第95話 目標達成!習得した「即興魔法」
サファイアと和成が協力し合う関係になってから、研究を進めていた時のこと。
ある日ある時、偶々できた暇な時間に交わされた雑談がある。
「何故じい様は、言語に関する2つのスキルを組み合わせることを思いついたのか、と君は以前に尋ねたな。そして私は、それは魔法が言語であることを知っていれば思いつけることだと答えたのである」
「そうですね」
「だが改めて考えなおすと、この答えは正確ではない。というか魔法が言語であるというのは、あくまで1つの仮説に過ぎないのだよ。実際のところは魔法がなんであるのか明確な答えを出せた者はいない。証明できた者は1人もいないのさ。―魔法言語説はスペル・デル・ワードマンが中心になって主張している学説だが、あまたある学説の1つに過ぎない。じい様はそれを証明しようとしている。和成氏が魔法言語説による仮説に基づき魔法を習得し、それが他の誰もが使う魔法と明確な差異があれば――それを根拠に魔法が言語であると主張できる。なんであるのかを証明できる、足掛かりとなる。だからじい様は和成氏に話を持ちかけたんだ。君は、じい様に『哲学者』の友達がいることは知っているか?」
「知ってます。聞いたことがありますので」
「その『ミームワード』のスキルを持つ友人が魔法を習得して、それで全く違う結果が出れば、魔法言語説の確固たる根拠として使えると考えたのだな。しかし特に何も起きなかった。
そしてじい様は、それが『ミームワード』だけでは現象に影響を及ぼすほどではないからだと考えた。だから『意思疎通』と『ミームワード』の能力を併せ持つ君に、じい様自身が動いて働きかけたんだ。わざわざ世界会議中にね」
「――成る程、道理で。それが俺を選んだ理由の1つである、と。――しかし、魔法陣も詠唱も舞とかのマジカルステップも、全ては自分の意思を伝え現象を起こすための言語であるというのが魔法言語説。仮にそれがそうだとした場合、それはいったい“誰に対する”言語なんでしょうか。言語であるってことはコミュニケーションであるってことで、それは同時に言葉を向ける相手がいるってことでしょう。
魔法陣などによって伝わった意思に対して、現象を返す何者かがいるんじゃあ……」
「――その存在は、実は歴史の狭間に度々語られているのだよ。物語で語られる英雄が追い詰められた時、その感情の高ぶりによって新たなスキルや魔法が生まれ、それによって窮地を脱することがある。権力者が箔をつけるための作り話も多いらしいが、歴史について調べる研究者の話を聞く限り全てがそうだとも言いづらい」
「――それは女神様とは違うんですか?」
「違うな。彼女とはおそらく別個の存在だ。一説によると、ステータスに記された文字を生み出したのもその存在であるとか。つまり、その存在Xは吾輩の研究対象でもある訳なのだよ」
「ステータス画面を司る存在――この世界の物理現象から『攻撃』判定までに関与するナニカ。『職業』もスキルも、言語もお金もそいつが生み出して――いる? そんな奴が世界の裏側にいる、と」
「或いは世界そのものなのかもしれない――と、実しやかに囁かれている。どこまで当たっているのか分かったものでないがね。君の好きな都市伝説の類である。その謎の存在を信仰していた時代・地域もあったらしいのだよ。女神の宗教が普及してからは廃れたようであるが。そしてじい様は、君が言う魔境だか悟りだかの時に、かの存在と言葉を交わしたことがあるらしい。そしてそれが、超賢者が魔法言語説を提唱する理由だそうだ」
「しかし、魔境は肉体へ負荷をかけた状態で集中することで過剰分泌される脳内麻薬によって見えることがある、幻覚の類い――いや、この世界では違うのか?」
果たして地球にも似たような存在がいるのかどうか、和成には分からない。
彼は宗教者でも霊能力者でもないからだ。
「興味があるなら直接聞いてみるといい。いつか我々の研究が実を結べば、成果を見にじい様もやってくるだろう。或いは和成氏が魔法を習得すれば、魔法言語説に関する自分の研究のためにやってくるだろう」
ステータスの裏に潜む存在。
それが何であるのか、和成には分からない。
少なくとも現時点においては。
☆☆☆☆☆
魔法について、改めておさらいしよう。
魔法の発動に必要なものは、魔力・媒体・意思の三つ。これが魔法発動に必要な三大要素であり、この中のどれが欠けても魔法が現象を伴うことはない。
それは何故か。
解明できた者はいない。
ただ、世界最賢と謳われる超賢者スペルが主張する説に、魔法言語説なるものが存在する。
魔法言語説とは一言で言うと、この世には魔法の発動を判定する存在Xがいるという説だ。要約すると、魔法が人の意思に伴い発動する理由は、その意思を読み取る何者かがいるからではないのか――という考え方である。
人が言葉を人に伝え、何かをさせる。
魔法もまたそういうものではないか、という発想だ。
人に命令を伝えるために言葉を発する、文字を書き見せる、体の動きで表現する。
これがすなわち、詠唱であり魔法陣であり魔術的舞踊となる。
そして魔力とはその対象を動かす際に必要な対価なのではないか。
或いは言葉における空気や、視覚における光なのではないか。
様々な言説が飛び交うが、その辺りは判然としていない。
そして和成が魔法を習得する上で重要なことは、三つの条件は全て意思を伝えるためにあるということだ。
つまり、「意思さえ伝われば魔法は発動するのではないか?」ということ。
“その読み取る何者かへ意思を伝えることが出来れば、魔法発動媒体である魔法陣も詠唱も舞も、必要ないのではないか?”ということだ。
それが可能であるかもしれないスキルが、和成が持つ「言葉に情報を込めて伝達する『哲学者』の固有能力、『ミームワード』」と、「異界より召喚されし者たちのみが持つ、意思を伝える翻訳のスキル『意思疎通』」の存在であった。
そこに「スキルは効果が重複する」という特性を加えれば、その二つを持つ和成なら存在Xへ自らの意思を伝え、現象として発動できるのではないか。
スペルはそう考えた。
つまり、その2つのスキルを持つ和成が描いた魔法陣なら、唱えた詠唱なら、それがどんなものであっても世界の方が和成の意思を読み取り、勝手に翻訳し、魔法として現象を伴わせるではないか――ということ。(流石に舞―ボディランゲージまでは能力の範疇外だろう)
それは同時に、和成には自分の思うがままに魔法を使用できるかもしれない可能性を示唆していた。
そしてその仮説はもはや示唆ではなく、現実のものとして顕現していた。
☆☆☆☆☆
おッシャアぁぁぁぁぁ!!
