

 納品が済み、作業がひと段落すると、メイドは自分達の食事の残り物を大皿によそって持ってきて、配達員に振舞った。

 その後、配達員を自室に招いて彼女の身繕いをし、ピカピカに磨き上げる。

 さすがに部外者を浴場にまで招き入れるわけにはいかなかったので、湯桶に湯を張ってのサービスである。

 その日以降、配達の際に残り物を与えることにし、必ずメイドが立ち会うことになった。


 そして、次の配達の日……


「ご飯あげるようにしてから、ちょろまかしが無くなったみたいね」


「左様で御座いますね」


「だんだん!」


 以前に比べ、幾分顔色が良くなった配達員を見ながら、今回のご飯を用意するメイド。

 今回は商品に手をつけた痕跡も無く、執事としても完遂を褒めることに否やはない。


「ロクに食べさせてもらってなかったから商品食べてたのかな」


「その可能性は否定いたしません。ですが……」


「なんかまずい事が?」


 以前の姿からも、あまり良い待遇を受けていたとは思えない。

 優しくされた事は、配達員にとって希有な体験だったらしく、それもあってかメイドにかなり懐いているように見える。

 しかし、執事はそんな二人の様子を見て言葉を濁す。


「他者の使い魔とあまり親密になり過ぎるのはおすすめいたしません」


「それは一回懲りたから大丈夫。線引きはできてるつもりだよ」


「左様で御座いますか」


「猫の舌ってヤスリみたいになってんのな」


「左様で? 御座いますね」


 山羊責めという拷問がある。

 罪人を拘束して足に塩水を浸け、複数の山羊を放つと、塩分を欲した山羊が足を舐め続けるというものだ。

 ヤスリのような山羊の舌は、初めこそ掻痒感を感じさせるだけだが、そのうちに罪人の皮を裂き、肉を削ぎ、骨を削るという。

 猫の舌も同じようなものであり、使い魔として人化している配達員も、山羊に劣るものではない。

 長さは山羊の方が上回っていると思われるが、口腔の奥行きを考えれば配達員も十分に長い。

 執事は、舌の形状がなぜ線引きに繋がるのか理解できなかったが、とりあえずメイドの発言を了承しておくのだった。

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