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第89話 二人の飲み会

 

 この世界において時間とは、人ではなく世界が作ったものである。


 ステータス画面の端に映るデジタル時計そのままな時計で時間を確認しながら、そんなことを和成は考える。


 個人が精密機械を持てない頃に皆が同じ時間を共有するには、圧倒的に大きな共有可能なものを共有するしかなかった。だから地球における時間とは、人間が太陽や星の動きを細切れにして生み出した一つの基準に過ぎない。言ってしまえば人間が勝手に決めた便利な目盛りだ。


 しかしこの世界では違う。


 この世界において時間は人が決めたものではなく、初めからただそこにあるものにすぎない。最初から個人が時間を知る術を持ち、全員がそれを共有している。

 だからこの世界に腕時計というものはない。

 そもそも機械仕掛けの時計というものがない。

 ステータス画面を持たずに生まれる者はなく、ステータス画面に時計機能がある以上、生まれた時点で全員いつでも時間を知ることが出来るからだ。


 そういったものがこの世界には多い。

 例えば言語。

 ステータス画面に記された文字が世界共通で、それが読めなくては話にならないからか、誰でも当たり前のように文字が読める。つまりこの世界には一つの言語しかない。

 しかし、それを識字率が高いと表現するのは誤訳だろう。

 人間が誰に習わずとも息をできるのと同じこと。

 魚が生まれた時から水の中で溺れないのと同じこと。

 読めることに理由はなく、読めないことが異常。それがこの世界の当たり前。


 それは計算でも同じだ。

 ステータス画面から金銭のやり取りができるからか、単純な四則演算なら誰でも出来る。幼児でも出来る。しかしかと言って、この世界の住人が特別賢いという訳ではない。体感としては、ピンからキリまで人による。つまり地球と何も変わらない。


 そして金銭のやり取りは、ステータス画面から出来るだけではない。調べて知ったことだが、さながらゲームシステムと同じように、この世界ではダンジョンでモンスターを討伐すると、ステータス画面に金銭が入る。そしてそれは実際に使うことも出来る。


「いっちょまえに経済学を説いた立場で言うのも何ですが、訳が分かりませんよ。時間だけでなく、通貨まで世界が生み出すものだなんて」


 ☆☆☆☆☆


「それじゃあまるで、なにもかも世界が設定しているみたいじゃないですか」

 熱気と酒精がこもる密閉空間の中、そんな持論と展開を和成は口にしていた。

 その空気へ煙管から漂う紫煙も混じる場所では、空気の熱がそのまま顔を火照らせる。


 何時もの学生服を脱ぎながら和成は、そう向き合う竜人族ドラゴニュートの商人に内心を吐露した。モウカリマッカ商会代表ジェニー・モウカリマッカの手には、何時ものように金で装飾された高そうな長煙管が握られている。

 その手がナイフの刃を束ねて作った掘削機のような竜の手であることを考えるなら、握るよりもつまむと表現した方が近そうではあるが。


「ものは言いようやな。面白い表現やないか。けどそういうもんやろ。世界が攻撃て判定するかどうかで起きる現象が変わるとか、そんなん当たり前のことやがな。なんや、金を何処も作っとらんことが、そんなに衝撃やったんか?」

 それを受けてじゃらじゃらと、ジェニーはステータス画面から通貨―世界共通の通貨「G」(ゴールド)―を手の内へ取り出し、その鋭い爪と鱗の中で鳴らした。


「ちなみにこの金も、どっから来たかを辿って行ったら、たぶん何処ぞのダンジョンに行き着くやろーな」

「ダンジョンってそんなポンポン生まれるものなんですか?」

「生まれる生まれる。ダンジョンなんか雑草と一緒や。気がつけば生えてきとる」

 ジェニーはとぐろを巻く龍の形状をした、地球には存在しない材質でできた酒瓶をあおりながら、世界と世界のギャップに悩む和成を見て笑う。

 額に眉を寄せて真剣に考える姿を見て、面白がっているのだ。


 何故ならここは、思い悩む若人の姿が似合わない場所。

 学術都市エウレカの研究者へ向けて、日用品などを売る商人たちが集まり自然と生まれた、民間街と呼ばれる区域。その一角に位置する酒場であるからだ。テーブルに酒や料理が並ぶと一気に雑多な印象が出る、居酒屋の座敷のようなものを想像してもらえればいい。