腹の底から湧き上がるパッションと共に和成は叫ぶ。
拳を何度も空へと突き出し、無意味にシャドーボクシングをするほどに興奮していた。
サファイアもまたそれを自分のことのように喜び、和成の動きに合わせてシャドーボクシングの守備側の動きを無意味に取る。
それを幾らか冷静なナインとメルが見つめていた。
ナインの表情は微笑ましそうにものを見る表情だ。
メルの表情は“何故そこでそうなるのか”とでも言いたそうな表情だ。
ただまぁ何は兎も角めでたいことに、とうとう和成は念願の魔法を習得したのである。
エウレカへ移住してから、実に三カ月後のことであった。
体内を巡る魔力を把握。その流れる魔力の一本――神経や血管のように全身を張り巡る魔力の一本――をつまみだすようなイメージで操作する。
すると体内にあるのと同じ状態で、体外へ魔力の線が出た。
魔法陣を絵や文字と解釈するなら、この魔力がペンでありインクだ。
そしてイメージすると、線状の魔力がイメージ通りの動きをし始める。
コンパスで書いたような真円も、定規で引いたような直線も、筆で描いたような曲線も、思うが儘に構築できる。まるで情報の授業で体験した、wordの図形機能を操作しているかの様である。だからこそ手書きの線を描くようなことは出来ないが、魔法陣を作るのに問題はない。
そして魔法陣の構築は完成した。
「『熱』!」
直線によって構成された、幾何学的な熱の漢字。
それが描かれた魔法陣へ、詠唱と共に魔力が通り赤い光が灯る。
それは小さなものであったが、同時にこの世の真理の一端に触れる大いなる灯りでもあった。
何故なら、そこから起きた現象が通常在り得ないものだからだ。
魔力で描いた丸い正円の中にただ一文字、『熱』という形の図形が書かれているだけ。
しかしその魔法陣によって魔法が発動したことは、上昇する温度計の液を見れば一目瞭然である。
そして、
「『熱』!」
その詠唱と共に魔法陣から発現したものが、ぽんと小気味のいい音を立てて咲く超小型の加『熱』器であったからだ。
在り得ない。
全く同じ形状の魔法陣から、全く異なる魔法が発動するなどあり得ない。
確かに、『賢者』の『職業』持ちや熟練の『魔法使い』であれば、流す魔力の量を調整し多少は出力を変えることは出来る。それが結果的に、別の魔法を使用しているように見えることもある。
だがこれはそういうレベルのものではない。
片や『熱』を発する魔法。片や加『熱』器を創造する魔法。
同じ形状の魔法陣で、そこまで異なる魔法を発動することは不可能であるはずだった。
しかし、それは同時にスペルが生み出した仮説に準じた結果でもある。
『ミームワード』。そして『意思疎通』。
『哲学者』の『天職』を有し、同時に異界からの召喚者でもある和成だけが持つ、唯一無二のスキルの組み合わせ。
それによってこの結果が生まれたのだと、その場に集う全員が確信していた。
他の原因が思いつかないからだ。
「それにしても、凄まじく強力――を通り越して、ズルいとすら言える能力である。それ単体ですでに完成の域にあるのである。だからこそ、使いこなすには和成氏自身のスペックが問われるわけだけども」
「まぁ、それはそうですよね。自分でもそう思います」
好き勝手にその場の思い付きで魔法を設定できる。
設定した魔法は、ちゃんと現象を伴い発現する。
和成が手に入れた力は、事実上そういった能力と同じだ。
「ただ、ステータスに記されている能力値の制限がある以上、バランスはとれているんですよね。攻撃に使うには俺の攻撃力が貧弱ですので」
「むん」
そう言って新たに和成は、攻撃の意思と共に『火』の魔法を使用する。
そのマッチの火程度の大きさの灯りにサファイアは指を伸ばすが、その火が彼女の指を焼くことはなかった。和成の攻撃力では、サファイアの防御力を超えられないためだ。
ただ、そこでもう一つ『火』の魔法陣を生み出し、そこに再びサファイアが指を差し出す。今度は、彼女は熱がった。ステータスがもたらすこの世界特有の現象、『攻撃判定』のためだ。
和成がその独自の魔法で激流魔法を再現し、サファイアにぶつけても、それでダメージを与えられることはない。それどころか隔絶しているステータス差のため、水は全て彼女から弾かれてしまうだろう。