 そしてそもそも居酒屋とは、当たり前だが酒を飲むための場所である。

 酒を飲み、悩みや鬱憤を発散させる場所である。

 しかし和成は逆のことをしているのだ。鬱憤を発散させるでもなく、むしろ雑談から新たな疑問を見つけ出し、思いを馳せ、内に溜め込んでいる。発散させる気がまるでない。

 実際、彼はこの場所を訪れてから一滴も酒を飲んでいない。


 ジェニーはその場違いな雰囲気が、酒と酒の香りが移った空気のせいかやけに可笑しく感じられて仕方がなかった。


 そこは周りに人がいない壁で区切られた個室だ。

 つまりは和成とジェニーしかいない密閉空間でもある。

 だから料理の香りや熱、酒精といった雑多なものたちが混ぜこぜとなり、自然と顔や体が火照っていく。和成が何時もの学生服を脱ぎ、ジェニーも服を少しはだけさせ外気に鱗のない部位の肌を晒しているのもそのためだ。

 

 そしてジェニーは、空気がこもり熱気がこもり酒精がこもるのは、場所自体がそういった特性を持つためだと考える。

 確かに座敷は密閉されている。こもった空気はなかなか出ていかない。

 しかし同時にその空間は、鬱憤を飲み込んでもくれる空間でもあるのだ。雑多なものと一緒に、名前もつかないモヤモヤを混ぜてしまえる空間なのだ。


 それはある意味、開放的ということではないだろうか。

 座敷の個室とは、開けていると言えなくもない特殊な空間なのだ。


 そしてその中央で、彼は縮こまり内に更なる鬱憤――に似たものを溜めこもうとしている。

 しかしかといって、それは彼が禁欲的であるということではない。

 むしろ色気より食い気、そして飲み気より食い気とばかりに、机に並べられた料理をガツガツと平らげ、骨までしゃぶりそうな様子で料理の数々に舌鼓を打っていた。雑談を繰り広げる中でも出された料理は基本全て食べ切っており、残った分はわざわざ容器を使って持ち帰っている。

 もったいないもったいないと口癖を残しながら。


 今日もきっとそうなるのだろうと想像すると、そんな和成の姿がまた可笑しく思えて、ジェニーは再び笑いながら酒をあおった。


 ちなみに、メルやジェニーの部下は個室の入り口前で待機している。


「けどまぁ、かずやんが言う腕時計とかは、確かにこの世界やと発想すら出てこんやろな。必要ないもん」

「生まれた時から個人が個人で時間を把握できる訳ですからね。意味がない需要がない。つまり生まれる理由がありません」

「かかか、そりゃそうやーっと」

 くびり。

 軽快に笑いながら瓶を傾け、ジェニーは底に残る酒を飲み干した。まるで水を飲んでいるかのようだ。

 そのまま座敷の戸を少し開け、外の部下に新しい酒瓶を注文する。


「偉そうに経済学を説いたりもしましたけど、改めてこの世界についてみると、それがどれだけ正鵠を射ているのか疑問ですよ。金本位制ではなく管理通貨制でもない。そもそもお金すら人が作るものではなく、世界が生み出すものなんですから」

「ワテからしてみればそれが当たり前なんやけどな」

「しかし俺からしてみればそうではない―。ですから、俺が伝えた知識を使う際はくれぐれも注意してくださいよ。もしそれで上手くいかなかったとしても、俺に原因の解明が出来るとは思えません」

 プルプルのコラーゲンを鼻先や口周りに貯め込んでいそうな、ナマズのような魚型モンスターの兜焼き。そこからほじくり出した目玉を頬張りながら、不安げに和成は忠告する。


「わぁっとる。アンタはあくまで知識を提供するだけ。その知識をどう活用してどうなろうと、それはワテらの自己責任。忘れとらんから安心しぃ」

 その表情と口ぶりに触れれば分かるが、結局のところ和成は自分が正しいと考えていないのだろう。

 自分の考察が、世界への認識が、一体どれだけ実像に近いのか、彼は常に不安を抱えている。だから知識を積極的に収集し、他人との会話から何とか実像に近づこうと雑談を重ねるのだ。自分と現在行っている会話も、ステータス学の研究への協力も、その一環としての側面があるのだとジェニーは考える。


「一応それだけではありませんよ。友好的な関係を築きたいとか、学術的な知的好奇心もあるんですから」

「・・・・アンタって、偶に当たり前みたいに人の心読んでくるよな」

「空気を察して、人が考えてそうなことを予想してるだけですよ」

 プッと魚の目の食べられない部分を皿へと吐き出して、こともなげに和成は言ってのける。

「当たる時は当たりますけど、外れる時は外れますから。当てにはなりません」

「妙なところでズレとるもんな、アンタ」

 今もどこか図太く、態度は丁寧だが良いとは言い切れない。

 こちらへ気を遣っていることは伝わるが、その割に詰めが甘い。

 交流を重ねたことで心を許し始めていることは分かるのだが、その現れ方がかなり独特で、ともすれば慇懃無礼と受け取られかねないものである。


「一応聞くけど、緊張はしとるんよな?」

「してますよ。一応は」

「ほんけんどバクバク飯ぃ食いよるけん、イマイチそれが伝わらんのよな」

「・・・・・・」

 無言で皿に置かれた木の箸――適当に拾った街路樹の枝を、削って作った和成のマイ箸――がカチリと鳴る音がした。


「いやいや、もう遅いわ」

 そうツッコミを入れたところで、丁度酒のおかわりが来た。

 ぐびりと喉を潤して一言。

「まー別にええけどな。もう気にしとらんし」

「ありがとうございます」

「酒飲みながら色んな話重ねとるんや。アンタの性格も多少は見えてくるし、単に天然なだけっちゅうことも分からいでか」


 和成とこうして一対一で飲み交わす―和成は酒を飲まないが―のは既に五回を越している。常識のすり合わせに商談、そして何より和成が持つ独特の視点と、そこからくる発想の獲得。それと、信頼関係の構築。

 そういったもののために、ジェニーはこうして会話を繰り返し行っている。


「ワテとアンタは、対等な商売人同士で協力者同士。それぐらい気にするようなことちゃうて」

 それに、和成は誠意には誠意を返そうとするタイプの人間だ。

 地道な積み重ねを尊び、今回のような信頼の積み重ねを行えば向こうから裏切ることはないだろう。

 ジェニーは自身の人生の経験から、ほぼそう確信していた。


「これからも長い付き合いになるやろうからな」

「・・・・そうですね」

 何時かは日本に帰る。

 そう明言し続けている和成ではあるが、ならその間だけでも。

 そう思う程度には、既に情が移っていた。

「自分にお酌させてくれませんか」

「ん。なら頼もか」

 だからこそ、隣に移動してきた和成が杯に酒を注いでくれると、いつも以上に酒が進むというものだ。


☆☆☆☆☆


 そして夜明けごろ。泥酔し胸元の着物がはだけ、大事なところに引っ掛かっているだけなジェニーの傍らで、和成は身動きが取れないでいた。

 酔っぱらっている彼女の抱き枕にされているためだ。

 ジェニーの体格は人間より二回りほど大きい。長身なのではなく、体格が生物種として根本的に異なるのだ。

 だからサバイバルナイフの刃のような鱗に覆われた腕で抱き締められた和成は、その片乳が自分の頭部ほどの胸部に顔の半分を埋められていた。


「大丈夫ですか、平賀屋様」

「まぁ痛みはありませんね。今すぐどうこうなるということは無さそうです」

「……ひとなめすれば体が燃えるように熱くなるのが“龍の火酒”というもの。時に焔よりも熱く喉を焼く。しかしそれで高温のブレスを吐く竜の喉が焼けるはずもなく、況や竜の血をひく竜人も、です。その竜人をここまで酔わせるとは。―いったいどれだけ飲ませたんですか。……いえ、知ってますけどね。この辺り一帯のお酒を飲み干させたことは」