だがそこに攻撃の意思がない場合。コップの水をたらす感覚で水鉄砲の即興魔法を使えば、傷つけることは不可能でHPを減らすことも不可能だが、彼女を水で濡らすことは出来る。
自分に何が出来て何が出来ないのか。
その点が極めて重要であることは、和成が魔法を習得しても変わらない。
和成が新たに手に入れた即興魔法を使いこなすには、ステータスという地球には存在しない現象を理解しなけらばならないだろう。
だからこそここで、サファイアの研究への協力で、ステータス学に携わった経験が活かされてくる。
それが偶然であるとは、和成には思えなかった。
ひょっとしてスペル先生はそこまで計算していたのではないか。
そう思えてならない。
「――しかし、これでじい様の魔法言語説―魔法という現象を、人の意思に反応して起こす存在Xがいるという仮説―を、証明できたのではないかね!?」
そんな和成の畏怖と尊敬を知ってか知らずか、そのサファイアの言葉に端を発し、話題は超賢者スペルに関するものへと移っていく。彼女のその黄緑色の瞳は、歴史的な場に立ち会う研究者としてかキラキラと興奮によって輝いていた。
「少なくとも、意思が伝わりさえすれば魔法陣や詠唱が無茶苦茶でも魔法は発動する―つまり、魔法陣や詠唱が言語によるコミュニケーションのようなものである、ということは証明されたのではなかろうか。ただ、和成クン以外の『意思疎通』のスキルを持つ異界の人でも、同じ結果が出るのか出ないのかを確認する必要があるけどね。もしかすると『意思疎通』のスキルだけで同じことが出来るかもしれない」
幾らか冷静にナインも発言するが、その濃緑色の瞳が妹と同じように好奇心から輝いている点は、矢張り兄妹である。
或いは、2人とも生粋の学者肌であると言うべきか。
「しかし、予想とは違って適当な魔法陣に魔力を通しただけでは反応しませんでした。詠唱して――その文字にどういう意図を込めたのかを宣言しないと発動しない。そしてこれが『ミームワード』と『意思疎通』の相乗効果の結果なら、『ミームワード』が言葉に情報を込めて伝達するスキルである以上その方が自然です。つまり、やっぱりこの現象は『ミームワード』と『意思疎通』のスキルを併せ持つ、俺固有の現象である可能性が高いと思うんです。
――もしそうだったら、この俺オリジナルの魔法を、“即興魔法”と呼ぶことにしましょう」
何だかんだで饒舌な和成の鼻息がムフフんと荒いのも、彼もまた興奮を抑えきれないからだろう。
「あとは、呪歌とか舞とかでも魔法が発動するのか――あたりについて調べておきたいとこではあるけど、その辺りはお祖父様の研究の領域だしね」
「で、そのスペル先生は今何を?」
「色々、だね~。魔法使い部隊の教育指南、魔法言語説以外の個人的な研究、国防に関して軍部に知恵を出したり、敵の戦力を予想して戦術戦略を立案したり」
「あとはエウレカの維持に関する予算案決議に、諸々の外交。他にも戦闘用魔道具や殲滅兵器魔道具へのアイデア提供や、エウレカが戦火に呑まれた際の対策もしているのだよ。更に多くの研究成果が失われないよう、保存するために精力的に動いてるはずである」
「働き過ぎな気がします。あの人、既に齢90を超えてますよね?」
サファイアの研究への協力と貢献。ナインの研究への協力。自らの魔法習得の特訓。ジェニーとの商談。ハクとの文通。友人たちへも定期的に手紙を送り、スペルに頼まれた古文書を解読する。
そんな和成の積み重ねも、スペルの前では霞むだろう。
「精力的というか、凄まじく元気な人ですね」
「そう。だからこそ吾輩たちもめったに会うことは出来ないのである」
「――で、だ。その多忙で滅多に会えないお祖父様が久方ぶり来るという手紙が来た。ワタシたちの研究の進み具合の確認に、和成クンが習得した魔法についての確認。あとは、お祖父様の研究である魔法言語説への助力を和成クンに依頼する――って感じかな」
「そうですか。まぁ、断る理由がありませんし――」
スペルの存在が無ければここまで恵まれた状況で、こんなにも強力な能力を手に入れることは出来なかっただろう。その恩を返せる範囲で返す覚悟は決めている。
「喜んで手伝わせてもらいますよ」