 竜人族ドラゴニュート鉱人ドワーフは酒豪かつ大喰らいで知られる種族だ。

 特に彼らが好んで飲む「竜の火酒」と「鉱人の火酒」は、竜人族ドラゴニュート鉱人ドワーフ以外に水で薄めずに飲める者はいないと言われるほどの酒。和成ならそれを熱燗にしたものの湯気が目に入るだけで、卒倒するほどである。

 飲み物というよりも燃料に近い液体なのだ。

 そして、それをがぶがぶ飲むのが竜人である。


「井戸の底に水を入れてくみたいに飲んでくので、何処まで飲めるのかとつい調子に乗って飲ませ過ぎました。反省してます」

「いえ、本来ならこの辺り一帯の酒を飲み干したとしても、竜人は酔わない筈なんですが……」

「どんな生物だよ。いや、この世界の生き物の特異さはもう知ってますけどね」

 ドラゴンのようなあの小さい翼で平気で空を飛ぶモンスターがいるのだ。そこはもう、そういうものだと受け入れるしかない。


「それはそれとしてジェニーさんの様子はどうですか?ここからだと見えないんですよね」

 和成の首はしっかりと竜人の怪力で抑え込まれ動かせないので、見えるのは視界の大部分を占める胸の脂肪のみ。かろうじて、ジェニーの肌の色以外が端の方にうかがえるだけである。


「幸せそうな顔でお眠りになっています。随分と穏やかで、癒されていそうな表情でいらっしゃいますね」

「そうですか、それは何より」

「……それで、私はそこから抜け出せる手伝いをするべきでしょうか。男性はおっぱいに包まれていると幸福を感じる、と聞いております。もう少しそのままでいたいのならそうなさればよろしいかと」

「んー、確かにぬくくて柔らかくて心地よいですけど、サファイアさんとの研究を蔑ろにする訳にはいきませんしね。帰らないといけないと思いますので、手伝ってください。実は龍の火酒の蒸気を微かに吸ってから、体がいまいち上手く動いてくれなくて。頭もうまく動いていない感じがするんですよね」

「なるほど」


 そう言ってメルは和成の額に手を置いた。

 確かに微熱がある。よく見れば頬が赤くなっていることから考えるに、少し酔っぱらっているようだ。仕方がないのでメルは鉈のようなジェニーの爪を掴み、和成から引きはがそうと試みる。

「ううん」

 しかしそうするとジェニーの腕にかかる力が強まった。和成の体を抱きかかえる腕は鋭い鱗に覆われており、下手に動かすと学生服の厚めの生地ごと肉体を引き裂かれてしまう。

 これでは和成が脱出できない。


「なんかやけに気に入られてますね。何故でしょう」

 酒の影響か生来の性格か。和成の台詞はどこか他人事でマイペースである。

「ステータスが低いのに、態度が自然体のままだからでしょうか」

 そしてメルは、そう言いながらふと思った。

 厳密に言えば、以前抱いたことのある疑問が再び胸中に浮上した。


「少しばかり意地悪な質問をいたしますが――平賀屋様は怖くないのですか?」

「?」

 尋ねるメルはぼんやりとした和成の視線と目が合った。

 いつもならその一言で裏の意図まで察してくれそうであるが、矢張り今は酔っぱらっているのだろう。目の色から伺える思考が鈍い。

 そう思いながらメルは和成の二の腕の、手首付近とひじ付近にそれぞれ片手を添え、挟んだ。

「例えば私が貴方を殴れば、殴られた箇所はHPがゼロになる前に爆散するでしょう。ジェニー様が攻撃の意志をもってその手を振れば、平賀屋様は紙よりも無抵抗に引き裂かれる。そしてそれは、姫宮様でも慈様でも親切様でもハピネス様でも同じこと」


 手首付近とひじ付近。二つの点にメルが挟み込むように力をかければ、それだけで和成の腕は、二の腕の中点からポッキリと折れてしまうだろう。

「怖くはないんですか。貴方の周りにいる人は貴方を簡単に傷つけられる人たちばかりで、貴方はそれに対して何の抵抗手段も持っていない」


 メルのその質問は、数カ月という時間をかけて信頼を構築していなければできない質問であった。



「―――、そんなの―――そんなの怖いに決まってるじゃないですか」

 そしてその問いに対する和成の答えは、このように酒に酔ってでもなければ、決して出てこなかった答えであった。



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